機銃。
連射式の機銃。弾丸を──
ここではない、地球という世界における話だが……
それの初出は十八世紀と言われている。
一方でこれまで『
(いよいよ、俺も知らん兵器が出て来たか)
(これは間違いなく『商人』の手配であろうなぁ。やはり、ヤツもこの件に噛んでいた。そして……)
人のいない戦車が、機銃を掃射する。
それは千尋らの方へ向いた、が……
千尋らではなく。
その周囲で倒れる公爵兵たちに、念入りにトドメを刺し、あっという間に旋回して、右の道へと去って行った。
(……狙いは『組合』らの行動の結実、と。……一体何を考えていることやら)
「どう見ても『商人』の手配だが」
「千尋、我々はどうする? 放置すれば、『組合』の助けにはなりそうだが」
その問いかけにもう、乖離の意思が現れていた。
千尋は笑い、
「そうさなぁ」
悩まし気に、いったん言葉を置いてから──
──意思を、述べる。
◆
公爵兵たちの前に、唐突に『それ』は現れた。
馬に曳かれた箱。その上に機銃──何かの部品がぶら下がった、何らかの細工がしてある、金属の細い筒。
精霊の力の気配がまったくないそれが、公爵軍の兵たちの前に躍り出て、蹴散らしていく。
金属の弾丸は鎧を貫き、精霊の力で強化されているはずの──しかも『戦う者』としての修練を積み、鍛えているはずの女どもを貫いていく。
……ここは、領主屋敷のある区画。
この区画は領都サラマンデルの中でも比較的治安がいい、ようするに『所得の高い者が集まる場所』に分類される。
鉱山区画や職人区画というのはどこまで行っても『下働き』が住む場所なのだ。サラマンダー領を栄えさせているのは
人通りが多いだけに下っ端の職人が自分で作った小物を露店に並べて売ったりもしていたわけだが、その数は急速に減り、ついにはゼロへとなっている。
もちろん『強制徴兵』のせいだ。
……この区画に居を構える者どもは、そういう者たちを憐れみながら、どこか無関係な者として見ていたわけだが。
ついにこの時、公爵兵の手は、この区画に居を構える者どものところにも及んでいた。
家が無理に開かれ、中に隠れていた者たちが連れ出され、兵とされる。
「サラマンダー公は領都を滅ぼすおつもりか!」
訴えも虚しく、多くの者がなんら満足いく返答を得られないまま、連れ出されている最中であった。
……そんな時だ。
居並ぶ恐ろしい兵どもを、唐突に表れた謎の『走るもの』が蹂躙していく──
今にも連れ出されそうだった富裕民たちは、最初驚いてあっけにとられ、次に快哉を叫んだ。
「天罰だ! 精霊が我らの正しさに応え、我らをお守りくださったのだ!」
……果たして馬に曳かれて走る──そもそも『馬に曳かせて走る』という発想が、女が馬なみに速く、馬より力があるこの世界においてはない──金属の礫をまき散らすものの、いったいどこに精霊的な要素があるのかは、恐らく『精霊が我らをお守りくださった!』と叫んでいる者も挙げられはしないだろう。
だが、そういう細かいところはどうでもいいのだ。急な圧政、強制徴兵を布く『悪しき領主』を罰し、『正しい自分たち』を守るのは、国家の母祖たる精霊である。そうに決まっている。
……その様子を見てほくそ笑む者がいることなど、当然、気付かない。
精霊に誤認された者は、目抜き通りの様子を『穴』の中から見ていた。
強く、鍛え上げられた女どもが、『兵器』に蹂躙される様子を笑って見ていた。
『これこそが、平等。これこそが、生まれ持った力などというくだらないものに拠らない、すべての者に可能性を与える平等なる力』
『穴』の中から様子をうかがう者──『
それは己の
(さて、このまま、サラマンダー公を討ってしまいましょうか)
『商人』の目的。
それはもちろん、『サラマンダーの
そのためにはどうしてもサラマンダー公が邪魔だ。もちろん、その忠実なる兵どもも。
最初は『組合』を焚きつけて、そいつらに兵器提供をし戦わせている間に、サラマンダー公へは『とっておきの兵器』を差し向ける予定だった。どうしてもサラマンダーの霊骸を壊すにはサラマンダー公が邪魔だから、あの女へは『必殺』を期した兵器を差し向ける必要があった。
精霊の子孫と言われる王の命令で確保された工廠で、その工廠があるサラマンダーの土地で生産された兵器で、サラマンダーという『強い女』を降す。
これはまぎれもなく『平等』を象徴する大快挙となる。個の力、生まれ持っての才覚を頼みとする女どもへ与える鋭い
すべて、うまくいく。
はず、だった。
だというのに、
「……なんですか、アレは」
商人は『穴』の中から外を見る。
そこでは──
戦車が壊されている。
あるいは真正面から叩き斬られて。
もしくは車輪をつんと突かれただけにしか見えないのに、無様に横転し、家の壁などに激突して。
その戦車を壊して回る者ども、二人の女──
否。
「さすが、力があるな、乖離」
男が笑う。
女は、応える。
「そちらも初見とは思えない手際だ。……そうか、なるほど、ずいぶんと不安定なのだな、あの兵器は。まあ、しかしだ」
長刀を肩に担ぐように構え、
「金属礫に当たらぬようにさえ気を付ければ、真正面から叩き斬るのはわけない。私にはそちらの方が合っている」
「おぬしでさえもあの金属礫は脅威か。……いやはや、どうにも──すさまじい『敵』のようだなぁ」
腕が鳴る、とつぶやく男、宗田千尋。
……『組合』のクーデターに協力しているはずの、この連中。
なぜか組合を避けて公爵軍を狙うはずの戦車を壊しながら、『商人』の視界の中に参上した。