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第200話 待ちかねていたはずのもの

 少しばかり、時をさかのぼる。


「千尋、我々はどうする? 放置すれば、『組合』の助けにはなりそうだが」


 その問いかけにもう、乖離かいりの意思が現れていた。


 公爵軍に念入りにとどめを刺し、去って行く『戦車』。

 それを見送り、宗田そうだ千尋ちひろは、つぶやいた。


「そうさなぁ」


 悩まし気に、いったん言葉を置いてから──


「言っていることは、まったくもって正しいと思う。確かに『組合の助けになりそう」だ。というより……『組合』の待っていた『兵器』は、恐らく、アレなのであろう。……ははは。納品より早くに出発したというのに間に合わせてきたのは、さすが『商人』といったところか。商機を逃さんのは見事よ。あいつが本当に『商売』が目的だとしたらな」


 渡りに船、ではある。

 待ちきれなくて、予定より早くに出発した。勝ち目の乏しい戦いである。そこに間に合った秘密兵器。なるほどいかにも『天意が微笑んだ!』といった感じである。


 ものすごくわかりやすく言えば、『テンションがぶち上がる展開』だ。


 絶望的な戦いに挑む。そんな時、間に合わないと思っていた秘密兵器が間に合った。よし、行くぞ! ……こうなるべき展開なのだ。

 それはわかるのだが。


「……『裏の意図』が気になりすぎて喜べん。というより──気に入らん・・・・・


 恐らくこれら兵器は、納めようと思えば、契約を交わしたその日には納品できたのだろう。

 だが、焦らされた。


 何かの目的のために、焦らされた。

 焦らされている間に、仲間の家が打ち壊され、無理矢理に徴兵され、練兵の名目でボコボコにされている。

 手を怪我した職人もいよう。家を壊された民がいよう。大事な設備を失った者だって、いるだろう。

 そのぐらい強引な徴兵だったからこそ、ジニは待ちきれずに飛び出したのだ。彼女なりの決意を以て、戦いを始めたのだ。


 その苦しみ、耐えがたい時間は、『焦らされた』からこそあったものだ。

 すぐにでも納められたはずの商品を焦らされ、そのせいで被害に遭った人が大勢いるのだ。


「もともとこれは『俺の戦い』ではない。……だが、『商人』の戦いでもなかろうよ。確かにまあ、食い詰め一歩手前の労働者の集まりだ。すがれるならば藁にもすがるほど追い詰められてはいよう。……だが、それでも。いや、だからこそ、これは、彼女らの戦いであろう。……なぁ、乖離、ジニ殿も、聞いてくれ。俺はな、こだわりというか、決めていることがある」


 振り向かずに背後にいるジニらに声をかける。

 だが、聞いている気配があった。先ほどまでの決死の、並ぶ公爵軍に突撃しようという気概から一転、『組合』は勢いを失い──拳の振り下ろしどころを失い、立ち尽くしていた。


「俺は、人斬りをうまく転がして己の利益にしようとする者は、必ず斬ると決めているのだ」


 静寂があった。

 だが、『ぐっ』とした、静寂だ。何かが胸からあふれて口をつきそうになっているが、それを力を込めてこらえている、そういう静寂だ。


 つまり、言葉の続きを待たれている。

 千尋は最後まで言うことにした。


「あの兵器の背後にいる者を斬る。そのついでに、兵器も斬る・・・・・。……すまんな、『組合』の諸君。アレはそなたらが頼みにすべき『勝機』だろうが、それを斬る。こいつは主義として……ああいや、高潔そうな言い回しはいらんか。俺の感情がな、アレを斬るべきだと叫んで止まらんので、斬る。なので、悪いが止まらん」


 千尋はそこで振り返った。


 目を閉じ、腕を組む乖離がいた。


 ため息をつき、首を振る、しかし口元には笑いの浮かぶ十子とおこがいた。


 そして、こちらをまっすぐに見つめる、ジニとキトゥンがいた。


 ジニは前髪を引っ張りながら、つぶやく。


「チヒロ、お前らがオレらのとこに来た時はな、『組合』に足りなかった力が転がり込んできたっていう喜びもあったんだぜ。まぁ、それ以上の厄介のせいで、文句しか口をついて出て来なかったがよ」

「すまんな、と言うべきか?」

「まぁ最後まで聞けよ。……言うなればオレは、お前らを利用しようとしてたわけだ。ところが、扱いにくいったらねぇよ。勝機を見出すどころか、公爵軍を倒す兵器を壊す? 協力してやれそうじゃねぇか。利用だって出来そうじゃねぇか。冷静になれって。そうすりゃよ、オレらの勝率は上がるんだ。何も上がった勝率をわざわざ減らすこたあねえだろう。なあ」

「……」

「命と未来がかかってんだ。ここは賢くやるべきだぜ。なぁ──オレ・・。ここは賢くなろうぜ、オレよ」

「……ふ」

「ところがだ。賢いヤツってのはな、そもそも、今、こうしてここに立ってねぇんだ。……お利口に我慢して、ママの帰りを待ってられるんだよ。それができねぇからここにいる」

「……そうだな」

「だからな、お利口じゃねぇオレはこう思うわけだよ。『ふざけやがって』ってな。なぁ、そうだろう? こっちを都合よく利用しようとする相手には、たとえそれがこっちのすがるしかねぇモンを差し伸べる相手でもよ、『思い通りになんかなってやるもんか』って思っちまう、馬鹿揃いだよなあ、オレらは」


 後ろに並ぶ女どもの目が、ジニの言葉を肯定していた。


 ジニの言葉は演説だった。

 この領都サラマンデルに入った日、千尋の前でドーベラ・サラマンダーがしたような──

 兵を奮起させる演説だった。


「奪われ続けてここにいる。オレらのやることは公爵の打倒か? 現王への反抗か? ……違うよなあ? そいつは『オマケ』で『結果的には』だよ。オレらが欲しいモンは『まっとうな報酬』だろ。努力が報われる世界だろ。……誰にも中抜きされないで、働いた分だけ生活が豊かになる。そういう未来だろ。ってことはよ──オレらを利用して美味しいとこかすめとろうとしてるヤツは、敵だろ」


(なるほど、上手い。いや、自覚的に計算してやっているというわけではないのか)


 現状──

 千尋ら(恐らく乖離も千尋に同意している)のせいで、『兵器を利用しつつ、乖離の武力も頼みにする』ということが出来なくなってしまった。

『乖離らか、兵器か』。こういう状況に組合は追い込まれてしまっているわけだ。


 ……当然ながら、あの不可思議で圧倒的な兵器をとろうと思う者もいるだろう。

 だが、どちらを選ぶにせよ、割れてしまっては絶対に勝てない。


 だから一つにする必要があった。

 一つの方向を向かせて、一つのものに賭けさせて、それでいてやる気を高める必要があった。


 だからジニは演説をしているのだ。

 心を一つにするために。


 これが天然で出来るジニは、間違いなく貴族向きだった。


「悪いなみんな、敵が増えちまった。だが──公爵兵よりは楽な相手だ。何せ、叩けば壊れるだろ。オレらは叩くのが得意だろ。さんざん鉱山でやらされてきたからな。叩け。叩き壊せ。ぶち壊して奪い取れ。お上品な戦いは公爵サマに任せておきゃいいんだ。オレらは下品にやろうぜ。なあ!」


 女どもの怒号が響き渡る。


 千尋は乖離を見た。


 乖離は、


「下品なやり方は得意だ」


 千尋も笑う。


「実は俺もだ」


 十子が言葉を挟む。


「そうだよなぁ、てめぇらは、暴力以外の解決法を知らねえやつらだからなあ」


 キトゥンが、


「なんかチヒロたちといると、『効率のいいやり方』とか『安全なやり方』とかをまったく出来ないのよね。……アタシもそろそろ、慣れてきたわ」


 肩をすくめる。


 ジニがキトゥンの肩を叩き、


「よぉし! ああ、たびたび状況が動いて足が止まっちまったが、これで最後だ。もう突っ走ろう。新しい何かが来たら、そいつもぶっ叩け! 行くぞ!」


 走り出す。

 女どもが続く。


 むしろ、千尋らが置いて行かれる。


 千尋は肩をすくめた。

 乖離は顎を進行方向にしゃくった。


 わかっている、とうなずいて、人斬りたちも走り出した。

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