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第26話 決闘の後で

 次に目が覚めた時、わたしは魔国に似つかわしくない全面白で覆われた部屋のベッドに寝かされていた。


「んん……」

「アンリエッタ、目が覚めたか」

「ここは……」


 わたしの両手を握る温かい手。その温もりに意識が少しずつ覚醒へと向かう。これは……レイの手だ。優しく包み込んでくれるお姉さまの温かい手。同じ温かさでもお姉さまとレイではちょっと違う、そんな気がしていた。温もりの中にある何か……それが何なのかは分からないけど、こう内から心が火照ってくるような、胸の奥がぽかぽかするような安心感。強く握る力から、レイの想いが伝わって来る。


「治療室の横に用意された静謐室せいひつしつだ。傷ついた者は妖氣エナジーによる影響を多く受けやすい。そのため、治療室の横には妖氣を遮断し、肉体を安静にさせるための部屋が用意されている。数日は此処で休むといい」

「……ありがとうございます」


 何が起きたのか、少しずつ思い出してみる。ミルフィー王女との決闘で、氷漬けになったわたし。ブレスレットからお姉さまの魔力を少し分けて貰い、結界を発動した。そして、今度はレイの魔力を借りて、炎で氷を溶かして、だんだん炎は大きくなって……。


 わたし、気づいたらミルフィー王女の頬に手を触れようとして、そこにレイが現れて……。


「レイ! ミルフィー王女は!?」


 わたしはベッドから上半身だけ起き上がる形でレイへ尋ねる。わたしの質問にゆっくりと息を吐き、レイが答える。


「心配ない。火傷も治療済だ。今は隣の静謐室せいひつしつで眠っている」


 火傷……。わたしが王女を傷つけた? 戦闘中思い出せなかった記憶が朧気ながら映像として蘇る。炎が辿り着く直前に自身を覆った結界により、ミルフィー王女は無事だったみたい。そして、最後はレイがわたしと王女の間へ入り、止めてくれた。


 もし、あの時わたしの手がミルフィー王女へ届いていたなら、彼女の顔には消える事のない火傷の痕が残っていたかもしれない。いや、もしかしたらそれ以上、生命に関わるような傷を負っていたかもしれないんだ。


 途中まで、わたしはただただ必死だった。でもレイの魔力を全身へ通わせた瞬間、あの炎が舞台上に広がっていった時……。


 わたしは――


「あのとき……わたし……わらってた」

「アンリエッタ」

「わたし……わたし……嗤ってた!」

「アンリエッタ! ……案ずるな」


 顔を覆うわたしの背中へそっと手を添えるレイ。お腹の奥底から湧き出て来る感情が脳髄を沸騰させる。どす黒くドロドロとした感情が口腔から溢れ出て来る。 


「レイ、どうして! 身体が熱くて気持ちよかった。レイ……わたしはもう……魔女なのね!」

「アンリエッタ、お前はアンリエッタだ!」


 だいじょうぶだ、俺が居ると強く抱き締めてくれるレイ。わたしは……このまま彼に身を任せてしまっていいの? このままわたしが魔女になってしまったら、復讐の炎でグリモワール王国の全てが燃えてしまうんじゃないか? 不安に震える肩を押さえ、わたしの感情が収まるまでレイは傍に居てくれた。


「あの炎、俺の魔力を借りたのであろう? 〝譲渡〟とは違うが一時的に俺とアンリエッタの魔力が一つに混ざり合った事であの炎が起きた。だが、あの炎を俺は止める事が出来る。アンリエッタ、お前が怯える必要はないんだ」

「でも、でも……!」


 レイはあの時、広がる炎を自身の魔剣で吸収・・し、吸収し切れなかった炎はアーレスが制してくれたらしい。闇の魔力と妖氣を吸収する魔剣。レイは、レイの傍に居たならわたしの力を制御出来るって言いたいんだ。


 でも、ミルフィー王女は震えていた。わたしはただ、彼女とお話したかっただけなのに。


「確かにアンリエッタの中には魔女の力が眠っている。だが、それを制する事が出来れば、お前の姉もお前自身も救う事が出来るんだ」

「わたし……自身も?」

「俺は、お前が姉を救いたいように、今まで辛い想いをして来たお前を救いたいんだ」


 再びレイがわたしの肩を抱く力が強くなる。少しずつ肩の震えが収まっていく。お姉さまを助けたい。でも、わたし……魔女になるのが怖いんだ。


「わたしがこの先、魔女になっても、レイは味方で居てくれる?」

「アンリエッタ、お前が何者であろうと俺はお前の味方だ」


 これからわたしはどうなっていくのか。わたしの中に巡る恐怖、怯え。でも、レイが味方で居てくれるのなら、わたしはようやく顔をあげる。


「ありがとう、レイ」

「震えが、止まったな」

「うん。もうだいじょうぶ」

「今日は此処で休むといい。後でナタリーに食事を運んでもらう」


 レイはこの後、ミルフィー王女の看病をしたあと、公務に戻るらしい。


 身体が落ち着いたら、わたしもミルフィー王女に会いに行こう。会ってちゃんと話そう。


 後から聞いて分かった事だけど、決闘の後、わたしは丸一日眠っていたみたい。入れ替わりで入室して来たアーレスの説明であの場で何が起きていたのか? そして、現在自分の置かれている状況が分かって来た。


「アンリエッタ様。あのとき炎が暴走し、ご自身の気分が昂揚した原因は、分かりやすく言えば魔力の過剰摂取です」

「……過剰摂取」


 自身の魔力が枯渇している状況で、お姉さま、レイの魔力を立て続けに体内へ取り込んだ代償。しかも、聖の魔力の後で闇の魔力を取り込んだ順番も良くなかったらしい。闇の魔力を取り込み過ぎた事で、理性のたがが外れ、わたしの中の欲圧されている感情が溢れ出したのだそう。


「ゴホン。なので、魔力の〝譲渡〟同様、使い過ぎには注意が必要です」

「はい、心得ました」


 嗚呼、アーレスは、酩酊の事を言っているのね。酩酊とは違うけれど、あんな闘いを愉しむような姿、普段のわたしじゃない。余談だけれど、あの決闘を見届けた城の者達は『新たな魔女の誕生だ』と歓喜していたみたい。どうしよう、お城の中でどんな顔をして歩けばいいのか。


「何にせよ、ご無事で何よりでした。あの決闘直後、ミルフィー様は魔力の残量がほぼゼロでした。ですが、アンリエッタ様は魔力がまだ半分以上残っていた。クレア様とレイ様の魔力を借りたとは言え、上級魔法・・・・を発動していながら、凍傷も同時に治癒し、尚且つ魔力はまだ充分残っていた状況は魔女としか言いようがない。力の使い方、これから小生と学んでいきましょう」

「ありがとう、アーレス」

「では」


 アーレスが退室する。そして、休む間もなくナタリーがお食事を持って来てくれた。魔黒米という妖氣エナジーに強い黒米をお野菜と一緒に柔らかくなるまで煮込み、岩塩と卵を落としたお腹にも身体にも優しい料理。わたしが微笑むとナタリーが涙を流して喜んでくれた。あの炎の中で倒れたわたしを皆心配してくれたみたい。


 レイ、アーレス、ナタリー、みんなの優しさが身に染みる。魔国にも優しい世界はあった。


『アンリエッタ、お前が何者であろうと俺はお前の味方だ』


 黒米を噛み締める度、レイの言葉が脳内に反芻される。わたしは此処に居ていいんだ。


 この時のレイの言葉は常闇の中へ足を踏み入れようとしているわたしの心の奥底へ、確かな光を灯したのだった――




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