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第210話 二者二様

 宿の外に追い出された十子とおこは、保養地特有の幅広の葉をつける木にもたれるようにして、こんなことをつぶやいた。


「まずな、あの二人がこの事態で刀を抜かなかった時点で、何か裏がある」


 それはあの場でも気付いたことだった。


 まばゆい昼日中の日差しを見上げつつ十子が吐き出せば、キトゥンが尻尾を逆立てて大きな声を発する。


「なんなのよ『裏』って!?」

「知らねぇよ! ……乖離かいりは宿じゃあずっとあたしといた。誰かに接触された形跡も……くそ! 人斬りどもなら短い時間でそういうのに気付いて話を聞いてても不自然じゃねえんだよなあ! つまりなんもわからねぇってことだ!」

「どうすんのよ!」

「調べるしかねぇだろ」


 十子の考えだと──


 千尋らは、『何か』を根拠に、あの莫大な借金を負わされることを良しとした。

 あの態度、むしろ支配人に協力的でさえあった。だからきっと、千尋ちひろと乖離には、ああいう行動をとるだけの何かがあった。


 その『何か』が、乖離らしか知らない情報をもとにしたものか、それとも、十子も気付けるぐらい情報を持っていて、なおかつ気付けないだけのものかもわからない。


 そしてその一方で……


「……一方でだ。人斬りどもが、人斬り的価値観でああしてた可能性も普通にある」

「どういう意味?」

「あいつらはな、斬り合いをやる時はまず、『相手に本気を出させよう』っていう立ち回りをするんだ。だからああして理不尽な借金で働かされることを良しとしたのが、『相手に本気を出させる』準備のためだっていう可能性もある」

「馬鹿なの!?」

「大馬鹿だ。だがそういう生き物だ。つまりなんもわからん。ので、調べるしかねぇ」

「調べるって言っても……何について調べたらいいのよ」

「……あの二人が『趣味』でああしたんじゃないっていう願いを抱いて調べるならまあ……『精霊ノームの遺骸』と『商人』にまつわる話になるだろうな」


 そもそもにして、この旅の目的は『商人を殺すこと』である。

 乖離らに付け加えさせるなら、『気になる邪魔者を殺して、気持ちよくすっきりと殺し合うこと』になる。


 そして『商人』は各地にある『精霊の遺骸』を破壊して回っている。なので、遺骸について調べると、同時に商人の動きもわかる、のだろうが……


「基本的に遺骸の位置は公爵とその兵隊の上の方しか知らねぇんだよな」


 シルフ領シルフィアでもそうだったし、サラマンダー領でも、その様子だった。

 公爵が遺骸のそばに控えるため、公爵のいる領都に精霊の遺骸があるのは間違いない。しかし、その位置は巧妙に隠されている。

 魔法的な素養がある者ならば『精霊の血管』──地脈のようなもの──の分布を見ることで、その血管の集まる場所に遺骸があるんだな、ということもわかる様子だが……

 基本的には『わかりそうでも調べないもの』のようだ。

 調べることそのものが重罪にあたるというのが、サラマンダー領でジニに軽く話を振ってみた時に得られた所感だった。


「……面白れぇ。借金を背負わされた後ろ盾のない外国人を野放しにしたんだ。好き放題させてもらうぜ」

「アタシは外国人じゃないけど……」

「お前も似たようなモンだろうが。それとも『王様です』って宿に戻るか?」

「それはーそのー……」

「そもそもだ、なんでお前まで追い出された? ……裏はある。まぁ、最悪な答えとして『見た目で選んだだけ』っていう可能性もあるが……」

「まぁ……そうね……」


 千尋は言うまでもないが、乖離も女々男々しい美形ではある。

 ワイルド系、というのか。女性の中にも憧れる者が出そうな、姉貴! という感じの風貌をしているのだ。


「……だがそのへんは考慮しても仕方ねぇ。人斬りどもが目的を忘れてない前提で、こっちの利になる『裏』がある可能性を信じて、とりあえずあたしらが出来るのは、ノームの遺骸の場所探しと、『商人』がこの領地にどうかかわるかの情報集めだ。お前も手伝うだろ?」

「……もちろんよ」

「まあ、まずは歩き回って話を聞かなきゃならん。……そういうの、あたしは得意じゃねぇんだよな。お前は?」

「人と話し合ってうまくいったことが一度もないわ」

「…………」

「…………」


 かくしてコミュニケーション能力に不安のある引きこもりとせっかちが、情報収集に入ることとなる。

 一方そのころ──



「お二人とも、よくお似合いでございますよ。異国情緒があるというか……ええ、これはいい」


 支配人がメガネのブリッジを押し上げて見守る先……


 宿の従業員としての服をまとった、千尋と乖離がいる。


 浴衣によく似た、しかし原色系──赤地に黄色や青が差し入れられた、なんとも派手な服装だ。

 これに着替えた千尋と乖離は、視線を交わす。


 言葉もなくやりとりをした二人は、同時に支配人へと目を向け、


「それで、我らは何をすればいい?」

「宿屋で働いた経験はないのだが」


 支配人はにっこりと笑った。


「ええ、丁寧に指導させていただきますとも。まずは……」


 ぱちんと指を鳴らす。


 すると、掃除道具を持った従業員たちが千尋らに寄って来た。


 支配人は微笑んだまま、


「すべての風呂を掃除していただきましょうか。今日中に、二人で」


 明らかな無茶ぶりである。

 この宿には様々な風呂があり、その数大小合わせて十七にものぼる。


 大きい風呂は人が百人も入れる巨大なものであり、そもそもそこ一つからして、二人で清掃をするような規模ではない。


 千尋と乖離は視線を交わす。

 そして千尋が肩をすくめ、乖離がうなずき、


「半日で終わらせよう」


 請け合い、ブラシとバケツを受け取った。


 人斬りどものドタバタ宿屋業務が始まる。

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