ナタリーとアーレス。アーレスよりも少し早く侍女としてお城へ連れて来られた彼女。年齢はアーレスより二つ上のお姉さんだったと今回初めて知った。
執事であり、戦闘部隊の一員としてノーブルさんに育てられて来たアーレスだったが、お城の事や台所事情など、身近で聞く存在が少なかったのだろう。歳が近いナタリーが、自然と話し相手になっている事が多かったんだそう。
「幼い頃は何もなかったのですが、意識をし始めたのはやはり、何度か戦闘で彼が傷ついて帰って来た姿を見た時でしょうか?」
「ナタリーのその気持ち、わたし、分かるかもしれない」
大切な人が傷つく姿なんてわたしも見たくない。闘技大会で彼が怪我をした時、任務中だったせいで自身が治療出来なかった時のもどかしさや悔しさは今でも忘れない。
何でもないと笑って誤魔化すアーレスを嗜め、毎回傷の手当てをしている内に、彼を心配する自身の感情に愛情が芽生えていた事にナタリーは気づいたみたいで。
「私から伝える勇気はありませんでした。彼は魔国のため、いつも一生懸命で。でも、あの日。魔竜が復活した日です。私は彼に急に呼び出されて。これを渡されたんです」
「あ……」
それは指輪だった。指輪の内側に、ナタリーの誕生石である小さな
「彼。ずっと自室の机にこれ、隠していたみたいで……。緊急任務が入って、万が一、渡せなくなったらいけないからって。一方的にプロポーズ。もう、莫迦ですよね。レイ様には鋭いのに自分の事には鈍感だし……。でも、大怪我をしたけど還って来てくれて。アンリエッタ様のお陰で彼、助かって……本当によかったです」
「もう、ナタリー。何度目の涙よ?」
「ごめんさない。でももう……刺繍……隠さなくていいですね」
「そうね」
愛する人が戦いの場へと赴く。その者を家路で待つ想い人。誰かのために戦い、還って来る場所がある者。人々が守っている大切な想いがあるからこそ、人は強くなれるのかもしれない。そんな人々の大切な想いを決して踏み
――これだけは言える。あの王国の王子は間違っている。
わたしは救いたい生命があるからこそ、前へ進まなければならない。お姉さまとわたし、レイとわたし。そして、魔国で知り合った大切なみんな、王国の何も知らない民のため。
◆
「アンリエッタ様ぁ~♡ お待ちしておりました。参りましょう。いざ、魔竜討伐へ!」
「ちょっとルーズ! 声が大きい。魔竜討伐は一部の人間しか知らないんだから!」
「ご、ごめんさない」
玄関先でわたしを待ち構えていた本人曰くわたしの弟子一号のルーズ。もういきなり機密事項な任務内容を公明正大にして叫ぶものだから、慌てて彼女を耳元で窘めるわたし。流石に気づいたのか、ルーズの跳ねていた臙脂色のお下げは、刹那圧し掛かった重力によってしゅんとなった。
「気合入っているのはいいのよ。さ、行きましょうか」
「はい! 頑張ります!」
わたしとルーズのやり取りを後ろから眺めている人物。銀刀と魔剣。二つの剣を携えたレイだ。
「さぁ、行こうか」
「ええ。レイ」
お城の扉を開けると、左右にカオスローディアの兵士達が並び、わたし達を送り出すために待機してくれていた。城門の前にはノーブルさんが魔導車を準備してくれているみたいだったのだけど……。
「ノーブル。なるべく急ぎたい。今回はサスケで行く」
「ですが、ルーズ嬢はどうされます?」
「三人くらい、詰めればなんとかなるだろう」
「承知致しました。留守は某にお任せ下さい。どうか、くれぐれも無茶はなさらぬよう」
「嗚呼、分かっている」
ノーブルとレイの会話を聞きつつ、ルーズも聞きたい事があるようだったけど、『この後説明するね』と伝えておいた。こうして、わたしたちがお城を出発しようとしたところで、城門へやって来る影があった。
「待ちなさい!」
「あ、ミルフィー! ちょっと!」
リハビリ用の杖で身体を支えつつこちらへ向かって来ていたものだから、慌てて彼女の身体を支える。そして、もう一人はアーレス。こちらはナタリーの肩を借りつつやって来ていた。
「へぇ~、アンリエッタ。そこの弟子。少しはやりそうじゃない。あんた、うちの杖。大事に使いなさいよ!」
「ミ、ミ、ミ、ミルフィー様! 勿論でございます。必ず役目を果たしてくるであります!」
胸のところへ杖の先端を当て、騎士の誓いのポーズを真似るルーズにミルフィーも満足そう。
「アンリエッタ、絶対帰って来るのよ」
「勿論。フルーツタルトの約束、忘れてないからねっ」
「ええ。楽しみにしているわ」
「ええええええ。私もフルーツタルト! 食べたいです!」
「じゃあルーズも一緒に行く?」
「いいいい、いいのですか?」
ルーズとわたし、ミルフィーでそんなやり取りをしている間、レイ、アーレス。ノーブルさんとナタリーも出発の挨拶を交わしていた。
「レイス様。宜しくお願い致します。どうか生きて、戻って来てください」
「嗚呼、アーレス。お前達を残して俺が死ぬ事はない。お前達は何も心配しなくていい」
城門前を取り囲むように、気づけば兵士達も集まって来ていた。此処に居る者達は皆、任務を知っている者達ばかり。彼等を一瞥した後、外套を翻した魔国の王子は、そのまま無言の背中で語る。そして、ミルフィーと会話していたわたし達へ呼び掛けた。
「アンリエッタ、ルーズ、行くぞ」
「はい、レイ」
「はい、王太子殿下」
こうして城門を出たわたし達は銀狼サスケの背中に乗って、一路魔竜の洞窟へと向かう事となる。
待っててね、みんな。必ず戻って来るから。