魔竜カオスドラゴン――存在そのものが厄災とされる闇のドラゴン。周囲へ巻き散らす
魔竜をどうするかは後だ。まずは皆を助けないと。
医療部隊の人から簡潔に話をしてもらい、状況を分析する。爪による傷はどうやらアーレスとミルフィーの二人だけ。他の重傷者は魔竜の
わたしは両膝をついてその場で祈る。
「この者達へ女神ミネルバさまの祝福を」
光の粒子がわたしの手から舞い上がり、静謐室全体へと広がっていく。横たわる者達全員へ粒子が行き渡り、傷ついた身体を包んでいく。元々妖氣の影響を受けない静謐室だが、既に体内へ侵食した
「あの! ありったけの池の水を汲んで来て下さい。わたしが以前精製した聖水も
「承知致しました」
「水は俺も汲んで来よう」
待機していた者数名が部屋を後にする。それまで黙って様子を見ていたレイも手を挙げてくれた。静謐室を出る直前、レイはわたしへ振り返り、ひと言。
「妹とアーレスを頼んだ」
「ええ、勿論」
レイの背中を見送ったわたしは、医療部隊の方々へ指示をする。特にアーレスは侵攻を止める魔法に加え、爪痕へ聖水を染み込ませた布を当ててもらうよう伝える。
そしてわたしは、ミルフィーの身体へと向き直る。魔竜の爪痕へ手を当て、魔力の鼓動を聞く。〝浄化〟の光がじんわりと右太腿全体を覆う。「ぅう……っ」とミルフィーが呻き声をあげる。
「ごめんっ、痛くしないから。もう少し我慢して」
まずは右脚全体へ広がる
早く繊細かつ、より正確に ――
医療部隊の方々が魔法陣で侵攻を止めてくれていたのでよかった。ミルフィーの体内に留まる妖氣が〝浄化〟され、ようやくわたしの治療が毒の成分へと行き当たる。
「痛っ!?」
嘘っ、〝浄化〟の光が弾かれたっ!?
わたしへ何かが襲い掛かるような感覚を覚え、ミルフィーの身体から手が引き剥がされてしまった。カオスドラゴンの毒……正体は何なの? 皮膚の融解は起きていない。壊死へ近づいていたのは恐らく膨大な妖氣のせい。ミルフィーの身体へ触れる。神経も正常……体内を循環する毒を取り除くには……。わたしは胸元に煌めくペリドットのネックレスを左手で握り、右手をミルフィーの胸へそっと当て双眸を閉じ、祈る。
「かはっ!」
「ミルフィー!」
ミルフィーが吐血する。急いで彼女を横向きに寝かせる。吐血した血液へ手を近づける。違う。血を媒体として循環している訳ではない。白衣をずらし、胸元へ直接耳を当て、彼女の魔力を自らの肌で感じる。そうか……やはりだ。
魔竜の毒は、彼女の
「うぅ……アン……ッタ。もういいわ……今まで……ありがとう」
「っ!? 何を言っているの、ミルフィー! あなたに話したい事がいっぱいあるの! あなたは絶対に死なせない! グリモワールでも何度もあなたに助けられたの! フルーツタルトも食べに行くんでしょう! 待って。すぐになんとかするからっ」
毒が強すぎて〝浄化〟が通じないんだ。ならば〝浄化〟の光でこれ以上の侵食を強制的に抑えつつ、強硬手段に出るしかない。左腕のブレスレット。ミルフィーの魔力が入ったペリドットへ力を籠める。左眼に冷たさを感じ、わたしの双眸が朱と蒼へと変化する。
そのまま左腕をミルフィーの胸元へ当て、力を籠める。冷たくも奥底に優しさを持ったミルフィーの魔力。彼女を知っているからこそ、彼女の魔力の流れは分かる。そこに侵食する悍ましい何か。これは……激しい憎悪だ。魔竜の憎悪、怨嗟。何にそんなに怒っているのか、毒に籠められた呪詛。これだ……こいつを強制的に引き剥がす!
自身の中にある彼女の魔力とミルフィーの
「アンリエッタ様! 今ミルフィー様の魔力が無くなったら……彼女の体力が持ちません」
「分かってる、ちょっと黙ってて!」
「申し訳ございません」
心配し、狼狽している医療部隊の者を一喝し、わたしはミルフィーの魔力へと集中する。ミルフィーの身体の魔力が減っていく。このまま彼女の魔力がゼロになれば、恐らく魔力を媒介にして体内の臓器を冒していた毒により、彼女の心臓が止まる。でも、わたしがそうはさせない!
「もう少し、もう少しで終わるからね」
「……………タ」
やり方は知っている。だって、何度も直接触れて来たから。自身に眠る闇の魔力を媒介とし、ミルフィーの魔力とわたしの魔力を身体で混ぜるイメージ。そして、その魔力を一点に集中させ、彼女の美しく艶やかな髪へわたしの両手を添える。そして……。
「ミルフィー、大好き。あなたはわたしが死なせない」
ミルフィーの柔らかく潤った口元へわたしの口元を重ねる。ミルフィーを肌で感じ、そのまま折り重なるように創り出した魔力を彼女へ注ぎ込む。彼女の心臓が跳ね、全身が一瞬ビクリと痙攣する。左手を再び胸元へ当て、ペリドットで毒を吸い出し、
一瞬、ミルフィーが双眸を見開いた……ように見えたけど、そのまま彼女は双眸を閉じた。どうやらそのまま眠ってしまったよう……。全身を覆っていた熱は冷え、彼女は落ち着きを取り戻す。そっと彼女の口元から顔を離し、起き上がったわたしは、そっと息を吐く。
「もう……だいじょうぶ」
安堵の溜息が周囲から漏れる。そのタイミングで誰かに肩をそっと叩かれる。
「妹を助けてくれて、感謝する」
「レイ」