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第201話 めちゃくちゃな戦場

 領都サラマンデル、領主屋敷前の目抜き通り。


 宗田そうだ千尋ちひろ、および乖離かいりと女どもが、戦車を相手に暴れている。


 ……その場で『戦車』に対応していた公爵兵は一瞬、戸惑った様子を見せた。


 何せ公爵兵たちの視点では、この戦車どもは『組合』の秘密兵器にしか思えなかったのだ。このタイミングで唐突に現れて自分たちばかり狙う兵器など、『組合』の物に決まっているのだから。

 しかしその兵器を、明らかに『組合』の者どもがぶち壊して回っている。


 あっけにとられた、が……


「厄介な方から片付ける! あの農具・・兵器から倒せ!」


 ……馬などより人力車の方が早いし長い距離を走れる世界である。

 牛馬はいるが食料あるいは農民が使役する動物という認識が一般的であり、馬に曳かれた兵器を表すのにもっとも適当な呼び方は『農具兵器』という仮称であった。


 そう、この世界の馬は農耕馬である。

 重いものを曳くことは可能だが、速度がさほどでもない。


 ……さらに言えば。

 神力、精霊の加護には個人差がある。


 そしてその『個人差』は血統に優れていればいるほど強く、血統がさほどでもなければ弱いとされている。


 なので農民が力仕事をさせるような牛馬は、そもそも『牛馬より弱い、あるいは牛馬に頼らなければ体力がもたないような、血統に優れていない者のもの』という扱いであり……


 上澄みの女は、速度でも力でも、牛馬をはるかにしのぐ。


 爆走と言って差しさわりない勢いで走りながら、金属礫──銃弾、それもライフル弾をまき散らす戦車に対し、正面から駆けて接近する女がいた。


 乖離である。


 ライフル弾を剣で弾き、あるいは身をよじってよけながら、突撃と言える勢いで前進。

 二頭の馬と正面から衝突し、両腕で二頭まとめてかき抱くように抱き込む。


 全速力で走っていた馬車が止められ、機銃を搭載した馬車室が跳ねる。


(本当に中に誰もいないのか)


 その時の動きで信じがたいことをいよいよ確信させられ、わずかな驚きが乖離に走った。

 あの機銃は誰かに操作され照準され放たれているのではなく、なんらかの不思議な力によって動き、放たれているのだ。


(『商人』だとしたら、能力にかなりの進歩があるな。この短期間で──いや。我らとの戦いが、やつを成長させたのか)


 商人は最初、すぐ後ろに浮かべた、周辺のものを操作できるだけだった。

 だが今は、あたりに気配もないのに操作してみせる。


 しかも並べて放つ程度の単純なことが出来るのみで、『任意』と呼べるほど動かせているのはせいぜいが三つぐらいであった。

 だがしかし、そこらを走る数多くの──おおよそ二十台の『戦車』、そのすべてがきちんと『人のいる方向に』弾丸を放っている。


 そしてその弾丸、あるいはそれを発射する銃の質も上がっていた。

 以前までの丸い礫のような弾丸は、乖離の皮膚にわずかにめり込む程度の威力しかなかった。

 だが似たような口径だというのに、今の弾丸は当たれば肉を貫くだろうというほどだった。何発も喰らえば危ないというのが空気を震わす発射音でわかる。実際、あれは金属の鎧に包まれた公爵兵の肉体をも貫いている。


 だから乖離は、『商人』の能力、それから扱う兵器の進歩を認め、こう思った。


面白い・・・


 ただただ『邪魔だから処理する者』という扱いであった商人。

 次第に、『敵』になりつつある。


(だが──)


 馬二頭を抱き込み、持ち上げる。

 そうして真後ろに、馬車室ごと投げた──ここではない世界で『ジャーマンスープレックス』と呼ばれる投げ技である。


 この世界においてこの投げに名前はない。こんな、ただ力でぶっこ抜いて後ろに放り飛ばすようなもの、よほどの腕力がないと出来ない。それが金属の馬車室を曳いた馬二頭を投げるとあらばなおさらだ。


 放り投げられた馬たちが、別な戦車にぶつかって巻き込む。

 機銃が壊れたように回りながら掃射された。


 乖離はチラ、とある方向を見る。


 そこには、機銃一発で死にそうなほど弱弱しい生物──千尋がいる。


 だが、千尋に機銃は当たらない。


 ……『商人』はその能力を成長させていた。

 まぎれもなく戦いの中で必要性を発見し、意識して鍛えた。執念による自己鍛錬は、長く停滞していた商人の能力を成長させた。


 だからこそ、機銃一つ一つに、商人の『意』が込められている。


 明白すぎる殺意は皮膚で感じ取ることが可能となる。そして、殺意というのはたいてい、攻撃より早い。

 未熟な殺意を肌で感じ、自分のいなくなった場所に攻撃を誘導し放たせること──

 それが十丁を超える機銃であり、周囲に公爵兵や『組合』の女どもが入り混じる状況であろうとも、千尋に出来ない技術ではなかった。


 千尋が馬車とすれ違う。

 その動作はあまりにものんびりして見えた。周囲であわただしくあらゆる者が暴れれ回るこの目抜き通り。道を挟むように並ぶ家屋が穴だらけになり、破壊され、もうもうと土煙が上がる。列をなくした軍勢が馬車にぶち当たり、組合の女どもが辺りにいる味方以外をめちゃくちゃにぶっ叩く。そういう混沌の中で、千尋の動きだけが散歩でもしているかのようだった。


 すれ違う。

 しばらくあと、進んだ馬車が唐突に車輪をぐらつかせ、斜めに進路を曲げながら横転する。


 唐突な故障としか見えなかった。

 だが、千尋に言わせれば、


「そのような重いものを木製の車輪で支えてるのは、『外してくれ』と言っているようなものだぞ」


 ……千尋がつぶやく先には誰もいない。

 だが、感じる。視線がある。『ここ』にはいないが、『どこか』から見ている。『商人』が、見ている。


 だからこそ、千尋は言う。


「お前は『賢さ』を誇らんのだろう。お前は『強さ』を誇らんのだろう。お前は『弱者』の立場から、『弱者』として戦うのだったか? ……だがな、それにしては、雑だぞ」


 馬車が迫り来る。

 ゆらりゆらりと歩く。

 銃弾が、千尋のいない場所に放たれる。


 馬の視点から見れば、千尋の体が急に半透明になって銃弾がすり抜けているかのように見えるだろう。

『膝を抜く』と呼ばれる技法。前に進むと見せかけて横へずれる・・・。ゆったりした歩みの中に、不意に素早い動きを挟む。膝を操る技術は基本にして奥義である。だからこそ、武術は袴を履いて行うものが多い。膝の動きを隠すためだ。


「お前のような者は、よくいた。『自分は愚かであるから』と前置きし、しかしそれが本気で自分の愚かさを認めているのではなく、『愚かである』という前置きを、人から何かを指摘された際の言い訳として利用しようという意図の透けた、『自分を愚かと述べておくことで自分を守っているが、その実、自分を賢いと思っていることが透けている、ただの愚か者よりもよほど滑稽な真の愚か者』がな」


 馬車の車輪が不規則にガタつき、外れる。

 馬車が跳ね、馬がいななき、横転する。


 機銃の弾丸が千尋に放たれる。

 当たらない。幽霊にでも撃っているかのように、透き通る。


「お前は弱者を名乗るわりに、雑なのだ。弱者ゆえにするべきことをしていない。弱者ゆえの臆病さ、慎重さがまるでない。己のこだわり、己の意思を通そうという、通せるという見立てが行動から透けている。だからな」


 公爵兵と鍔競り合いをする組合員がいた。

 公爵兵の鎧の隙間に刃を通して隙を作り、ゆったり歩いてまた別な兵を目指しながら、


「『弱者を標榜しているが、実は己を強者だと思っていること』が透けている。透けた上で、この俺に──男にさえ勝てておらんのだから、滑稽な弱者だぞ、『商人』」


 紛れもない挑発行為。

 必ずどこかから見ている、どこかから聞いていることを確信しているがゆえの、『言葉の暴力』。


 これに対し──


 戦車が何台も、千尋を目指す。


 千尋は鼻で笑う。


「ほうら、見ろ。『許さん、潰す』とこう来るわけだ。『潰せる』と思っているわけだ。──だから貴様は『己のことを弱者だと認めているフリをしている強者になりきれぬ弱者』というわけだ」


 四方八方から機銃が掃射される。

 逃げ場はない、ように思われた。


 ……戦いの素人は、誰かと戦う時、その認識がせいぜい二つの軸になりがちだ。

 間合いと左右。これが素人の視点から意識できる認識である。

 だが、達人は縦の軸も把握し、それ以上の軸も把握する。


 千尋が『下』へと身をかがめる。


 千尋を狙った弾丸が何もない場所を通過した直後、狙いすましていた乖離が、千尋の上を通過しようという戦車をまとめて薙ぎ払う。


 縦、横、前後。

 これに加えること、『その場にいる他者』、『その場にある障害物』というものの動ける範囲。


 戦場の状況を広く把握し、そこにあるあらゆるものの一秒、二秒、もっと先を想像し、その流れを利用する。

 これが達人の把握能力。『一対一の試し合い』以上のものを意識し続け、今、この場所が戦場になるかもしれないという想定をし続け、それに慣れた者だからこそ負荷なく出来る戦場把握である。


 戦車が薙ぎ払われる。


 兵器を失い、挑発され──


 ここで耐えるのが賢いのはわかっていようとも。


「……チヒロ、ソーダ、チヒロ」


『商人』が、空間に空いた穴から出て来る。

 怒りの形相で、出て来る。


 ようやく、引きずり出した──


 同時。


「【炎が戦士と民とを分けた】」


 ──精霊の言葉での詠唱が、道の向こうから聞こえる。


 千尋らが驚き、視線を向ける。


 そこには、ドーベラ・サラマンダー。

 赤い髪の美しい女が、剣に炎をまとわせ、いつの間にかそこにおり……


 千尋の視線に、ウィンクで応えた。


 ……あの親し気な笑み、『お前を助けに来た。一緒に商人を倒そう』というもの──


 ──では、ない。


 千尋は思わず笑ってしまった。


 あの笑みは、『ようやく役者がそろった。まとめて殺す』というものだ。


「面白い、実に、面白い。さァ──決戦といこうかァ!」


 領都サラマンデル領主屋敷のある区画。

 目抜き通りで、公爵兵を挟み、公爵と千尋・乖離が。そして商人が、殺意を交わし合う。


 最後の殺し合いが始まる。

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