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第67話 目覚めと報告

◆<アンリエッタside ~一人称視点~>


 眼前に並ぶタルトの上に、苺が山になっている。キラキラで大粒の苺を手に取って、向かいに座る彼女の口へ。


「ミルフィー、あ~ん♡」

「ちょっ……と! あ~んじゃないわよっ! ……もう、しょうがないわねぇ~」


 もぐもぐ苺を口に含むミルフィーが頬を苺色に染め、今度はわたしの口元へ大きな苺を持って来た。


「うちもやったんだから……ほら、やりなさいよ。あ~ん」

「あ~ん♡」


 口へ含んだ苺が甘くて美味しくて、そのまま世界が真っ白に明るくなって……。


 ――リエッタ、アンリエッタ!


「……んん。ミルフィー~美味しい~~好き~~」

「ちょっ! 一体何の夢見てるのよ! 起きなさい! 起きろ、アンリエッタ!」

「もう食べられましぇ……んあ! え? 此処はどこ? わたしは」


「はぁ~。あんたはアンリエッタよ」

「あ、ミルフィーおはよ……」


 あれ、どうやら顔をうつ伏せの状態で眠っていたみたい。上半身だけベッドから起こしたミルフィーが何故か呆れたような表情でこちらを見ている。純白に覆われたこの部屋は……確か、静謐室。そうか、傷つき、治療した人を回復させるための部屋。って……。


「ミルフィー! 目を覚ましたのね、よかったぁあああ。わ~ん」

「……気づくの遅すぎよ」


 ミルフィーの胸に飛び込むわたし。よかった、ミルフィーが目を覚ましてくれて。


 ミルフィーとアーレスの二人は治療した後から暫く目を覚まして居なかった。ルーズと再会した後、まだミルフィーが目を覚ましていない事を知ったわたしは、彼女が目を覚ますまでの間、静謐室に居る事にしたんだった。ミルフィーはわたしとナタリー、アーレスはレイとノーブルさんが交代で診る事にしたんだけど、どうやらそのまま寝ちゃっていたみたい。


「もしミルフィーが目を覚まさなかったらわたし……わたし!」

「もう、泣かない。その様子だと、あんたが回復させてくれたんでしょう? 感謝するわ、アンリエッタ」


 氷の魔力を帯びているミルフィーの手は冷たい筈なのに、頭を撫でてくれる彼女の手は温かく、わたしの心まで温もりが染み渡っていくかのようで。


 暫く彼女の温もりを味わっていたわたしだったが、そっと彼女の胸に抱かれていた顔を引き剥がされてしまった。


「こら、もう泣いてないでしょ? いつまで埋もれているつもり?」

「あ、すいません」


 そう言いつつも、彼女の表情は穏やかだった。


「アーレスや他のみんなは?」

「大丈夫。アーレスも一命を取り留めたし、みんな回復させたわ。残念ながら毒による融解で欠損を治せなかった人は居たけれど……」

「そう……ありがとう、アンリエッタ」

「でも。わたしは完璧じゃなかった」

「完璧じゃなくていいのよ。あんたはあんたのままで」

「そっか……」


 魔竜カオスドラゴンの毒、纏っている妖気エナジーは厄災級。それを喰らって生きているだけでも奇跡だと、ミルフィーは補足してくれた。


「あ、そうだ。ミルフィー、これ」


 わたしは思い出して部屋の隅に立てかけていた杖を持って来る。そう、レイとミルフィーのお母様・シャルル妃の形見である大魔女メーテルの杖だ。杖を見た瞬間、彼女は双眸ひとみを丸くし、一瞬自身の袖で拭うような仕草を見せた後、再びわたしへ微笑みかけてひと言。


「……もう、あんたってば最高ね」


 やるべき事は沢山あるけれど、任務はひとまず無事に成功したんだと彼女へ告げた。


「ミルフィーに話したい事が沢山あるの。でも、今はゆっくり休んで。回復したらまた、フルーツタルト食べに行こう」

「そうね。今は休ませてもらうわ」


 ミルフィーは再び横になろうとしたのだけど、その瞬間、静謐室の扉がノックされ、彼が入室して来る。


「ミルフィー、目を覚ましたのか!」

「お兄様!?」

「ちょ……お兄様……アンリエッタが居る……から」


 レイ・・に抱き締められたミルフィーは暫く恥ずかしそうにモジモジしていたが、やがて身を任せるように双眸ひとみを閉じた。


「ミルフィーも、そしてアーレスも、皆、無事でよかった」

「ええ。そこに居るアンリエッタのお陰ね」

「……嗚呼、そうだな」


 そのままわたしへ向き直ったレイは、そのままわたしへ一礼する。


「アンリエッタ。改めて礼を言う。ありがとう」

「いえ。わたしはわたしの出来る事をしたまでですから」


 そう。わたしはただただ必死だっただけ。みんなが助かってよかったとわたしも思う。けれど、ルーズの村の人々のように救えなかった命がある。その場に居なかったのでどうしようもないのだけれど、だからこそ、再び犠牲を出さないためにも魔竜をどうにかしないといけないんだ。


「今しがたアーレスも目を覚ました。彼から話があるそうだ。アンリエッタも来て欲しい」

「え? 分かりました」


 起きたばかりだろうに何の話だろう? わたしはミルフィーへ手を振り、レイと静謐室を出る事にした。


「またね、ミルフィー」

「ええ、アンリエッタ」

「今はゆっくり休め。ミルフィー」

「はい、お兄さま」



 音のない、純白の回廊を、レイと二人歩く。聞こえてくるのは歩を進めるレイとわたしの靴音のみ。回廊の奥、ミルフィーが休む部屋とは別の静謐室の扉をノックし、わたしはレイとその部屋へと入室する。白衣を着た執事は、上半身のみを起こし、わたしたちへ一礼する。


「アーレス。目を覚ましてくれてよかったわ」

「レイス様とアンリエッタ様のお陰です」


 静謐室に用意された椅子へレイとわたしが座ったところで、アーレスが話を始める。


「アンリエッタ様、魔竜討伐へ行かれるとレイス様から聞きまして、お呼び立てしました」


 そういう事か。アーレスとミルフィーは魔竜と対峙し、戦闘を経験している。そこで見て得た情報を、わたしとレイへ伝えたかったんだろう。


「まずは、魔竜カオスドラゴンの毒。アンリエッタ様の御力で、治癒は出来ても呪詛は残ります。魔竜を討伐、或いは呪詛の素を〝浄化〟せねば、恐らく今後、小生とミルフィーは魔力を使う事は出来ないでしょう」

「え? まさか……そんな!」


 わたしの〝浄化〟では足りないって事? 今までそんな事はなかった。王国ではお姉さまが何とかしてくれた。でも魔国へ来てからは、わたしはミスしていない筈だ。わたしは……。


「アンリエッタ! 案ずるな」

「……レイ」


 声を掛けられて我に返るわたし。


「アンリエッタのせいではない。カオスドラゴンの毒に纏わり絡みついた怨嗟と呪詛が強かっただけだ。そして、魔竜は恐らく、俺の魔剣では倒せない。そうだな、アーレス」

「はい、そうかと」

「そんな? レイの魔剣で倒せない!?」


 今までの戦闘でも他者を圧倒して来たレイ。そんなレイの魔剣でも倒せない魔物。想像も出来ない事態だった。


「アンリエッタ、魔剣で倒せないだけだ。だからこそ、今回鍵を握るのは、アンリエッタ、君だ」

「え? わたし。待って、レイでも倒せない魔竜をわたしが?」

「アンリエッタ様。ご心配には及びません。魔竜を仕留めるのはレイス様です」

「えっと……それって……どういう?」


「それを小生が説明しましょう」


 そして、アーレスは語り始める。魔竜カオスドラゴンとの闘いで何が起きていたのかを。



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