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第207話 ノーム領へ

 ノーム領。

 様々な作物がとれる一大農業地帯であり、同時に、サラマンダー領の火山からの地熱がいい具合に伝わるのか、温泉の多い保養地でもある。


 主な収入源は穀物・野菜の売り上げと、温泉保養地への観光収入、それから『終末医療』の場としての収益である。


 当代ノーム公は穏やかな人柄で知られる女性であり、同時に、食料の一大生産地にして『引退した貴族など』も終末医療のために各領地から訪れるので、独特かつ強固なパイプを政界に持っており、公爵という以上にその影響力が強い曲者でもあるらしい──


「とはいえ公爵にかかわったのはどれも成り行きで、我らが旅するとして、別に公爵にかかわるとは限らんのだが」

「キトゥン殿への説明ではないが? ジニ殿はどうにも、キトゥン殿を教育したがっていたようだぞ」

「なるほど。ではキトゥンはあの地に残ってもよかったような気がするな。──どうしてついてきた?」


 乖離かいりが問いかけると、キトゥンが「どうして!?」と驚いたような、心外そうな声を立てる。


「『どうして』って、そりゃあ、アンタらの道案内はまだ終わってないからでしょ!?」

「もう『道案内』などと言っている場合ではないことは、とっくにわかっていると思う」

「……」

「義理堅いのも結構だが、義理よりも優先すべきことが、明らかにそこに存在する。出自がわかり、王として望まれた。そしてそれを……まぁ、断る意思は今のところない、ぐらいの言い方に留めようか。とにかく、『我らについて来る』が唯一選びうる選択肢ではなく、むしろ、必要性の面から言えば、ない」


「俺たちがキトゥン殿を暗殺するかもしれんしなあ」


 千尋ちひろがからかうように言う。

 彼らはアンダイン人ではなくウズメ大陸人であり、キトゥンはアンダイン人だ。

 そして現王の方針は間違いなくアンダインを弱めており、この状態を放置するのが、もしもウズメ大陸がアンダイン大陸への侵攻をもくろんでいたとすれば、正解である。


 だから千尋らが侵略者の尖兵であった場合、キトゥンを殺してしまうのは、『正解』なのだ。

 まぁ侵略に来たわけではないので、そのようなことをする理由もないのだが……


 そういうリスクが現実に存在する、そういう可能性をジニが示唆した以上、キトゥンの行動には理由が求められるようになってしまった。


 その理由を乖離は問うている。


 キトゥンは──


「こんな状況でこう言うのも嫌だけど……アタシ、何もかも長続きしないのよ」

「そのようだ」

「そのようだ!? アンタがアタシの何を知ってるわけ!?」

「ドーベラ・サラマンダーの前で長々と語られた身の上ならば知っている」

「……とにかく。学校に入るための努力も半端だし、それ以前に家も飛び出してるし……シルフィアでやってた住み込みの仕事も、ミヤビからの手紙っていう……大義名分を得て、辞めちゃったの」

「……」

「うんざりしてたのよ! 閉塞されてる感じっていうか……自分が特別じゃなくって、誰にも顧みられることもなくって……普通に生きて、普通に死んでいくような気がする、暗い感じ。何か特別なことがしたかったの。ミヤビからの手紙には、そういう……希望があった気がしたのよ」

「望んだ通り『特別なこと』が出来そうで良かったな。なかなかないぞ、王になるというのは」

「皮肉!?」

「……皮肉?」

「……そういえばこういうヤツだったわね! とにかく! とにかく! とにかく、なのよ! ……誰がここまでの事態になって欲しいって望んだわけ!? 聞いてないわよ! 王の血筋とか! ああ、アタシが欲しかったのはねぇ、もうちょっと気楽っていうか、適切な冒険で、適切な変化だったの! わかる!?」

「理解は出来る」

「受け入れられるわけないでしょ!? 覚悟しろなんて言われても、簡単に出来たら苦労しないわ! ……でも、やるしかない、かもしれないのよね」

「『かもしれない』はいらないな」

「付けさせてよ今は! ……アタシ、何も完遂したことなかったの。だから……もしも王になるんなら……その前に一つぐらい、やり遂げたいのよ。じゃないとまた……飛び出すから」

「……」

「アンタたちの案内はやり切るわ。『商人』を倒すまで、アンダイン大陸を回るんでしょ? ……案内するわよ」

「ではノーム領というのはどういう場所だ?」

「……保養地で……えっと……」

「作物などが豊富にとれて終末医療の場でもあるという話だったな。『終末医療』というのは聞き覚えのない概念だったが、確かに似たようなものはウズメ大陸にもある。そのあたりはジニから聞いたので私も知っている。そのほかの情報は何かあるか?」

「…………ないけど」

「案内は可能か?」

「……案内するわよ! 何も知らなくてもいいでしょ!? 案内っていうのは、心意気なの!」


 めちゃくちゃなことを言っているのはキトゥン本人も理解しているようで、その声には過剰な勢いがあった。


 乖離は薄く微笑み、


「まったくだ。案内は心意気──いい言葉だと思う」

「馬鹿に……はしてないのよね、アンタは」

「私はなぜか、言葉に勝手に裏を見出されてよく人に怒られるのだが、言葉以上のことは何も思っていない」

「怒る人の気持ちもわかるわ。帰ったら謝っときなさいよ」

「もう殺してしまった」

「……」

「ああしかし、ミヤビ様もよく『ムカつく』とおっしゃっていたな。あの発言は『不愉快』という意味ではなさそうだったが、一応謝っておこうか。どう謝ればいい?」

「帰るまでに自分で考えなさいよ……」

「そうだな。宿題にしよう」


 乖離が視線を遠くすれば、キトゥンもため息をつき、同じ方向を見た。


 その横で──


「なぁ十子とおこ殿、乖離とキトゥン、かなり、『様』になっているな」

「あの女はな、昔から雰囲気だけはあるんだわ。里でも女どもにモテてた。中身は馬鹿だが」

「書をたくさん嗜むという話をされたが」

「頭は回る。知識もある。だが、馬鹿だ」

「なるほど、理解した」

「お前も同様の馬鹿だから気を付けろよ」

「わかった、気を付けよう」

「理解してねぇよなぁ、その言い方は」


「十子、いちゃいちゃしていないで、前に関所が見えるから準備をしてくれ」


「いちゃいちゃしてねぇよ!」


 十子が怒ったように叫び、乖離が首をかしげる。


 温泉保養地が近づいて来る。

 そこで彼女らを待ち受けるものは……


 現在と未来、そして、くだらない争い──

 それからやっぱり、斬り合い、なのであった。

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