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第23話 王女の帰還

 お姉さまから受け取ったペリドットの宝石は、〝契り〟の契約のときにレイからいただいたブレスレットへ嵌め込まれていた四つのペリドットのうち一つを外してもらい、一緒に身に着けるようにした。


 これでお姉さまとの繋がりが、ネックレスとブレスレットの二つになった。ブレスレットにはお姉さまの聖とレイの闇。二つの魔力が籠められている事になる。わたし一人では足りない力でも、味方をしてくれる大切な人が居る限り、わたしはきっと頑張れる。


 レイが公務で忙しく、何もない日はアーレスとの魔法訓練も続ける事にした。あとは城内のまだ〝浄化〟出来ていない場所を少しずつ清浄にしていく。わたしの此処でやるべき事が少しずつ分かって来たような気がした。


 そして――

 お姉さまの小箱を受け取ってから数日。この日はレイの妹であるミルフィー王女が帰還するという事で、城内の侍女さん達が何やら朝から慌ただしく動いていた。


 ミルフィー・ラミア・カオスロード――魔国カオスローディア第一王女にして、レイの妹。幼くして魔法の才を発揮し、齢十八にして周辺諸国との外交を務めているらしい。レイの年齢は二十一らしいので三つ違いの妹という事に。むしろミルフィー王女はクレアお姉さまと同じ年齢という事になる。


 カオスローディア城の入口を閉ざしていた巨大な漆黒の城門が開き、一台の魔導車が城内へと入って来る。アーレス、レイが一番奥、数名の兵士と執事達が両側に一列ずつ並び、魔導車を出迎える。皆が一礼する中、魔導車の扉が空き、白髪で燕尾服姿の老執事が手を引き、一人の女性が降り立った。


「あれは……メーテ」


 民族衣装メーテ。黒糸で織られた美しいプリンセスラインのドレス。ただし、わたしが先日身に着けたメーテと少し違い、胸元の金色のラインは銀色。燃え上がるような炎の文様は冷たい氷の結晶のようなデザインへと変わっていた。


 金色の髪色が黒と対照的でとても映える。両サイドに渦を巻いたようなツインテールの髪を揺らしつつ、ヒールの高いブーツを鳴らし、真っ直ぐ歩いて来た王女は兄の前でカーテシーをした。


「ミルフィー・ラミア・カオスロード、只今戻りました、レイお兄様」

「うむ、ご苦労だったな」

「はい、お兄様。あら?」


 レイと二、三会話を終えたミルフィー王女がレイの隣に控えていたわたしを初めて認識する。お姉さまと同じ蒼色の瞳を真ん丸にしたミルフィーが驚いた様子でわたしの全身を上から下まで視線を動かしながら凝視する。そして、ポンと手を叩いた彼女はひと言。


「嗚呼、あなた。新しい使用人か何かですの?」


 いや、侍女が民族衣装メーテを着ている訳がないでしょうと一瞬思ったけれど、わたしは王女に粗相がないよう微笑み、そのままカーテシーをする。


「えっとアンリエッタ・マーズ・グリモワールと申します」

「……グリモワールですって?」

わたしの名を聞いた瞬間、それまで真ん丸に見開いていた彼女の双眸ひとみが一瞬にして細められる。


「ミルフィー。彼女はアンリエッタ。俺の契約者・・・だ。年齢はお前の二つ下だ。これから共に歩む事になる。宜しく頼む」

「どうしてですの!?」


 突然鬼気迫る表情でレイへ詰め寄るミルフィー。何故彼女は怒っているのか? どう考えてもわたしに対して敵対の意思が見て取れる。


「お兄様! 魔女はわたし一人で充分と言った筈です! どうして……しかもグリモワールの名……聖女の血を引く女がお兄様の選んだ魔女だなんて! 絶対に納得いきませんわ!」

「それは前にも言った筈だ。周辺諸国との関係。グリモワール王国や魔の森周辺の魔物達の不穏な動き。早々に手を打っておかなければ魔国は劣勢に立たされると」

「ですが……お兄様……グリモワールはお母様の……!」


 両手の拳を強く握り締めたまま、ミルフィーはレイへ訴えかける。そこへ割って入った人物はアーレス。そして、ミルフィーと一緒に居た老執事だった。


「ミルフィー様。お風呂の用意が出来ております。その後は久し振りの魔国の食事をお召し上がりください」

「お嬢様、レイス様が困っておられます故」

「アーレス、ノーブルも黙っていて頂戴」


 アーレスとノーブルと呼ばれた老執事の制止を押し切り、わたしに睥睨するような目付きを一瞬見せ、そのまま一人、城内へと向かうミルフィー。ノーブルが恭しく一礼し、王女の後を追っていく。


『グリモワールはお母様の……!』


 さっきミルフィー王女が言い掛けて喉の奥に締まった台詞。きっとミルフィー王女は母親の死に対し、グリモワール王国を恨んでいるのかもしれない。


「あの……レイ」

「案ずるな。俺がついている」

「……はい」


 周囲を威圧するような空気を醸し出しつつ、城の奥へと入っていくミルフィー王女の背中が、わたしには何故だか少し哀しそうに見えた。


 その夜、食事会場に彼女は姿を見せず、ジークレイド皇帝、レイ、わたしの三人で食事を取った。老執事のノーブルさんは見た目そのままの優しそうな人で、ジークレイド皇帝の父親である先代の皇帝が魔国を統治する時代からカオスローディア城に仕えているんだそう。魔国の事は何でも知っている生き字引らしく、『困った時は何でも聞いてくだされ』と言ってくれた。頼もしい仲間が増えたみたいで少し嬉しい。


 その日の夜は中々寝つく事が出来なかった。


 お姉さまの事を穢そうとしている、わたし達を道具として思っていないエルフィン王子やソルファに対して怒りの感情はあったけど、母を失った事に対する怒りや哀しみはあの日、何処までも遠く澄んでいた青空と共にあの村に置いて来た。


 だからこそ、ジークレイド皇帝にもレイにも恨みや怒りの感情を覚えなかったのかもしれない。


「母親の仇か……」


 考えた事もなかったな。目の前で起きている事をなんとか熟すだけでもわたしは精一杯。ジークレイド皇帝が病に伏していた時も、仇なんて考えず、眼前の命を救う事に精一杯だった。


『だいじょうぶ、アンリエッタはそれでいいのよ』


 寝る前にベッドの横へと置いたペリドットのブレスレット。お姉さまのペリドットがそうやってわたしに語り掛けてくれた……そんな気がした。


「駄目だ。ミルフィー王女と分かり合えないと、きっとわたし、この先、前へ進めない」


 過去に捉われたミルフィー王女の心。その心を固く閉ざした扉。


 果たしてわたしは扉の鍵を探して、彼女に触れる事が出来るのか。


 こうして、わたしの魔国での次なる試練が始まった気がした―― 



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