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第60話 動き出す聖女

◆ <聖女クレアside ~三人称視点~>


 闘技会場の舞台、結界に覆われた空間は紅蓮の業火に包まれ、王子とラーディがその場に取り残されていた。クレアは周囲を見回し、冷静に起きている状況と今為すべき事を整理する。そして、眼前に控えていた一人の女性へ声を掛ける。


「サザメさん……でしたね」

「なんじゃ、聖女殿」

「あの影を扱う術でわたくしをこの場から連れ出してください」

「な、なんじゃと……!?」


 サザメの口元へ人差し指を当て、驚く彼女を静止する。残りのエルフ達と魔導師フォースへも同様に微笑みかけるクレア。民の命を最優先に行動する聖女と思えない行動に皆動揺するも、すぐにクレアの真意を察し、肯定したのはサザメだった。


「どうやら訳ありのようじゃの? 先程のミルフィーユとの会話も只の侵入者との会話とも思えぬ。分かった。お主らも一緒に来てもらうぞ」

「なっ、ワタクシメもですか!?」

「王国の連中に消されたくなければな」

「……くっ、承知致しましたわ」


 闘技場を覆う結界は強固に出来ており、アンリエッタの空けた穴からも炎は外へ出ていない。むしろ、観客席と舞台の間にあるルワージュ達治癒役と実況の兎耳族ピーチが眠っている待機席にも被害は出ていない。よって、アンリエッタの炎はエルフィンとラーディのみを狙っており、それ以上に被害が及ばないと予測したクレアは、そのまま行動に出たのだった。サザメが忍び装束を翻し、右手の人差し指を立てたまま印と呼ばれる術式を組む。


「サザメさん、この子もお願いします」

「……大きいな。まぁ、よかろう」


 クレアが手を当てた七色鳥レインボーバードも含み、巨大な影がクレア達の足許へ出現し、やがてクレア達は影に包まれる。

「サザナミ流影踏術えいとうじゅつ――宵影渡ヨイカゲワタリ


 指定した場所へ対象を瞬間的に移動させる影魔法。サザナミの国では魔法を秘術と呼び、サザメのような特殊な訓練を積んだ者しか使えないようになっている。こうして闘技会場より王都より離れた森の奥へと移動したクレア達。周囲に誰も居ない事を確認し、クレアが彼女達へ説明する。


「さて、聖女殿……王国で一体何が起きているのか、説明してもらいましょうか?」

「わたくしが知っているのはごく僅かです。わたくしは真実を知りたい。一人ではやれる事に限界がある。よってあなた方の力をお借りしたいのです」


 サザメの疑念にクレアが頭を下げるも、そこで意を唱えたのはレヴィだった。側近のエルフ達数名も傅く体勢は崩さないものの、訝しげな表情で聖女へ視線を向けていた。


「お言葉ですが聖女様、今回の出来事、シルフィリア国へ報告せねばなりませぬ。場合によっては国家間の問題へ発展する可能性がございます」

「そうならないためにも、わたくしの立場を皆さまへお伝えしたい。先ずは真実へ近づくため、皆さまにもこれを見ていただきたい」

 そう言ったクレアは、クレアの横で安らかに眠っていた七色鳥レインボーバードの背中をそっと撫でる。クレアの手から発せられる淡い〝浄化〟の光。まだ焦土色のままの羽根。だが、〝浄化〟の光へ反応したのか、キュウちゃんの身体が七色に発光を始める。目を覚ましたキュウちゃんは擡げていた首をゆっくりとあげ、目を細めたままクレアへ顔を向けて鳴く。


「キュウゥウウ」


 キュウちゃんの羽根の一部、七色に発光した光がそのまま森の木々の間の空間へと照射される。一点を照らしたその光は円環を描き、そこへ薄っすらと何かが人影のようなものが映る。


「なっ!? 幻術か!?」

「いえ、これは〝投影〟魔法ですね」


 人影は時折乱れ、靄が掛かっているかのよう。キュウちゃんが雷に打たれた事で〝投影〟魔法へ影響が出ているのだ。だが、だんだんと近づいて来たその姿に、その人物が誰なのか、皆が気づく。


「これは……さっきの魔女ですか?」

「いいえ、フォースさん。彼女は恐らく無実の罪で追放された……わたくしの妹です」

「え? まさか……」


 聖女クレアの存在は王国の象徴的存在だが、そんな聖女の妹、アンリエッタの存在も、フォースは少なからず知ってはいた。そんな聖女の妹が先月、国家反逆罪で追放されていた事も。肌の色も髪の色も、覆っていた膨大な魔力も別人。魔女としか言いようがない相手が聖女の妹だと告げるクレアの言葉にフォースは驚きを隠せない。しかし、森へ浮かんだその人物はこの後、確かにこう呟いた。


『おね……さま。姿はまる………ですが…………リエッタです』

「嗚呼、アンリエッタ。よくぞ、無事で。本当によかった」


『わたしは…………の闇を…………………ったばかりに追放され……の後、魔国カオスロー………の……、レイス・……ウ・カオスロードに………、王国の闇……………彼と〝契り〟の儀を交わし、魔女となり………』


「今、〝契り〟の儀と言わなかったか!?」

「なんですか? 〝契り〟の儀とは?」

「魔力を通じた契約結婚みたいなものじゃ」

「け、けっこん!?」


 サザメの補足を聞き、目を丸くするクレア。魔女になった事よりも、クレアの前にそんな契約結婚をする相手が現れた事による驚き。祝福してあげたい気持ちが溢れるクレアだったが、乱れる映像から少しでも情報を読み取ろうと、アンリエッタからのメッセージを聞き逃すまいと再び意識を集中する。しかしその後は雑音と乱れが酷く、中々情報を読み取れない。


「……キュウ……」

七色鳥レインボーバードさん、頑張って下さい!」


 クレアからの〝浄化〟の光を受け、苦しそうに目を閉じかけていたキュウちゃんが再び顔を上げる。


『お姉さま……王国は危険……、先の戦争でお母様レイシアは………魔女シャル……殺していませ…、魔女……ルルを殺したのは…………………』


 雷によるダメージが大きく、これ以降はアンリエッタの顔も認識出来ない程の乱れが続き、情報を読み取る事は不可能だった。アンリエッタがこうして、危険を冒してまでクレアへ何かを伝えようとした事、そして何よりアンリエッタが無事だという事が知れただけでもクレアにとっては充分だった。〝投影〟魔法を終え、皆神妙な面持ちで各々考えを巡らせていた。


「王国は何かを隠しておる。わっちは忍と呼ばれるサザナミ国密偵部隊の頭じゃ。それが何か調査をしておった事もあったが、王国の闇は暴けず仕舞じゃった」

「ワタクシメのシルフィリア国も現在、若い女エルフが拉致される事件が多発しており、独自に調査をしております。グリモワールは無関係だと白を切っていますが……。時折、風精霊シルフィーユ様の怒りを感じるのです。王国で何かが起きているのは真実なのでしょう」


 サザメ、レヴィの発言にエルフの側近達も同様に頷く。そして、この場で腕を組んだまま何やら考えていたもう一人の人物が、ゆっくりと顔を上げた。そう、王国の魔導師団に所属するフォースだ。


「クレア様。王立図書館で司書をしている弟から先日、紹介したい人物が居ると聞きました。その人は凄い人でいつもお世話になっており、誰にでもお優しい慈愛に満ちた素敵な方だと。もしかして……」

「まぁ、ランスったら。それはわたくしの事ですね」

「成程……ぼくはまだまだ魔導師団では若手で。ラーディ様が普段何をしているかは知りませんよ? ただ……」

「話が早くて助かります……ただ?」


 皆が彼に注目する中、躊躇う様子を見せていたフォースだったが、何かを決意したのか顔を上げ、クレアへこう告げた。


「……魔導コロニーの地下、厚い結界に覆われたその場所に王国の闇を暴く何かがあるかもしれません」




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