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第61話 帰還と凶報


◆<アンリエッタside ~一人称視点~>


 温かい……温もりに包まれて目を開ける。まだ眠たいな……重い瞼を擦りながら、白い光に包まれる中、視界へ飛び込んで来たのは優しく微笑む笑顔。


「お母……さま?」

「あら? 目が覚めたの? アンリエッタ」


 え? お母さまがどうして……よく見ると、わたしの隣にはお姉さまが眠っている。椅子に座っていたお母さまがゆっくり近づいて、わたしの頭をそっと撫でてくれる。そっか。懐かしいな、こうやって髪を梳いてくれると安心するんだ。……あれ? お母さまはこうやっていつも一緒に居るのに、どうして懐かしいんだろう?


「また眠れるように、いつもの子守歌を歌いましょう」

「……うん」


♪ひとつ ひとり きぼうのうた うたい 

 ふたつ ふたり いのりましょう 

 みっつ みずはたゆとい あかいつきは めぐる

 よっつ よるのしじまに よっつのせいれい

 いつつ いつかにこめた ちからをあつめ 

 むっつ ゆめのなかへと いざないましょう 

 ななつ なないろのはね てんにのぼり

 あなたの ゆめは あすをつむぐ 


 おやすみなさい まよえるこらよ 

 おやすみなさい みらいのわらべ♪  


 嗚呼、いつも子供の頃、お母さまが歌ってくれていた子守歌だ。辛い事も嫌な事も全部忘れ、母の安らかな声を聞きながら、お姉さまと並んで眠る。この頃のわたしは安息の日々がずっと続くと思っていた。この頃のわたしって何のこと……今は眠たいし、瞼も重い。お母さまの温もりに包まれて、今はもう少し寝ておきたいな……。


「……リエッタ。アンリエッタ!」

「お母さま……だいすき……んあ!?」

「……よく眠っていたな」


 え? わたし寝てた? あ、これまでの闘いによる疲れが一気に出たのか、下半身を包むサスケのモフモフとレイの分厚い背中に挟まれて、わたし……安心して寝ていたみたい……って、口元から涎が? 嗚呼、レイの背中に涎……ついてたんじゃ!?


「ごめん、レイ! わたし、寝ていたみたいで」

「母の夢を見ていたようだな」

「ん……思い出せないけど、なんか安心する夢だったみたい」

「そうか、そろそろ魔国の国境を通過する。もうすぐ着くから捕まって……これは!?」

「どうしたのレイ……あ……!?」


 魔国の国境を通過した瞬間だった。突如、周囲を覆う空気が重たくなったのだ。背中に背負っていた大魔女メーテルの杖が何かに反応している!? この……気を抜くと口から内臓が全部飛び出してしまいそうな程の嫌悪感と不快感は恐らく……今までに感じた比じゃない規模の妖氣エナジーだ。


「あの方角は……魔の森……まさか!?」

「レイス様!」

「……嗚呼」


 恐らくジズの密偵部隊の人だろう。わたし達へ向けて反対方向からやって来た人物を視界に捉え、高速移動していたわたし達は一度足を止める。


「ほ、報告します……魔竜カオスドラゴンが……何者かの手により復活しました」

「なんだと……!? どうなっている!?」


「魔の森を監視していた魔導師の村はほぼ壊滅。魔国から派遣した先遣部隊も重傷を負って帰還。今、軍医と共に治療へ当たっていますが……」


 そんな!? 魔竜の復活なんて聞いてない。それに重傷の人が多数居るって。……いや、今のわたしなら回復出来るかもしれない。膨大な魔力を得たわたしなら……!


「レイ、急がなきゃ!」

「嗚呼。魔竜の様子は?」

「今は復活直後でまだ半分眠っており、魔の森にある洞窟にて潜伏している模様です。先遣部隊が入口にて結界を張っておりますが、時間の問題かと」

「まずはカオスローディア城へ戻ろう。報告感謝する」

「は」


「ジズは先に魔竜の潜伏する洞窟入口の様子を見て来てくれ。深追いはするな」

「御意」


 ジズと別れ、全速力でサスケを飛ばし、カオスローディア城へと向かうわたしとレイ。鉛色に包まれた曇天。禍々しく重苦しい空気が魔国全体を覆っているようだった。どうしてこんな事に……。王国への潜入も無事に終わって安堵していた矢先の出来事。嗚呼……どうやら女神さまはまだわたしを休ませてはくれないみたい。


 サスケが城門へ到着すると、数名の兵士と執事のノーブルさんが出迎えてくれた。


「状況は」

「魔導師の村は死者・不明者、約百名前後、地下へ隠れていた子供達十名のみ無事です。先遣隊三十名のうち、重傷十名、負傷二十名。負傷者は問題ありませんが、重傷者は……」


 言葉を詰まらせるノーブルさん。レイが何か言おうとしていたけれど、その前にわたしがレイの前に立つ。杖を両手に握り締めて。


「わたしが治します」

「おお! そ、それは紛れもなくシャルル様の! 無事に取り返せたのですな」


 涙を浮かべたノーブルさんが袖で双眸を拭う。そしてノーブルさんは、杖を持ったわたしの両手に自身の手を重ね、わたしへ懇願する。


「アンリエッタ様……どうか! 重傷の者達を……アーレスとお嬢様を助けて下され!」

「え? まさか……!?」


 そんな、嘘よ! 嘘だと言ってよノーブルさん! ノーブルさんと城内を駆ける。心臓が早鐘のように鳴り、額から飛散する汗は城内の回廊を滲ませる。


 治療室の横に用意された静謐室せいひつしつ。わたしがかつて、ミルフィーと決闘をした直後、休んでいた場所だ。元々妖氣エナジーや闇の魔力の影響を受けない神聖な場所。静謐室の中で一番大きな部屋。純白の床には大きな魔法陣が描かれ、寝かせられた人達の前で医療部隊の者が何やら魔法を詠唱していた。何かの治療魔法の一種だろう。


 そして、寝かせられた重傷者の一番奥。苦悶の表情で眠る男性と、酷くうなされている女性。白衣に着替えさせられたアーレスとミルフィーの姿があった。


「アーレスさん、ミルフィー! そんな! 今治すからね!」


 アーレスさんの白衣をそっとめくる。何……これ……? 腸を抉られたかのような爪痕。そこから紫檀色の筋が幾重にも血管のように浮き出ており、鼓動の音に併せて浮き出ては沈み、浮き出ては沈みを繰り返している。ミ、ミルフィーは!?


「ミルフィー! わたしよ、分かる?」

「……んん…………アン………ッタ」


 わたしの声掛けに僅かに反応するも、ミルフィーの双眸は苦悶の表情で閉じたまま。


「ごめんミルフィー……身体、ちょっと診るね!」


 白衣を捲り、身体の傷を確かめる。苦しめている原因は何処!? 身体は僅かに火傷のような傷。氷で護ったのか、きっとこれではない。腕、首筋と確認し、脚を見た瞬間、背筋に悪寒が奔る。アーレスと同じ傷が右太腿についており、右脚だけ紫檀色に染まりかけていた。


「現在外傷は止血しており、魔竜の爪と混沌の吐息カオスブレスによる毒が身体全体へ広がらないよう、患部の妖氣と毒を魔法で遮断しているのです。魔女様どうか! お二人を治してください!」

「毒……そうか」


 魔竜の毒。それで止血しただけではアーレスもミルフィーも目を覚まさないのか。魔法陣によって症状を止めているだけ。これでは毒の侵攻も時間の問題だ。


 わたしは自然に左腕のブレスレットへ力を籠める。お姉さま……お願い、力を貸して。


「アーレス、ミルフィー。そして、皆。ここに居る者はわたしが治します」


 わたしの力で治せるか分からない。でも、わたしが此処に居る限り……アーレスも、ミルフィーも、みんな絶対に死なせない! 



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