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第72話 王子と聖女

◆<聖女クレアside ~三人称視点~>


「嗚呼クレア、よく戻って来てくれた」


 グリモワール城、謁見の間にて聖女クレアを出迎えるエルフィン王子は彼女をそっと抱き締める。この時、クレアは抵抗する素振りは見せず、唯々遠くを見据えたまま彼の抱擁を受け入れていた。


 サザメ・クレナイへ王国西側へと送り届けられた後、クレアは大気汚染現場へと赴き、すぐさま現場を〝浄化〟した。神殿の者達は彼女を泣いて出迎えるが、聖女の心は此処に非ず。現場を遠くから見守る視線に気づいていたからだ。


 やがて、抱擁を終えたエルフィン王子が一歩引いた事を確認し、クレアは王子へ微笑みかける。


「わたくしをあの場へ呼んだのは、あなたですか? エルフィン王子」

「たまたまあの場に汚染が広がった。それだけの事さ。でも、どうしてそう思うんだい?」


「闘技大会での振る舞いを見せても尚、あなたは本心を誤魔化すおつもりなのですか?」

「何を言っている? あの場では僕が正義。王国を侵略しようとした奴等が悪だろう? それに、僕も一つ聞きたかったんだ。クレア、あの魔女・・とはどういう関係だい?」


 互いに本心を述べないまま、二、三、視線だけを交錯させる事、数秒。王子の吐いた息が、謁見の間の階段へと滑り落ちる。


「嗚呼、クレア。君はもっと僕に従順であって欲しかった」

「わたくしはあなたを信頼していましたのよ」

「過去形か。まぁいい。立ち話もなんだし、紅茶でも飲みながら話そうか」

「話すおつもりがないのでしたら、わたくしは失礼させていただきますわ」


 クレアが恭しく一礼し彼に背を向け、歩を進めた次の瞬間、王子は彼女の横へ回り込み、彼女をお姫様抱っこしたまま彼女の耳元へと顔を近づける。


「なっ!?」

「僕の異名は〝グリモワールの蒼き稲妻〟。速いだろう? 僕から君は逃れる事は出来ない。分かっている筈だ。君が居なくなれば、王国の汚染を止める者は居なくなり、罪のない民が犠牲になってしまうと。僕一人の力では止める事すら出来ない歯車だ」


 クレアもこうなる事は予測済。このままではまた神殿の部屋へ軟禁され、王国の汚染を食い止めるだけの歯車にされてしまう。気づいているからこそ、彼女は動く。


「狡いですわね、エルフィン王子」

「最高の褒め言葉だよ」

「もう逃げませんので、下ろして下さいます?」

「嗚呼、勿論だ」


 そして、地面へと降ろされたクレアは、彼へ取引を持ち掛ける。


「ねぇ、王子。お願いがありますの。以前話していた〝魔導コロニー〟の中、見せてくれません?」

「じゃあ、君がまた以前のように従順になってくれるのならば、考えようかな?」

「それは王子次第ですが、わたくし、魔国の秘密を知っていますのよ?」


 王子の片耳が動いたのをクレアは見逃さない。素早く彼の腕へ両手を滑り込ませて背伸びをし、王子の耳へと吐息を滑り込ませる。


「〝魔導コロニー〟の中、見せてくれたらあの〝魔女〟の正体、教えて差し上げますわ」 

「それは興味深いね」


 王子はそのまま彼女の身体を引き寄せ、自身の顔を近づけようとするも、王子の口元を指先で静止し、そのまま自身の口唇へと移動するクレア。普段は見せない大人の表情に、エルフィンが思わず生唾を飲む。


「もうお互い、隠し事はなしにしましょう。エルフィンが信頼出来る相手なら、わたくしの此処もあなたへ捧げてもよくてよ?」

「珍しいな。君から誘ってくれるなんて」


 彼女の演技に騙されたのか、敢えて乗っただけなのか? 王子は「分かった」と聖女の前で両手を挙げた。


「君が突然来ると何も知らない者達も混乱するだろう? ラーディに準備させる。数日時間をくれないか? 〝魔導コロニー〟見学の場を設けよう。僕は逃げも隠れもしない。だから、それまで君も大人しくしてくれるかい?」

「ええ。勿論ですわ」


 互いの思惑が交錯する中、こうして王子同席の下での聖女の〝魔導コロニー〟見学が実現する。


◆  


 グリモワール王国魔導コロニー。グリモワール城と同等の広さを持つ巨大な白い繭のようなコロニーの中では、ラーディ・ヘンダーウッド率いる魔導師団の者達が、魔法の研鑽と、魔法具の開発、魔導研究などを行っており、民のために創られた王国の自慢の施設だと言われている。


 属性別の五種類の結界ゲートを潜り、魔力認証と虹彩認証の扉を抜け、白い繭の中へ入ると、大きな空洞の広い広いエントランスホールが出迎えてくれた。上空を風魔法で飛行しながら気忙しく何かを運んでいる者。透明硝子の向こうの部屋で小瓶へ液体を注いでいる魔導師の姿が見える中、中央の扉が開き、気忙しい様子の男が聖女へ向かって走って来た。


「クレア様ぁあああああ! 遂に! 遂に! 貴女様へ精霊魔法の神髄をお見せする時が来ました! 今日は存分に楽しんで下され!」

「ありがとうございます」


 眼鏡の淵をあげ、鼻息荒く興奮気味に挨拶するラーディ大魔導師長。レイスやアンリエッタによると、王子とラーディ達が理由をつけて王国が戦争を起こそうとしていたと闘技大会の場で話していた。


 その話をクレアも聞いていたと知っていながら、平然とこの場を案内しようとするラーディとエルフィンは一体何を考えているのか? 当然クレアは罠である可能性も想定しつつ動いている。フォース以外のあの場へ居た者には、エルフのレビィから貰った翠宝石エメラルドの腕輪で連絡済だ。寧ろフォースは魔導師団の一員であり、〝魔導コロニー〟の中で再会する可能性も高いのでクレアもその点は問題視していなかった。


「まずは、魔導師団の訓練場から見学して参りましょう。こちらです――」

「あ、そういえばエントランスから見えた、あちらは何のお部屋ですの?」

「嗚呼、それはですね。日常生活用の魔法具を創っている部屋でして――」


 ラーディと会話しつつ、〝魔導コロニー〟の情報を聞き出そうとしていくクレア。後は如何にしてフォースが怪しいと言っていた、地下へ続く入口を見つけられるのか? 聖女クレアの潜入ミッションが始まった。


 この先、予想の斜め上の事態が待ち受けている事を、クレアはまだ知らない。





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