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第213話 王家御用達

『王家御用達』。


 アンダイン大陸は一つの王家と三つの公爵家が治めている国家である。

 治めている領地の広さや法制度の観点から見れば、『四つの国家がうち一つを盟主として同盟を結んでいる』と表現すべき状態ではあるのだが、それでも王家というのは絶大なものであり、その御用達ごようたしに選ばれるというのは名誉かつ実利のあることである。


 だが御用達というのは、たとえば『この宿は王家の御用達ですよ』というように、特定一つの宿が御用達になったり、『この農地から納められるものを王家では毎日の食事に利用しています』『この医者が王家の典医です』という具合に、『勢力』が対象ではなく、『特定の一店舗、人』が対象となるものだ。


 だが、『三大勢力が御用達の座を巡って争っています』というのが、現在のノーム領の状況らしい。

 これは不可解と言うより、意味不明な状況と言えた。


 このあたりを支配人に言えば、「そういえばあなたたちは、アンダインの者ではないのでしたね」という返事が来る。


「もっとも、本来──『今の王』になる前の御代において、『御用達』は確かに、あなた方の知るような意味でした。定宿、契約農家、あるいは典医。王家が常に利用するものを指す言葉であった時代も、わたくしが生まれるより前にはあったようなのです」


 今の王。

 現在のアンダイン王は即位からそう経っていない。少なくとも、目の前の支配人は二十代か三十代。これが生まれるより前には即位していないであろう。

 だがしかし、『今の王になる前の御代』。


 ……サラマンダー公と交わした、夢か幻かというような会話を思い出す。

 この王は、まったく騒ぎになっていないので真実かどうかは定かではないが、『現王』の前の王が、弑逆しいぎゃくされている。

 だが、王に付随すると思われた問題はまったくなくなっていない。殺害された先代王と、今現在王位に就いている王が、まるで同一人物かのように国を乱している状況だという。というか……

 あの、首を斬る瞬間にサラマンダー公と交わした会話が真実だとすれば、『中身が同じ』なのだという。


 支配人の発言には、そういった、大陸を旅していても聞こえて来ないが、一部の人間だけは知っている事実をふまえている響きがあった。


「……しかし、『今の王』の御代から、『御用達』という言葉の意味は変わりました。『二つ以上の勢力が何かで争っている場合、王家が勝者を指す言葉』となったのです」

「わからんな。どうにもノーム領内での争いなのであろう? ノーム公が仲裁すべきではないのか?」

「……ノーム領は食料、医療と多くの貴族に影響を与えやすい特殊な立ち位置の領地です。そのノーム領を治めるノーム公だからこそ、領の重大な勢力争いに直接関与するわけにはいきません。ノーム公は調和を保つための機関なのです」

「ふむ。よくわからん話だ」

「ええ、よくよく考えれば確かに、わからない話です。……ですが、代々そういうものでした。そして、代々続いたものには一定の正しさがやはりあるもの。……そこを突かれて外部の介入を招いたという状況では、『正しさ』というのも空虚な響きになってしまいますけれどね」

「で? その三つの勢力は何を求めて争い、『御用達』に選ばれることで──『勝者』となることで、何を得る?」

「単純に言えば『お金』です。『農業』『医療』『温泉宿』──これら事業は公的なものであり、ノーム家から助成金を出しています。しかし、資産というのは無限ではなく、年間に得られる収入もやはり有限であり、その中から何割をどこへ振り分けるかというのは、常に悩みの種でした」

「つまりこう言っているが、間違いはないか? 『ノーム公が三つの勢力のうちどれに多く資金を割り振るかの判定を、王家がする』ということだが?」

「そうです」

「……何とはうまく言えんが、ずいぶん、ねじれているな」

「もともとノーム家は、王家の執事であったというあたりが、その『ねじれ』の遠因でしょう」

「…………まぁ、わかるような、わからないような」


 歴史的に言えば、そもそも『精霊アンダインの子』であるアンダイン王家と、『アンダインの子らがアンダイン以外の精霊の寵愛を受け、興った家』である三大公爵家という関係性があった。

 つまり各公爵家の祖は王嫡子の姉妹という間柄である。

 ところが代々貴族家は家父長制──家長制であるから、『姉妹という関係性でも、当主とそれ以外には権力差が生じる』ということがあった。

 その時に家長たるアンダイン当主に、姉妹たちはそれぞれの立場で仕えた。


「たとえばシルフ家は情報などを扱う隠密職として始まり、次第に大きくなり、公爵家になりました。サラマンダーは兵を率いる将軍職でした。同じように、ノーム家は執事職だったのです」

「ふむ。であるから、基本的に王家の顔色をうかがうのが伝統である、と」

「そうですね。隠密や将軍よりも、王のスケジュールの管理や日常の世話などをしている関係上、結びつきは強いものと言えるでしょう。なので、ノーム家が解決に乗り出しにくい、また、ノーム家としての意向をはっきり示すわけにはいかない事態は、王家に解決を依頼するというのは伝統としてあるのです」

「今回の『御用達』を巡る三勢力の争いも、伝統に則ったもの──ということか? であれば成り行きに任せるだけでもいいと思うが」

「そうですね。そこに、余計なモノが噛んでいなければ」

「『角付きのアンダイン人』か」


 千尋のこぼした情報に、支配人は微笑む以上の反応をしなかった。

 否定も肯定もせぬまま、言葉が続く。


「ノーム公爵家は、最後まで王に味方すべき立ち位置にございます。……ですが、現在の王のなさりようは、あまりにも我らの忠誠をお試しになられすぎる」

「……」

「サラマンダーが即断し、シルフが不干渉を決め込んだ時でさえ、ノームは『どうしたらいいかわからない』という態度しかとれなかった。そして現在も、揺れている。これをどうにかするには、『新しい風』が必要なのです。内側にいる者たちが、内側にいる者たちだけで話し合っても、変化には対応出来ない」

「俺たちが『新しい風』というのは、何やら予感していたよりも重大な意味がありそうだな」

「ええ、きっとそうでしょう。……けれど。わたくしは変化をせねばならぬと思う立場ではありますが、同時に不安も抱いております。変化を外から入れて、領内の土を耕すのはいい。しかし、その『変化』は選びたい──そういう立場です」

「温泉宿の女将というのも大変なのだな」

「まったくです。重大な産業の一つでございますので」

「で、俺らのすべきことは、『温泉宿』が『御用達』になれるように努力する、ということか?」

「いいえ」


 支配人の言葉は、『温泉宿の支配人』としては驚くべきものであった。


 だが、話を聞いている千尋も乖離かいりも、驚かなかった。この支配人であればきっと、『温泉宿の勝利』などという小さな目標のために自分たちを動かさないだろうというのは、もう、ほとんど確信出来ていたからだ。


 そもそも彼女の本当の顔は『温泉宿の支配人』ではない。

 少し前までは『そう思われる』だった。だが今はもう、確信している。


「あなたたちにしていただきたいことは、『あなたたちの視点ですべきこと』です」

「……」

「わたくしの意図によってあなたたちを動かせば、それは、わたくしの意図になる。そうではないのです。我々が求めているのは『新しい風』。我々の予想しえない角度から、我々の想定しえないものがもたらされるのを願っているのです」


 そこでようやく、この支配人の薄布一枚挟んだような口ぶりの意味もわかった。


 彼女は『己の意図』を千尋らに伝えないように気を遣っているのだ。

 だからこそ、はっきりしない、据わりの悪い物言いになる。協力を要請し、ある問題の解決のために力を貸してくれ──という話では、なかったのだ。『とりあえず見せる。だが、何をするかは任せる。解決するか、しないか、この領を放置してどこかへ行くか、すべて、任せる』というものだ。


 新しい風。


 ノーム領は、その大地を耕す、稲光をまとった嵐を望んでいた。


 ここまで相槌役を千尋に任せていた乖離が、重々しく口を開く。


暴風テンペストを望まれている、というわけか。ただの旅人に」


 支配人は細い目で乖離を見た。


「あるいは、大爆発でも起こして欲しいと願っているのやも。……貴族家というのは、力があります。公爵家ともなれば、人の世で出来ることは、たいてい、出来るでしょう。けれど、『変化』だけは、出来ないのです。これは、外部からの大爆発がなければ、出来ないのです。なぜなら、公爵家は『強い』から。何かが変化をする時、それは、このままでは弱者の側に立たされ、潰えるという危機感がなくてはならない。勝っている者が勝っている間に己を顧みるのは、難しいことですので」

「我らにそこまでのことを期待されても困るが」

「期待はしておりません。わたくしはただ、与えるだけ。与えた結果、どのような作物が実るかは、やはり、実らせてみないとわからぬものです」

「……領地経営の話と思って聞くと、博打が過ぎるように思う」

「温泉宿の支配人が、領地経営など考えているわけがございませんので」

「そういえばそうだったな」


 そこで千尋が笑い声を立てたのは、もう、『温泉宿の支配人』が言い訳程度にしか機能していなかったからだ。


 この支配人の視点も、物言いも、間違いなく温泉宿以上のものを支配している人物のものである。

 たとえば、ノーム領そのものとか。


 支配人はパン、と手を叩き、


「では、引き受けてくださるということで。まずはとっかかりとして、解決すべき小さな事件をご紹介いたしましょう」

「それは解決していいのか」

「してくださらないと困ります。何せ、落書きなのです」

「……何?」

「温泉宿の壁に汚い言葉など描かれる事件が頻発しております。犯人の目星もだいたいついているので、あなた方にはこれを解決していただきたいのです」

「公爵領の兵などが対応すべき問題のように思う」

「そうすると大事になってしまうでしょう?」

「しかし、どうすればいい? 犯人を斬ればいいのか?」

「剣はしばらくこちらであずかります」

「殺す以外の解決法をとれと? 困ったな……」


 乖離も千尋も人斬りであるので、刀で解決出来ないと困ってしまう。

 ただし、刀以外の解決法を知らないというよりは、それが一番手っ取り早いことを知っているので面倒くさいなという響きが多分に含まれていた。


 支配人はその気配を察し、一瞬だけ『こいつら……』みたいな冷や汗を垂らしたあと、


「あなた方には、暴力に頼らない事態の解決法がございます」

「なんだろう、心当たりがない」


 ぼやく乖離に、支配人はずいっと接近し、告げる。


「──掃除でございます」

「なんだと?」

「領内の者は、見事な掃除を見れば大抵ひれ伏すもの。あなた方には──人の心を清らかにするような、すさまじい掃除を見せつけ、掃除によって問題を解決していただきたいのです」

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