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第68話 回想~魔竜との交戦

 レイとわたしが離脱後、魔国の留守を任されたアーレス達。国政は今まで通りジークレイド皇帝が執り行い、ノーブルさんがカオスローディアの兵を街へと配備。ジズの密偵部隊を魔国周辺各地へ派遣する事で、ある程度不測の事態へ対応出来るよう準備していたらしい。


 異変が起きたのは数日前。魔国の北、エビルノース山の傍にある〝魔の森〟周辺にて、異常な魔力の揺らぎとその直後より遠くからでも観測出来る程の膨大な妖気エナジーを感知したんだそう。


「魔国の国境には、妖気エナジーが外部へと漏れ出さないよう、眼に見えない結界が張り巡らされています。直後、〝魔の森〟周辺を監視していたジズの部下である密偵達が帰還。すぐに小生率いる先遣部隊が現地へと向かったのです」


 アーレス、ミルフィー、そして、魔国の兵士と密偵三十名からなる精鋭部隊。中にはかつての戦争を生き残った者もおり、わたしとレイが居なくても問題ないだろうと思われていた。でも……。


「魔の森を超えた先にあった〝魔の森〟を監視していた魔導師の村は既に壊滅状態。村に生き残りが居ないか調べるため密偵数名を残し、妖気エナジーの動いた跡を追った。そして……」


 地上に邪の根源となる元凶が顕現していたんだそう ――



「なっ……何なのよ……あれ!?」

「よりにもよって。ミルフィー、あれが魔竜……カオスドラゴンです」

「なんですって!?」


 見上げる程の巨大な体躯は全身を覆う漆黒の鱗より禍々しい妖気エナジーを放出している。磨き上げられた四肢の爪。ぬるり、ぬるりと動く頸。黄金色の虹彩とその中央で蠢く漆黒の瞳孔がギロリとアーレス達闖入者を捉えた瞬間、魔竜の巨大な顎門が開き、けたたましい咆哮と共に眩い紅蓮が放たれた。


「皆の者、散開――」


 回避する先遣隊一行。一瞬で魔の森の一部が灰燼と化してしまう。魔竜はどうやら森の奥にある洞窟へ向かっていたようで、竜の歩いた跡がみちとなっていた。


「被害が拡大する前に、小生が洞窟前へ誘導します!」

「う、うちは炎を消して来る」


 アーレスが魔竜よりも早く先回りし、洞窟の入口前へ。その間、どんどん燃え広がっていた炎をミルフィーが消火していく。


「〝血の契約〟により、地獄より我の前へ顕現せよ! ――地獄の猛犬、ケルベロス!」


 洞窟の前へ顕現する地獄の猛犬、ケルベロス。自身と同じ、強力な妖気エナジーを持つ魔物の出現に魔竜はたける。


 魔竜が放つ灼熱の火焔吐息フレイムブレスと見る者全てを焼き尽くす地獄の業火ヘルフレア。放たれる熱量も炎の威力も互角。相殺された炎が爆散した瞬間、魔竜の爪とケルベロスの爪が奏でる金属音が舞台へと響く。そして、魔竜が一歩引いた地面に、アーレスと舞台の者が魔法陣を展開しており……。


「破邪・蒼天!」


 それは魔法陣内、妖氣エナジーを持つ者の動きを封じる魔法。魔法陣から立ち昇る光に暴れる魔竜が閉じ込められ、そこへケルベロスが地獄の業火ヘルフレアを放つ。全身が炎に包まれ、激しく咆哮する魔竜。致命傷にはならずとも、少しでも傷を負ってくれたなら……この時のアーレスはそう考えていたんだそう。


「が、そこから魔竜が放った混沌の吐息カオスブレスがまずかった。アンリエッタ様のように、闇そのものを防ぐ〝浄化〟の魔力を帯びた結界を扱える者が、そこには居なかったのです」


 動き封じの魔法陣は崩壊し、魔法を汲んでいた先遣隊の者の腕や脚が溶け落ちる。自身へ向かって突撃するケルベロスを尻尾で吹き飛ばし、巨大な爪でケルベロスの胴体を抉った魔竜は、アーレスへ向け炎を放った。


「無駄よ……! 魔防氷壁ケレスグレシャ

「ミルフィー」


 そのタイミングで氷の壁を顕現させたミルフィーが合流。魔竜が放つ閃光をしのぐ。但し、この時点でケルベロスも重傷。混沌の吐息カオスブレスを何とか出来ない以上、現時点での魔竜討伐は無理と判断。一度、魔竜を足止めした上で、洞窟内へ追い込む作戦へと変更したのだという。


「周囲への被害を最小限にと考え、その場で何とかしようとした小生が甘かったのです。ミルフィーの氷魔法も、小生の土や風の魔法も魔竜には無効。妖気エナジーの膜を超え、奴の鱗を貫ける剣戟すらなかった」

「魔竜相手にアーレスもミルフィーも、皆よくやったさ」


 レイが労うもゆっくり首を横に振るアーレス。つまり、〝浄化〟の力で妖氣エナジーと膨大な闇の魔力を抑え、レイの剣による強力な一撃で竜鱗りゅうりんを貫く必要がある。


「魔剣カオスロードは妖氣エナジーの吸収にのみ使用する。攻撃はこちらでいく」

「あ、闘技大会で使っていた銀刀!」


 そうか。当然のことながら、闇を纏う相手に闇を纏う魔剣・・は通用しない。だからこそ銀刀なのか。


「秘伝の魔国剣戯まこくけんぎ。レイス様の剣戟。そこへアンリエッタ様の〝浄化〟の御力が加われば、魔竜カオスドラゴンもなんとかなるかもしれません」



 その夜、眠れなかったわたしは一人、お城の庭園より月を見上げていた。この日は半月。半分欠けた月の陰と陽。顕現した魔竜と王国を救えるかという一抹の不安、そして、お姉さまと邂逅を果たす事が出来た希望。


 キュウちゃんの居なくなった池へ〝浄化〟の光を注ぎ込む。きらきらの粒子が半月の見守る夜空より舞い降りた星屑のように池の水面上でワルツを踊っている。キュウちゃんの容態は無事にお姉さまの傍で快方へ向かっているだろうか? 


 お姉さまとキュウちゃんと。もう一度再会するためには、眼前に迫る魔竜からの脅威に立ち向かわなければならない。


「綺麗だな」

「え? レイ」


 いつの間にか背後にレイが立っていた。振り返った彼の顔が月灯りに照らされ、より美しく、凛々しく見える。水面で踊っていた光の粒子は池の水と溶け、混ざり合い、やがて開かれていた光の舞台は再び静寂に包まれる。


「魔女のアンリと聖女のアンリ。どちらも素敵だ」

「もう、レイ。何それ」


 ゆっくりと両肩に後ろから手を乗せられる。うなじにかかるレイの吐息。自然と胸の鼓動が速くなっていく。


「アンリ。案ずるな、俺はずっと君の傍に居る」

「……ありがとう」


 耳元で囁かれるレイの言葉。自然と肩に乗っていたレイの手が滑っていき、背後からそっと抱き締められるわたし。わたしは流れに身を任せるまま顔だけを彼に向け、彼からの口づけを受け入れる。彼の温もりに包まれるわたし。きっとアーレスの話を聞いた後、不安そうにしていたわたしを心配し、此処まで来てくれたんだろう。


「アンリ。君と二人なら。どんな困難も乗り越えられる。そう思っている」

「ええ。わたしもよ、レイ」


 そうね。あなたと一緒なら、きっと大丈夫。魔竜の呪詛も怒りも恐怖も全てを跳ね除けて、わたしは彼と前へ進もう。




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