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第65話 弟子ルーズ、誕生

「アンリエッタ様、私はあなた様に言われるまま、村へ還りました。ですが、村は魔竜の炎によって燃えた後でした……」


 わたしとの再会を喜んでいたルーズの表情が曇る。この時、魔竜と魔国の先遣隊は村を離れており、魔竜はアーレス達先遣隊と交戦した後、洞窟へと身を隠したんだそう。その後、魔国の密偵部隊が隠れている村の子供達を見つけ、燃え上がる炎の中、茫然と立ち尽くしているルーズへ声を掛ける。魔国の名前を聞いた瞬間、わたしが彼女に残していた暗示が発動したんだろう。王国へ連れていって欲しいとルーズは懇願する。


「皇帝陛下と謁見した私は、そこでアンリエッタ様の名前を皇帝から聞きました。私はアンリエッタ様にお逢いしたかった。魔竜は……村のみんなを……私のおじいちゃんを……」

「ルーズ……大変だったわね」


 ルーズの身体をそっと抱き締めるわたし。彼女は……震えていた。きっと今まで我慢していたんだろう。私の事を思い出した事で記憶の箍が外れた事も影響しているのかもしれない。暫く彼女の背中をさすっていると、段々と落ち着きを取り戻す彼女。身体の震えが止まったところでルーズはわたしの顔を見つめる。


「あの、アンリエッタ様……魔女の御姿も素敵ですが、艶やかなミルク色の肌とまるで星空のように煌めく銀髪の御姿も、お綺麗ですわ♡」

「ねぇ、ルーズ。えっと、魅了は解けている筈なんだけど」

「え? 何の話ですか? 私はもう、アンリエッタ様もモノですよ」


 もじもじソワソワしているお下げの女の子。あの時わたしの双眸ひとみを見過ぎた影響だろうか? さて、どうしたものか。


「あの、魔竜討伐。私も行かせて下さい。そして……その前に、お約束していたご褒美を……♡」

「あ……!」


 そうか。そうだった。暗示を掛けていたせいで、魅了が解けていないのか。あちゃ~、あの時のわたし、魔力変貌中でノリノリだったのよね……。どうしよう。まさに冷静と情熱のあいだ。困った。今のわたしはあの時の勢いを備えていない。


「そそそ、そうね。ご褒美は、魔竜討伐をしてからにしましょう。あなたが強くなる訓練もしなくちゃね」

「あ、ありがとうございます」


 ペコリとお辞儀したところでそれまで後ろに控えていたレイがこちらへやって来た。


「強くなる話だが、一時的にだが、これを持ってはどうだろう?」

「え? っと、あなた様は?」

「レイスだ。レイス・グロウ・カオスロードだ」


 レイが名乗ったところで驚いたのか、ルーズは慌てて一礼する。


「王太子様とは知らず、失礼致しました。ルーズ・シルフィリア・ワーズノーズと申します」

「嗚呼、アンリエッタから話は聞いている。伝説の賢人ワーズノーズの曾孫らしいな」

「はい。私も逢った事はないですが、おばあちゃんからはそう聞いています」

「今、もう一人の魔女である我が妹が負傷し、戦線離脱している。君も杖が必要だろう。これを使え」

「これは……」


 そうか。レイがルーズへ渡したのはミルフィーの杖。杖先に嵌め込まれた宝石は蒼宝石アクアマリン。氷の魔力が備わった杖はルーズにもぴったりだ。


「妹ミルフィーが使っている世界樹ユグドラシルの杖だ。君の杖はソルファによって折られてしまったからな。代わりの杖は、ノーブルに手配して貰おう。その間の一時しのぎと思ってくれ」

「一時しのぎだなんて。魔女ミルフィー様の杖をお貸し頂けるなんて至極光栄な事です。ありがとうございます」


 辺境の村にとってミルフィーの名はわたしが来る前から魔女として知れ渡っている存在。そんなミルフィーの杖、しかも生物の生命を司ると言われる世界樹ユグドラシルの枝を使った杖だ。それだけでルーズの戦力も増強出来ると言えるだろう。


「そうだ。ルーズ。魔竜と対峙するにはまだ物足りないわ。私から〝加護〟の力をあげる」

「そ、それは使い魔として、私を奴隷にしてくれるという事ですか?」

「いや……そうじゃなくて」


 わたしはお姉さまのペリドットを左手で握り、双眸ひとみを閉じる。淡翠ペリドット色の光がわたしの左手を包んだところで、わたしは左腕へ魔力を籠める。紅宝石ルビー色と淡翠ペリドット色の光が交差する中、光を帯びた左手の指先を口元へ、そして、そのままわたしの口唇を彼女の額へ……。


「……っ!?」


 ルーズの額が光に包まれ、そのまま光は彼女の中へと入っていく。一瞬何が起こったのか分からず茫然と立ち尽くしていた彼女。やがて、恍惚な笑みを浮かべた後、潤んだ瞳でわたしの両手を握り締めて来た。


「嗚呼~~嗚呼~~アンリエッタ様の魔力がわたしの中にぃいい~~♡」


 そう、わたしが行ったのは、魔力の〝譲渡〟。そこへお姉さまの〝加護〟を加えた改良版だ。これできっと、ルーズもお姉さまの力で、ある程度魔竜の妖気エナジーから身を護る事が出来る。加えてわたしの魔力とミルフィーの杖。元々潜在能力は秘めていたルーズだ。応急処置であるが、魔竜討伐の戦力としてある程度は期待出来るだろう。


 にしても、魅了の効果……そろそろ切れても可笑しくないんだけど、どうしてこの子は瞳の奥にハートマークを浮かべているのでしょうか?


「最高のご褒美をありがとうございます! もう、私はあなた様の奴隷です♡」

「うーん……じゃあせめて魔女の弟子って事にして」


 こうして魔竜討伐を前に、魔女アンリエッタの弟子、ルーズが誕生したのでした。




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