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第192話 強制徴兵

『兵を集めている』。


 なるほど大事件だ。特に、サラマンダー公に敵対する『組合』の者からすれば。

 そもそも戦力の数・質ともにサラマンダー公は精強である。これが『兵を集めている』とくれば、『大規模な作戦のために、サラマンダー公旗下の軍が靴を並べている』と思うだろう。


 だが実際に起こっていることは違った。


『強制徴兵』である。


「……いやはや」


 物陰から様子をうかがう宗田そうだ千尋ちひろ、さすがに言葉もないという様子で漏らした。

 強制徴兵──なるほど何か大規模な戦いがあり、領民を総動員しなければならないような危機的状況であれば、とりうる手段ではあるのだろう。

 そもそもアンダイン大陸は地方自治権が強い。その権力構造は『各領主の自治権が強い』というよりも、『王と三大公爵の権力が強く、それ以下の貴族のほとんどは、王あるいは三大公爵の誰かに土地などを借りて運営している』という状況にある。

 つまり『王権のようなもの』を発することができるのが四人いるという状況であり、これは『同盟を結んでいる、国境を接した四つの隣り合った国が、奇跡的なバランスで一人を盟主として成り立っていた』というものである。


 これをふまえ、千尋が押し黙った理由は二つある。


 一つ──


「『強引な徴兵』には違いないが、その程度の言葉ではどうにも、表しきれんな」


 その徴兵方法があまりに強引であること。

 ここらは職人たちが住まう居住区である。


 サラマンダー領は火山と鋼の領地だ。荒涼とした山々が並び、鉱山が豊富であり、そこでとれる鉱物資源を利用した兵器やその他のものの製造が盛んである。

 当然ながら職人が多い──ここで述べる『多い』というのは、『ピンからキリまでの質がいる』ということである。


 どうにもサラマンダー公が強制徴兵をさせているのは、『キリ』の職人らが集まる区画らしかった。


 その徴兵の強制ぶりと言えば……

 まずは兵が徒党を組んで民家を訪ねる。

 そしてなんらかの書状を盾にするように見せつける。

 相手に返答の隙も与えず連行する。

 この様子を見て家に隠れて居留守でやり過ごそうという者あらば、家の扉をぶち壊して中へ押し入る。

 まだ子供と言える年齢の娘をかばう母親あらば、これを殴り倒し、母娘ともども連行する。


 これが『徴兵』。


「凶悪犯罪者の逮捕でもしているのかと思ったぞ」


「……実際、そういう大義名分つきなんだろうよ。『徴兵する。もしも逆らうならば組合の関係者とみなし逮捕する』ってな」


 千尋の言葉に応えるのはジニだ。

 彼女はもちろん『組合』のリーダーである。


『組合』というのは、サラマンダー公の領地、しかも公の膝元である領都サラマンデルにおいて、反権力の集団として認知されているらしい。


「オレらは『報われない職人』の寄り合いだからな。こうして職人街をガサ入れするなら理由の一つにされてんだろ。……クソ! 『ここまで』か!? ただ、もう少し賃金を上げてくれって、そういうことを訴えたかっただけだっていうのに……申し出れば『叛逆的』からのお尋ね者! 隠れて生きてりゃこういう乱暴狼藉の理由にされる! 少しでもいい暮らしをって望んだだけで『ここまで』されなきゃならねぇのか!? じゃあ何か!? 一生! コキ使われるまま! 生きるために生きる以上のことなんか望めないまま! 黙って生きて死んでりゃよかったっていうのかよ!?」

「ジニ殿──」

「……悪い。あんたに怒鳴ってもどうしようもねぇ。本当に悪い。わかってんだ。頭では、わかってんだ」

「いや。気持ちはわかる。それに──そなたはどうにも、目の前で起こる以上のことがわかっているのであろう?」

「アンタ、男のくせに頭が回る……っていうのも失礼な話か。すまねぇ」

「そういう世の中だと心得ておるよ」


『目の前で起こる以上のこと』


 これは徴兵である。

 徴兵に逆らう者は『組合』の関係者とみなすので逮捕する──という大義名分つきの、強制徴兵である。


 そして現在のアンダイン大陸、アンダイン王国の情勢──


 王が暴政を布いている。

 三大公爵も王も基本的に『広大な領地を治め、その中に複数の貴族を抱える大領主』であり、王と三大公爵との関係は『王を盟主にした四国同盟』に近い。


 言ってしまえば、王領と公爵領とは『別な国』なのだ。


 その一つの国家の内部で、兵力をかき集めるような強引な徴兵が行われている。

 これは──


「サラマンダー公は、『戦争』をするつもりらしいなあ」


 ──そういうことになる。


 ジニが大きく舌打ちをする。


「早漏女め! せめてキトゥンを確保してからやれってんだ!」


 ジニという女、基本的には感情的でこうして苛立つようなことがあると、耐えきれないという様子でこう大声をあげる。

 だが、


「……いや悪い。あんたを差し出そうっていう話じゃねぇ」


 このようにすぐさま自省し、己の感情の噴出を悔いるような顔になる。


 千尋はこういう人間を知っていた。


(『本音』が見えやすく、『反省』が見えやすい。しかも、頭が悪くない。……なるほど、弱くとも『まとめ役』に選ばれるようなのは、確かにこういう者が多かったかな)


 道場というのは基本的に強さを求める場であり、各道場の代表者は『師範』になる。

 師範に必要なのは実力だ。あるいは、実力があると誰もが思う凄みであり、もしくは凄みを演出するための『強い者複数に崇められている』という状況だ。


 強者に崇められる者には二種類いる。

 強者がまだ弱者であった時代に、あるいは強者となってもなお、『この人には敵わない』という気持ちを刻み込み続ける者──生まれつき、あるいは修練により『威』を備えた者。


 そして強者たちが『この人を支えよう』と自然と思ってしまう、いわゆる『人望がある者』。


 ジニは後者であろう。

 軍人には戦闘で敵わないとはいえ、屈強な鉱婦こうふや職人がついつい助けてしまうのは、ジニが事あるごとに見せる『そういえば舐められないように強そうな振る舞いをしなければ』という態度が理由ではないはずだ。


 ジニは前髪を引っ張るようにしながらうつむき、語る。


「『戦争』はな……戦争はさ、そりゃあ、前王の嫡子を担ごうと思うんなら、とりうる手段だろうよ。けどな、そいつは『最後の手段』でなきゃならねぇはずだ。前王の嫡子っていう札はさ、見せて、周囲の協力を仰ぐためのもんにすべきだろ。神輿を担いでさあ突撃! ってもんにしちゃならねぇ。……暴君を倒すために力で立ち上がるなんざ、大勢が死ぬだけだ。やっちゃならねぇよ」


「そもそも──」千尋は問いかける。「サラマンダー公というのはどういう領主であったのだ? 割と『武』と『兵器』に力を入れている様子だが、治世の方は、その……きちんと政治が出来ていたのか?」

「……悔しいがな、いい領主だよ。いや、『いい領主』じゃねぇな。なんだ……『強い領主』だ。貴族家の運営っていうのはわかるか?」

「さすがにわからん」

「……特に公爵はな、大勢の貴族を従える立場だ。だから領内の政治にゃ、『多くの貴族』の意見を聞く必要がある。普通はそうだ。だがここの領主はな、『こうする、従え。従わなきゃ滅ぼす』っていう方針をとるのよ」

「そいつはまた……」

「んで厄介なことにな、その施策は……必ず領地を富ませるんだ」

「……」

「だからみんな従う。……もしくはさ、今回のこの徴兵も……明らかに『誰か』との戦争準備にしか思えない徴兵もさ、そういうのの一つなのかもしれねぇ。正直言うわ。オレがもしもまだ貴族家で、家の方針を決められる立場だったとしても……その立場で、今、目の前で起きてるこのやり口を知っても……『異』は唱えなかったと思う」

「一応、理由を聞いておこうか」

「『逆らったら滅ぼされるから』だよ。……加えて言えばな、『これまで、サラマンダー公の言葉に間違いはなかった』っていう実績が──言い訳・・・の余地・・・がある。んでもって、この動きを見りゃ、『相手』が王であることもわかる。そんでもって現王は……間違ってる。誰がどう見ても、間違ってる。倒しちまえと思う相手だ」

「……暴君と暴君で、より良い暴君を支持する──という話か?」

「いや。……今の王はな、中途半端なんだよ」

「ふむ?」

「暴君ってのはサラマンダー公みたいなのを言う。断固として、揺らがず、独断専行で、逆らう者に容赦しない。だが、間違えないし、迷わない。……もちろん被害に遭う側からしたらたまったもんじゃねぇが、これについてこうっていうヤツらの気持ちもわかる。そういうのが『暴君』だ」

「……」

「だがな、今の王は……何をしたいのかわからねぇ。少なくともやってることは『政治』じゃねぇよ。貴族家潰して工廠? 戦いもないのに? なんだ、外国にでも売りさばくのか? 商人にでもなったつもりか?」

「……」

「いやまぁ、商人になるってんならそれもいいだろうよ。だが、にしてはぬるいんだ。貴族家を思いつきみてぇに潰して、そこを工廠にして……でもな、許されてる家もある。で、許されたあとに改めて潰された家もある。忠誠を示せばいいってわけでもねぇ。金を払えばいいって話でもねぇ。……『ただの気まぐれ』で方針転換してるようにしか見えねぇんだ」

「それはまた、上にいただくお方としてはやりにくいな」

「……サラマンダー公を褒めたくはねぇが、サラマンダー公は『わかりやすい』んだ。オレら下々にとってな。ついていきたくなるカリスマ性があるっていうのもわかる。だが、王はわからん。ただただ……不気味で半端だよ」

「だから、この王を倒す動きには反対しにくい、と」

「下の者が貴族家が潰れても『まずいことが起きてる』って実感しにくいのと同じだ。こうして下の者が家を壊されて無理矢理連れ去られても、貴族家には実感しにくいんだわ。特に、サラマンダー公の領都だからな、ここは。『自分の領民をどうしようが公の勝手だろう』ってなもんだ」

「ここはまだ多くの者の『三軒隣』か」

「……話を聞いてたのか。そうだよ。だがな、『次は自分』なんだ。そいつを実感してねぇやつらが多すぎる。……まぁそれはオレもだったがな。実際にケツに火がつくまで、実感なんざわかねぇんだよ。誰もが『今日の平穏は明日も続くだろう』って思いたがるからな」

「ジニ殿」

「なんだ」

「そなた、領主向きだな」

「冗談でもよしてくれ! オレは組合の頭に担がれてるだけでも精一杯だ!」

「悪かった。……で、どうする?」


 ジニは舌打ちをした。


 問われている意味がわかったからだ。


 なるほどサラマンダー公の領内である。やっていることは法に則っているのだろう。

 法に反することを『悪事』と呼ぶのであれば、この行いは悪事ではない。


 また、『組合』は軍に対抗できるほどの力はない。

 だから『どうする』というのは通常であれば、『サラマンダー領を出るか』という選択肢を提示しているように聞こえることだろう。


 だが、そういう意味ではないのだ。


 ジニにはそれが理解できた。

 そして、この問いかけを出来る千尋を、


「男性にこんなことを言うなんざ、人生で一度も想像したことなかったが……気持ち悪いな、アンタ」

「割と言われる」

「何が見えてる? オレの心を読んでるのか?」

「戦いの中だとカンが働く」

「今は『戦い』か?」

「国が変わろうとしている。その国に足をつけている。我らはとっくに『当事者』だ。つまり──斬り結ぶ直前、にらみ合いの最中であり、剣は当然、すでに抜かれている」

「……」

「さらに言えば、個人的な都合もあり、サラマンダー公とは斬り結ぼうかという気分でいる。で、ジニ殿はどうなさる? 進むか、戻るか、横で見ているか」


『組合』は弱い。その長であるジニも弱い。

 ……だが、ジニの性分を千尋は知っている。


『困っている人を放っておけない』


 彼女はこれを『呪い』と表現した。

 いつかは解くべきものだ。『人一人で生きていく』のであれば不要な重荷だ。


 この呪いを背負って生きていくべきは、為政者である。


 そしてジニの思考、知識、教養は──


「行動を起こす」


 ──為政者のものであった。


 ジニは今した発言を酷く後悔するように、前髪を引っ張って、舌打ちをした。


「頼りたくねぇ伝手を頼って、悪魔の……ハンッ。悪魔の誘いとしか思えない手をとることになるがな。『武力』のアテはないでもない。それに……オレらはこれでも、人気者なんだぜ。この状況なら、日和ってた鉱婦も職人も、オレらにつくだろう。……待ってるのは殺し合いだけどな!」


 多くを殺し合いに巻き込むことを心から『クソッタレめ!』と思う。そういう叫びだった。

 千尋は笑う。


「であれば、ついていく・・・・・とするか」

「男性を戦いに巻き込むのは、どうにも、感覚的に気持ち悪いんだがな」

「では……ふっ。三歩下がってついていくことにするか。そちらの視界を汚さぬようにな」

「ああ、そうしてくれ。男の尻を追いかけて戦いに巻き込まれるなんざ、女のクズだ。……貧相な背中だが、さらすしかねぇらしい。……ああ、クソ! 本当にどうしてこうなる!? オレはもっと穏やかに話し合いで賃金の向上をさぁ……! それが、なんで……」


 ジニは嘆いている。

 その姿は……


 これからもこうやって悪態をつき、嘆きながら、結局、いろいろなことをするのだろうという未来を予想させるものだった。

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