◆<アンリエッタside ~一人称視点~>
温かい……温もりに包まれて目を開ける。まだ眠たいな……重い瞼を擦りながら、白い光に包まれる中、視界へ飛び込んで来たのは優しく微笑む笑顔。
「お母……さま?」
「あら? 目が覚めたの? アンリエッタ」
え? お母さまがどうして……よく見ると、わたしの隣にはお姉さまが眠っている。椅子に座っていたお母さまがゆっくり近づいて、わたしの頭をそっと撫でてくれる。そっか。懐かしいな、こうやって髪を梳いてくれると安心するんだ。……あれ? お母さまはこうやっていつも一緒に居るのに、どうして懐かしいんだろう?
「また眠れるように、いつもの子守歌を歌いましょう」
「……うん」
♪ひとつ ひとり きぼうのうた うたい
ふたつ ふたり いのりましょう
みっつ みずはたゆとい あかいつきは めぐる
よっつ よるのしじまに よっつのせいれい
いつつ いつかにこめた ちからをあつめ
むっつ ゆめのなかへと いざないましょう
ななつ なないろのはね てんにのぼり
あなたの ゆめは あすをつむぐ
おやすみなさい まよえるこらよ
おやすみなさい みらいのわらべ♪
嗚呼、いつも子供の頃、お母さまが歌ってくれていた子守歌だ。辛い事も嫌な事も全部忘れ、母の安らかな声を聞きながら、お姉さまと並んで眠る。この頃のわたしは安息の日々がずっと続くと思っていた。この頃のわたしって何のこと……今は眠たいし、瞼も重い。お母さまの温もりに包まれて、今はもう少し寝ておきたいな……。
「……リエッタ。アンリエッタ!」
「お母さま……だいすき……んあ!?」
「……よく眠っていたな」
え? わたし寝てた? あ、これまでの闘いによる疲れが一気に出たのか、下半身を包むサスケのモフモフとレイの分厚い背中に挟まれて、わたし……安心して寝ていたみたい……って、口元から涎が? 嗚呼、レイの背中に涎……ついてたんじゃ!?
「ごめん、レイ! わたし、寝ていたみたいで」
「母の夢を見ていたようだな」
「ん……思い出せないけど、なんか安心する夢だったみたい」
「そうか、そろそろ魔国の国境を通過する。もうすぐ着くから捕まって……これは!?」
「どうしたのレイ……あ……!?」
魔国の国境を通過した瞬間だった。突如、周囲を覆う空気が重たくなったのだ。背中に背負っていた
「あの方角は……魔の森……まさか!?」
「レイス様!」
「……嗚呼」
恐らくジズの密偵部隊の人だろう。わたし達へ向けて反対方向からやって来た人物を視界に捉え、高速移動していたわたし達は一度足を止める。
「ほ、報告します……魔竜カオスドラゴンが……何者かの手により復活しました」
「なんだと……!? どうなっている!?」
「魔の森を監視していた魔導師の村はほぼ壊滅。魔国から派遣した先遣部隊も重傷を負って帰還。今、軍医と共に治療へ当たっていますが……」
そんな!? 魔竜の復活なんて聞いてない。それに重傷の人が多数居るって。……いや、今のわたしなら回復出来るかもしれない。膨大な魔力を得たわたしなら……!
「レイ、急がなきゃ!」
「嗚呼。魔竜の様子は?」
「今は復活直後でまだ半分眠っており、魔の森にある洞窟にて潜伏している模様です。先遣部隊が入口にて結界を張っておりますが、時間の問題かと」
「まずはカオスローディア城へ戻ろう。報告感謝する」
「は」
「ジズは先に魔竜の潜伏する洞窟入口の様子を見て来てくれ。深追いはするな」
「御意」
ジズと別れ、全速力でサスケを飛ばし、カオスローディア城へと向かうわたしとレイ。鉛色に包まれた曇天。禍々しく重苦しい空気が魔国全体を覆っているようだった。どうしてこんな事に……。王国への潜入も無事に終わって安堵していた矢先の出来事。嗚呼……どうやら女神さまはまだわたしを休ませてはくれないみたい。
サスケが城門へ到着すると、数名の兵士と執事のノーブルさんが出迎えてくれた。
「状況は」
「魔導師の村は死者・不明者、約百名前後、地下へ隠れていた子供達十名のみ無事です。先遣隊三十名のうち、重傷十名、負傷二十名。負傷者は問題ありませんが、重傷者は……」
言葉を詰まらせるノーブルさん。レイが何か言おうとしていたけれど、その前にわたしがレイの前に立つ。杖を両手に握り締めて。
「わたしが治します」
「おお! そ、それは紛れもなくシャルル様の! 無事に取り返せたのですな」
涙を浮かべたノーブルさんが袖で双眸を拭う。そしてノーブルさんは、杖を持ったわたしの両手に自身の手を重ね、わたしへ懇願する。
「アンリエッタ様……どうか! 重傷の者達を……アーレスとお嬢様を助けて下され!」
「え? まさか……!?」
そんな、嘘よ! 嘘だと言ってよノーブルさん! ノーブルさんと城内を駆ける。心臓が早鐘のように鳴り、額から飛散する汗は城内の回廊を滲ませる。
治療室の横に用意された
そして、寝かせられた重傷者の一番奥。苦悶の表情で眠る男性と、酷く
「アーレスさん、ミルフィー! そんな! 今治すからね!」
アーレスさんの白衣をそっと
「ミルフィー! わたしよ、分かる?」
「……んん…………アン………ッタ」
わたしの声掛けに僅かに反応するも、ミルフィーの双眸は苦悶の表情で閉じたまま。
「ごめんミルフィー……身体、ちょっと診るね!」
白衣を捲り、身体の傷を確かめる。苦しめている原因は何処!? 身体は僅かに火傷のような傷。氷で護ったのか、きっとこれではない。腕、首筋と確認し、脚を見た瞬間、背筋に悪寒が奔る。アーレスと同じ傷が右太腿についており、右脚だけ紫檀色に染まりかけていた。
「現在外傷は止血しており、魔竜の爪と
「毒……そうか」
魔竜の毒。それで止血しただけではアーレスもミルフィーも目を覚まさないのか。魔法陣によって症状を止めているだけ。これでは毒の侵攻も時間の問題だ。
わたしは自然に左腕のブレスレットへ力を籠める。お姉さま……お願い、力を貸して。
「アーレス、ミルフィー。そして、皆。ここに居る者はわたしが治します」
わたしの力で治せるか分からない。でも、わたしが此処に居る限り……アーレスも、ミルフィーも、みんな絶対に死なせない!