目次
ブックマーク
応援する
6
コメント
シェア
通報

第214話 農業組合

「落書きをやめて欲しい!? なら──究極掃除エクストリーム・クリーニングで勝負だ!」


 宗田そうだ千尋ちひろ乖離かいりは理解する。


「なるほど、この領地はこういうノリかァ」


 ならば受けて立つ、と掃除用具を手に向かい合う。

 かくして究極掃除エクストリーム・クリーニング対決が始まった──



 農業──


 どこの領地でも農業ぐらい当然やっているものだが、ノーム領における農業は、規模、力の入れ方、そして成果が他の領地とは一線を画する。

 これも『土の精霊』であるノームのご加護ということなのか、ここで実る作物は、量が多くサイズも大きく、そして美味であることで知られていた。


 そのため先々代の王の御代にはいくつもの『御用達ごようたし』農家がすでにあった、のだが……

『今の王』になってから、いくつもの農家が契約を切られたり、また、いちゃもんとしか思えない文句をつけられて潰される憂き目に遭っていたりする。


 その文句というのはどうにも……


「そりゃあさあ、王家の方々はなんだ……『毒殺を目論んでいる』だの、『あえて質の悪い野菜を送り付けた』だの、そういう……なんだ、『激しいご気性』と、『尊い方特有の警戒心の高さ』を発揮されて、いくらか、ノーム領の農家も勘気を被ったことはあるよ。でも、代々そうしてきたんだから、こういう争いはやっぱり、王家の方の裁定を受けるべきだとも思うんだ」


 いわゆる農業組合の建物の中にはいて、中で農業を専門にする、いわゆる農婦のうふと話をすることになっていた。


 建物は広い平屋造りで、受付カウンターに類するものが三つあり、そのどれもに職員がいた。

 ただし中は閑散としており、職員らしき人も雑談などしている。


 ……というのが現在の状態なわけだが、先ほどまではまた違った様相であった。

 職員一同いきり立ち、『落書きを辞めろ? 余所者の外国人が何を言ってやがるんだ』という態度だったわけである。


 それが掃除をしたらこうなった。

 掃除はすべての基本なのかもしれない──というのはちょっとこういろいろ諦めた遠い目での解釈ではあるが、少なくともこの領地の人間関係は全部掃除で解決しそうな勢いはあった。


 今は古い木製のテーブルを挟んで茶など飲みつつ打ち明け話をされている状況なので、掃除、かなり効くというのは実感を伴って理解せざるを得ない。


 千尋はとりあえず茶に視線を落としていた。

 中にあるのは緑茶に近い。だが、茶葉の風味が緑茶とは少し違う。まるみがあるというか、青臭さは少しばかり弱まり、代わりになんらかの香りがある。

 恐らく茶葉を発酵させたものなのだろう。あの『支配人』が治める温泉宿で出ていた茶も同じような味わいだったのと、あの温泉宿は高級宿に分類されることから、かなりいい茶葉を使ってもらっているようだった。


(最初は『余所者の外国人め!』という態度であったことを考えると……いや、本当にすごいな、『掃除』の効果は)


 千尋が茶を一口含んでいると、乖離が声を発する。


「というより、今は『医療』『温泉宿』と競っている状況なのだったな?」

「そうだ」

「そして農業組合は、これらに食料を卸しているわけだろう?」

「そうだが……?」


 農業組合の茶色い狐耳の、三十代半ばぐらいの女は、首を傾げた。

 乖離はその女に、こんなことを言い放つ。


「食料の供給を辞めれば、自然と二つの勢力が干上がり、あなたたちの有利に事が進むと思うのだが、そうせず『壁に落書き』などというぬるいことをしているのはなぜだろう?」


 そこで農業組合職員が言葉を失った。

 彼女が言葉を取り戻すまで、十秒ほどかかって、


「…………あ、あんた……良心というものが、ないのか?」

「しかし、戦いではないのか」

「いや、確かにまあ、そうなんだが……」


 農業組合職員は頭を抱えて悩み、


「……あのなあ、我々は別に、潰し合いをしているわけじゃあないんだ。というより……今のノーム領で、本気で自分のところ以外の組合を潰そうと思って行動しているヤツなんか、一人もいない」

「そうなのか。まあ、潰すまでいかずとも、食料の値段を吊り上げるとか、あなたたちが抑えている場所は食料なのだから、いくらでもやりようはあると思うが」

「だから! ……あのなあ。まあ、組合自体もそうだが、そこに来るお客さんにも罪はないだろう? だっていうのに、食料を卸すのを辞めますだの、値段を上げますだのすれば、お客さんがお腹を空かすじゃあないか」

「そうだな」

「……いやだから、そういうことをしたいんじゃあないんだってば。そもそもな、今のご時世で『王家御用達』なんて狙ってるのも、別に自分がそうなりたいわけじゃあなくって……」

「?」

「……いや」


 農業組合職員は、手を顔の前で振る。


「いかに優れた掃除婦とはいえ、これ以上はさすがに話せない」


 彼女らの価値観において『優れた掃除婦』というのは、かなりの敬称にあたる。

 それでも話せない──ようするに、地域の問題だ。


 乖離は千尋に視線で『どうする?』と問いかけた。

 千尋は、茶を飲み干して席を立つ。


「まぁ、ともあれ、落書きをやめてくれるならば俺たちの話は終わりだ。茶、美味かったぞ。御馳走様」


 その様子を見て乖離も立ち上がる。

 農業組合職員は、去って行こうとする二人を見て──


「待て!」


 声を上げる。

 千尋と乖離が振り返ると、声を上げてしまったことを悔いるようにうつむき……


 顔を上げた時、何かを覚悟した表情が浮かんでいた。


「……もし他の組合にも行くんなら、『条件』について聞くといい」

「では、まずはここで『条件』について聞こうか」


 千尋の言葉に一瞬まずそうな顔をしたものの、農業組合職員は深いため息をついいて、


「……『農地接収』だ」

「……御用達の条件がか? それは……」

「差し出す代わりに勝者にしてやる──っていう話なんだ。御用達っていうのは、王家が後ろについて、他の勢力より抜きんでることを保証してやるって意味だからな。そして、私たちはどこかが勝者にならなくちゃいけない」

「……」

「勝ちたいところなんか一つもないんだよ。だから、勝ちに行くんだ、自分たちが」


 勝ちたくないのに、勝ちに行く。

 思いやりがあるのに、邪魔をする。


 千尋は鼻から息を吐いた。


(どうにもこの領地で起こっていることは、色々と『ねじれて』おるようだなァ)


 動かない公爵。

 勝利を願わないのに勝利を志す動きをする三つの組合。

 そこで『新しい風』を吹かせることを求められる外国人。


 そして、『土地』を求める王家。


(さて、どうしたものか)


 困るのが、支配人は本当に指針を示してくれないことだ。

 委ねられている──というよりも、千尋らが何もしない決定をしたならばそれでもいいという感じを受ける。


 そういう態度を示されると、とりあえず情報だけは集めたくなるのだから、あの支配人、わかって誘導しているのだとしたら、見事と言える。


 千尋と乖離は農業組合をあとにした。

 背後に転がる複雑なものはさておき──


 落書きにまつわる問題は、解決完了だ。

 一度、支配人のもとへ報告を持ち帰ることとする。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?