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第73話 骨と贄

◆<アンリエッタside ~一人称視点~>


 魔竜の洞窟前には、既に密偵部隊の者数名が洞窟を囲んでおり、これ以上外部に凶悪な妖氣エナジーが漏れ出さないよう交代で結界を維持すべく護っていた。


「先刻、遠く、洞窟最奥より地鳴りのような咆哮を観測。直後、大地の鳴動と共に入口へ漏れ出す妖氣量が三倍となりました。五重結界の内、内の三枚が破損しましたが、外部への被害、今のところ無し。以上が報告です」

「ご苦労だった。後は俺達とララの部隊でやる。お前達は一度基地へ戻れ」

「「「「御意」」」」


 監視していた部隊とララさんの部隊が素早く交代する。密偵部隊は基本、四名一組で動いているらしい。少数精鋭の方が、指揮系統が乱れず一番連携を取りやすい人数なんだそう。そう言えば今回のわたし達も、レイ、わたし、ジズさんにルーズの四名だ。


 密偵部隊の方々が創った結界へ手を当てる。双眸を閉じる。〝大魔女メーテルの杖〟を通じて、わたしの脳裏へ創られた結界の仕組みが伝わって来る。そう言えばお姉さまも魔法も結界も、仕組みを理解すればより精密で濃厚なものが創れるのだと。


「アンリエッタ様?」

「ふふ、ルーズ。見ていて」


 そのまま透明の膜へと手を当て、わたしは結界を壊さないよう〝浄化〟の魔法を重ねる。先程の野営地と同様に、これで魔竜本体が出て来ない限り、外へ妖氣が漏れ出す心配はないだろう。


「す、す、凄いです。流石ですわ、アンリエッタ様」

「これで魔竜さえ何とかすれば外は大丈夫でしょう」


 ララさんと目があったので軽くお辞儀をしておく。彼女とは王国潜入の時、一緒だったのだ。今は任務中だから楽しいおしゃべりは出来ないけれど。


「さて、アンリエッタ。始めるぞ」

「ええ。レイ」


 レイが魔剣を引き抜き、結界の中へ真っ直ぐきっさきを差し込む。刹那、洞窟入口に蠢いていた紫檀色の霧が全て魔剣へと吸収されていく。同時、わたしは自身も含め、レイ、ジズ、ルーズの身体を〝浄化〟の光で覆う。これで洞窟内での呼吸困難や意識障害、皮膚融解などの事態を一旦は防げるだろう。


「皆の者。参るぞ!」

「ええ」

「御意」

「わかりました」


 思っていた以上に洞窟内部は静寂に包まれていた。

 魔竜が通れる位の高い天井。天然の鍾乳石と、尖岩に囲まれた足場の悪い空間を進んで行く。天上付近の壁面に光る橙鉱石フレイムオパールが内部を照らしていたため、火魔法による松明は必要無さそう。


 ジズさんが専攻で罠や仕掛けがないかを確認し、わたし達が追随する。妖氣が強い場所はレイの魔剣で吸収した上で進む。途中、魔物との遭遇を想定していたのだが、全く出て来ない。理由は明白だった。


「これって……」

「骨だな」


 レイによると、血塗られた狼アビュッスム=ウルフという魔の森に生息する赤褐色の毛を持つ狼……の骨らしい。血肉も皮も残っていない。最近骨になったばかりのように見えた。


妖氣エナジーが濃いとより強い魔物が産まれる訳ではないの?」

「本来はそうだが……カオスドラゴンの毒と炎によって骨と消し炭にされたんだろう」


 洞窟を進んでいくと、ゴブリン、蝙蝠、蜘蛛の魔物、巨大な蜥蜴型の魔物。全てが骨か消し炭となっていた。上位の魔物に下位の魔物は従うといった話は聞くけれど……そもそもカオスドラゴンという厄災を前に存在出来ない・・・・・・んだ。


 かなり奥まで進んだところでジズさんが専攻で妖氣の強い場所を観にいってくれた。わたし達はわたしが創った〝浄化〟の魔法陣の中で一度休む事にした。


「魔剣とアンリエッタの〝浄化〟の光が無ければ、我々も同じように骨になっていたかもな」

「怖い事言わないでよ、レイ」


 思わずレイの腕にしがみついてしまうわたし。と、同時、ルーズがわたしの民族衣装メーテの裾を掴んで、上下の歯を震わせながら杖先を前に出して何やら訴えかけて来た。


「アアアア……アンリエッタ様……うしろうしろ!」

「え?」


 わたしが後ろを向いた瞬間それは居た。ゆっくりとこちらへ向かって歩いて来る人型の白い骨。それも一体ではない。わたし達の居る場へゆっくり向かって来る大量の骸骨。骸骨の魔物――スケルトンだ。


「きゃああああああ! あっちへ行って~」


 思わず魔法陣の中から炎を放ち、一体を追い払う。気づけば完全にスケルトン達が魔法陣を取り囲んでいる。これ、どうするのよっ!?


「アンリエッタ。案ずるな。最高密度の〝浄化〟の光を前に、入って来れる訳がないだろう」

「あ、それもそうだった」


 ポンと手を叩くわたし。突然目の前に骸骨が大量に発生したものだから驚いちゃって忘れていました。よーく見ると、同じように見えた骸骨にも表情があるようにも見える。おじいちゃんにおばあちゃん、宝石ジャラジャラは貴族の……ん?


「ねぇ、レイ。あれ? あの宝石持った骸骨……」

「なっ……まさか! エルヴィス卿なのか!? 奴は既に魔竜の贄にされたという事なのか」


 ミイラ取りがミイラになるとはまさにこの事。魔竜復活により魔国転覆を企てたエルヴィス卿は魔竜の毒に耐えられず、骨と化していたのだ。


「この世に未練がある者、憎悪に冒された者がスケルトンになると聞く。この者達は恐らく魔竜の贄となってしまったんだろう」


 じゃあ、元凶のエルヴィス卿は置いておいても、この骸骨達は元々罪もない人間だったって事なのね。せめて〝浄化〟の魔法で苦しまないよう魂を送ってあげるしかない。


「え? まさか……おじいちゃんなの!?」

「え? ルーズ」


 わたしの背後に居たルーズ。魔法陣の見えない結界の壁越しに、数体の骸骨がルーズへ何かを訴えようとしているかのように近づいていたのだ。そうか。もしかすると、この場には、ルーズの村で死んでしまった亡骸も……。それを知ったわたしは〝大魔女メーテル〟の杖を魔法陣へと立て、双眸を閉じ、祈りを捧げる。


の者たちの苦しみを解放し、ミネルバ様の加護の下、天星界ウルステラへと送りましょう――〝昇天〟の魔法――星送りの昇天光アセンシオ=ステラ!」


 魔法陣を囲んでいた光がそのまま広がり、スケルトン達の居る空間全てを包み込む。周囲を覆っていた怨嗟も闇も何もかもを包み込み、漆黒を純白へと〝浄化〟していく。骸骨たちが宙へと浮かんでいき、そのまま骨が光の中へ消えていくと共に、生前の姿が薄っすらと浮かび上がっていく。


「魔女よ、ありがとう、ルーズ。さらばだ」

「おじいちゃん!」 

「だいじょうぶ、あなたは強い子。ルーズならきっと生きていけるわ」

「ルーズ、空からずっと見ているよ」

「おばあちゃん、みんな」


 ルーズの村の人々が天上へと昇っていく。双眸から雫を零し、ルーズが手を伸ばすも、彼等には届かない。やがて、笑顔のまま彼らの魂は〝浄化〟され、女神ミネルバ様が死者の魂を送るために創ったと言われる星天界ウルステラへと送られた。




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