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第66話 王国の異変

◆<聖女クレアside ~三人称視点~>


 闘技大会終了後、その場を離脱したクレア達一行は、聖女クレアの妹・アンリエッタからのメッセージを聞いた後、七色鳥レインボーバードのキュウちゃんが早く回復出来るよう、森の中にあった湖の水を〝浄化〟し、キュウちゃんの安息地とする。


 静寂の中、水鳥が鳴き、水面が揺れている。これから戦争が起こるかもしれない。そんな事など忘れてしまいそうな清浄な空気に包まれた湖畔。キュウちゃんが水を飲み、喉を鳴らす中、クレア達はこれからどうするかを話し合っていた。


 エルフの国、シルフィリア国のレビィは一旦幹部の者と帰国する方向に。現エルフの女王の側近である彼女の発言は影響力も信頼度も高く、聖女クレアが今戦争という最悪な事態を防ぐべく動いていると現状報告する事で、助力を得る方向で動く。


「クレア様、これをお使い下さい。サザメにも渡しておく」


「これは?」

「ほぅ、エメラルドじゃな。しかも風の魔力を感じるのぅ」


 それは、翠宝石エメラルドが嵌め込まれた腕輪だった。エルフの魔力が籠った腕輪。何かあった時にこの腕輪に自身の魔力を籠める事で、同じ腕輪をつけたレビィに報せが行く仕様らしい。


「あの……ぼくは?」

「すまない。君は魔導師団所属だ。万一君が捕えられた場合、我が国が君と繋がっている証拠が出ては不味いからな」

「成程……分かりました。ぼくはぼくなりに証拠を掴んでみます」


 一瞬シュンとなったフォースだったが、直ぐに顔をあげた。フォースは魔導師団と別行動で動ける王立図書館所属の弟、ランスへ協力を仰ぐ予定となる。


「クレア殿。わっちは陰で動く。わっちの国にはな、水の精霊マーキュリー様が祀られておる祠があるのじゃ。巫女様へ言って御力を貸して貰えぬか話してみよう」

「四大精霊の御力……それは助かります。ありがとうございます」


 世界に散らばる四大精霊の加護の力が集まった時、その力は創世の女神ミネルバ様の力へ匹敵すると言われているのだ。有事に備え、協力を仰げるのであれば、それに越した事はないのだ。


「成程その手がありましたか。ではシルフィリア国は、風の精霊シルフィーユ様の恩寵を賜りたいと思いますわ」

「後は土精霊アースと火精霊マーズか。マーズは魔国がなんとかするとして、土精霊はドワーフか。奴らは頑固じゃからのぅ」

「……不本意ですが、シルフィリア国から働きかけましょう」


 どうやらドワーフとシルフはあまり仲が宜しくはないようだ。こうしてそれぞれの役割が決まり、段取りが整っていく。あまりの急展開に驚くクレアだったが、同時に自身を信用してくれた事に安堵もしていた。


「皆さま、わたくしを信じていただき、本当にありがとうございます」

「とんでもございません。シルフィリア国にも聖女様のご活躍の声は届いております故」

「いえ、ぼくはもとより聖女様の味方ですから」


 レビィが頷き、フォースがお辞儀する。そして、サザメがクレアへこう進言する。


「それと、お主は一旦王国へ戻れ。きっと奴等は〝浄化〟出来る者を捨てはせぬ。あの場での出来事は、わっちに脅されてやったとでも言えばよい」

「え?」


 出来れば誰にも迷惑を掛けず、国を救いたい。これが聖女クレアの本音であった。こうして仲間が増えた事はありがたいと思いつつも、各国との関係へ影響が出てしまっては国際問題に発展してしまう。それだけは避けたいクレアだった。


「ですが、それではサザメさんの国に被害が出るのでは?」

「案ずるな。魔国の王子が言っていただろう? あのクレイ……否、レイスじゃったか。あの男、戦争を起こす気だったのではという発言をしていた。その件を聖女であるお主へ問い詰めたと言えば、その場も乗り切れるじゃろう」

「そうかもしれませんが……」

「ふふふ。わっちの国を侮るなかれ。わっち率いる東国最強の密偵部隊〝宵闇ヨイヤミ〟に死角はない。折角の機会じゃ、密偵の一人を魔国へ寄越しておく。妹やらと繋がるのであれば、話は早かろう。マーズの件もあるしな」

「何から何まで……サザメさん、ありがとうございます!」


 これでクレアとアンリエッタが繋がる可能性が見えて来た。クレアの表情も明るくなる。


「わたくしもこの子が回復次第、妹へ〝投影〟魔法による手紙を届けようと思います」

「それがよい。どうやら魔国も独自で動いているようじゃからの。王国が動く頃には奴らは既に外から雁字搦めじゃ。フォッフォフォ」


 満足そうに高らかに笑うサザメ。そこへ桃色の忍装束を身に着けた〝宵闇〟忍部隊の者が数名、サザメの背後へ姿を現した。


「報告します」

「うぬ。よい」

「グリモワール王都、西部より魔力による深刻な大気汚染の箇所を確認しました。どうしますか?」

「クレア。王子とやらが誘っておるようじゃ。どうする?」


 まるでそうなる事を予想していたかのように黙って首を上下させるクレア。聖女が居なければ、グリモワールの汚泥を〝浄化〟する事は出来ない。民の事を第一に考える聖女が、汚染を見過ごす訳がない、と。きっと王国はそう踏んでいるのだ。


「行きましょう。サザメさん、結果的にあなたの名を売るような行為をしてしまう形となり、申し訳ございません」

「わっちは其方の味方よ、クレア殿。さぁ、皆の者、時間じゃ。いざ、参ろう」

「承知」

「分かりました」


 こうして、クレア達は各々戦争回避の未来へ向かって行動を開始する。サザメのサザナミ流影踏術えいとうじゅつ――宵影渡ヨイカゲワタリでクレアはキュウちゃんを一旦湖の畔へ残し、王都西側国境付近へと一人送られる。サザメ達〝宵闇〟が使っている古い小屋があり、そこと湖とを行き来出来るゲートを残した上で、大気の汚染箇所へと向かう。


 レビィは幹部の者と一路シルフィリア国へ。万が一王国が動いた時のため、エルフの女王へ進言し、風の精霊シルフィーユの恩寵を賜る方向で動く。


 一方フォースは王立図書館を経由後、魔導師団へ戻る方向に。ラーディに怪しまれないよう、戦争の件でサザメから尋問を受けたという事にして。


「皆、行ってしまったのぅ」

「キュウ~」


 七色鳥レインボーバードのキュウちゃんの身体をそっと撫で、独白をするサザメ。湖の畔でキュウちゃんは、クレアが〝浄化〟した水を飲み、喉を鳴らしていた。


「さて、と。面白くなって来たのぅ。では、わっちもわっちの出来る事をするとしようか」


 こうして皆を送り届けた後、サザメ・クレナイは一人、王国の陰へと潜むのであった。



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