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第21話 謁見と謝辞

◆ <アンリエッタSide ~一人称視点>


 ジークレイド皇帝陛下が目を覚ました翌日。回復薬を飲み、一日休んだ皇帝は無事に動けるまで回復していた。まだ完治とは言えず、長く眠っていた影響で体力もかなり落ちているため、暫くは安静が必要だ。


 あの後、レイは皇帝の部屋でそのまま一夜を過ごしたようだ。わたしが用意した回復薬も滋養強壮にいい薬も無事に効いたみたいで、一夜明け、目覚めた皇帝は、久し振りに外の空気が吸いたいと謁見の間まで足を運んだのだった。


 王子の椅子の隣、立派な金の飾りが施された玉座へ座った皇帝は、数ヶ月振りの椅子の感触を確かめるようにゆっくりと目を瞑る。そして、止まっていた時を噛みしめた皇帝は、皇帝との謁見に呼ばれていたわたしに向け、言葉を紡いだ。


「アンリエッタ・マーズ・グリモワールよ。此度の働き、誠に大義であった」

「ありがとうございました」


「一つ聞きたい。聖女の血を継ぐ者よ。悪魔と契約し、かつて戦争を率いた儂へ、何故手を差し伸べたのだ?」

「わたしは目の前で消えようとしている命の灯を放っておくような心を持ち併せておりません。それに……レイと既に〝契り〟の契約を交わしたわたしは聖女でもあり、魔女でもあります。皇帝も自らそう仰った筈です」


 わたしは決意に満ちた表情で真っ直ぐ皇帝の眼を見る。既に王国から追放された身、お姉さまを助け出すためならわたしは悪魔にだって魂を投げ出す覚悟で居るのだ。


「そうか……あい分かった。では一つ、其方に褒美を取らせよう。何でも言ってみよ」


 ゆっくりと息を吐く。皇帝の横にはレイが控えている。レイへ一瞬視線を送ったわたしは、意を決し、皇帝へ進言する。


「わたしの望みはグリモワール王国の現聖女であるお姉さまを助け出す事です」

「ほぅ?」 


 双眸そうぼうを細める皇帝。わたしは皇帝へ伝える。グリモワール王国の王家、そして貴族達の心が腐っている事実を知り、魔国へ追放された事を。レイがわたしを飼ってくれた事で、お姉さまを助け出す機会をくれたのだと。力をつけて、わたし達を道具としか見ていない王族、貴族達へ一矢報いる。そして、お姉さまを助け出したいのだと。


 わたしの話を最後まで聞いてくれた皇帝は両腕を組み、ゆっくりと頷く。わたしへこう尋ねた。


「それは多少の犠牲を払ってでも成し遂げたい希望か?」

「悪意のない民は守りたい。ですが、わたし達を愚弄する者なら話は別です」

「アンリエッタ、まだ子供だな」

「え?」

「王族、貴族と敵対する事。それはつまりグリモワール王国との戦争を意味する。お主はまだ魔女になり切れていない。清浄な心のみでは、願いは泡沫となり、消え失せるのみ」 

「戦争……」


 かつて、わたしも戦争で最愛の母を失った。あの時、お姉さまを護るとわたしは誓った。でも、またあの出来事を繰り返すの? 戦争によって、わたしと同じく家族を失う者も出て来るのではないか? お姉さまを救い出す方法は他にないの? わたしの脳裏に様々な感情が浮かぶ。ぐるぐる巡る。こうしてわたしの中で巡る思考を現実へ引き戻した人物は、誰であろうレイだった。


「案ずるな、アンリエッタ。まだ事を構えると決まった訳ではない。そのために俺が居る」

「レイ……」

「フッ。そうか。アンリエッタは息子をレイと呼ぶか」


 皇帝の口元が初めて僅かに緩んだ瞬間だった。あくまで皇帝はわたしの覚悟を確認したかっただけなのかもしれない。レイが言う通り、何か血を流す以外の方法があるかもしれない。今は力を蓄えて、いずれ来る時に備える事が必要だ。


「アンリエッタ、其方は息子が認めた女だ。歓迎する。これを授けよう」


 皇帝が玉座の後ろにあった宝箱より何かを取り出し、わたしへ手渡す。それは一見、絹のような美しい黒糸で織られた外套。


「羽織ってみよ。そして、お主の魔力を外套へ投影せよ」

「はい」


 わたしは外套を纏い、そのまま自身の魔力を外套へと流し込む。すると、外套の漆黒が様々な色へと変化をする。そして、わたしは驚嘆する。外套を羽織ったわたしの姿が自身の双眸ひとみで認識出来なくなったのだ。


「己の魔力で光を操作し、人間の認識を阻害する〝常闇の衣〟。魔国に二つしか存在しない貴重な魔法具だ。これならば有事の際、グリモワール王国へ潜入も可能であろう?」

「す、すごい……こんなに貴重なもの、宜しいのですか?」


 付属のフードと外套で全身を覆えば、完全にその場から自身の姿が消失する。魔法が発展するグリモワール王国にすらない代物。こんな魔法具が存在するなんて驚きしかなかった。


「其方は命の恩人だと言ったであろう?」

「あ、ありがとうございます、皇帝陛下!」


 皇帝へ向け、恭しく一礼するわたし。これで一歩、お姉さまの救出へと近づいた気がする。


「アンリエッタ、一つ教えよう。その外套は闇の魔力を〝透過〟の力へと変換している。俺と〝契り〟の契約を交わした事で、聖なる魔力だけでなく、お前の身体には既に闇の魔力が存在しているのだ」

「え? それってつまり……」


 既にわたしは魔女へ近づいている……そういう事になるのだろうか?


「案ずるな。悪魔と契約していないお前が持つ闇の魔力はまだごく僅か。足りない分は俺の譲渡で魔力を調整すればいい」

「そう……なのね」


 レイが言った通り、外套が再び変色し、元の漆黒へと戻っていた。それまで認識出来ていなかったわたしの姿が認識出来るようになる。


「レイよ。その様子だと、まだ終えて・・・いないのだな?」

「まだ接吻による・・・・・譲渡・・のみです」

「そうか。くれぐれも彼女を溺れさせるではないぞ」

「心得ております」


 え? 待って? 何の話をしているの? 

 いや、分かる。これはきっとあの話・・・だ。


 そう、あの日。レイと初めて一夜を共にしたあの日だ。わたしは恥ずかしくて怖くて。結局、肌と肌は重ねたけれど、最後まで愛を育む行為をせずに終えたのだ。わたしの気持ちを察してくれたレイは、わたしの身体を優しく愛撫し、そして優しく抱き締めてくれた。あの時のレイの身体の温もりは今もこの身に焼きついている。


 魔力の譲渡……まさか愛を育む行為でも!? 待って、駄目よそんな。


 だって……キスであんなに酩酊するのに、そんな最後までやったら……わたし、どうなっちゃうの!?


「……リエッタ、アンリエッタ!?」

「ふわっ!? あ、レイ。いつの間にわたしの隣に」

「大丈夫か? 顔を真っ赤にして意識が何処かへ行きかけていたぞ?」

「え、えっと。平気、平気。大丈夫ですわよ~~ホホホホホ」

「口調がおかしいぞ!? 魔力が枯渇しているのならば、俺が〝譲渡〟するからな」

「い、いえ。全然間に合ってます~~! 皇帝陛下! 貴重な魔法具をありがとうございました! わ、わたしはこれにて失礼します~~」


 レイの前で両手をぶんぶん振った後、皇帝陛下へ高速カーテシーを行い、わたしは一目散に謁見の間を後にした。


 もう、この気持ち……どうしたらいいのっ!?



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