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第74話 昇天と元凶

 骸骨の魂は無事に〝浄化〟され、星天界へと送られた……かに見えたのだけれど、その場に留まり、苦しむ魂が数体存在していた。


「ぎゃああああ、私はぁ~わだし~はどうじてぇええええ~~ぐるしい~」

「エルヴィス様~~たずけて~」

「しにたい~しねない~やだ~」


「お前達は駄目だ。罪を犯したものは〝悪魔〟達が暮らす地獄逝きだ」


 〝浄化〟の光に喉を押さえたまま苦しむ魂。生前、許されない罪を犯した者は星天界へ〝昇天〟する事は出来ない。やはり宝石を持った骸骨の正体は、エルヴィス卿だったようだ。そして、他の残った魂はきっと魔竜召喚の儀式を行ったエルヴィス卿の部下達だろう。


 レイがエルヴィス卿の透明な身体に魔剣を突き刺した瞬間、彼の背後に悪魔のような陰が浮かび上がったかと思うと、そのままエルヴィス卿の姿を呑み込んでいく。続けて悪魔の陰が次々に残った魂を喰らっていく。己の欲に塗れ、自身の手に余る力を手にしようとした貴族の末路は余りにもあっけなかった。


「レイ、今のって?」

「かつて父が契約していた悪魔サタンの残滓だ。契約せずともこうして悪しき魂が居る場に出してやると、奴は喜んで魂を喰らうのさ」


 高らかに嗤う悪魔の声が洞窟内へ響いたかと思うと、再び静寂が訪れる。黙って天を仰いでいたルーズの肩をそっと叩くと、魔導師のローブの裾で雫を拭いた彼女は、ぺこりとわたしへお辞儀をする。


「おじいちゃん、おばあちゃん、みんなの魂を〝昇天〟してくれて、ありがとうございました」

「うん。行こう、ルーズ。おじいちゃん達の犠牲を無駄にしないためにも」

「はい」


 魂の〝浄化〟、〝昇天〟の儀式を終えたところで、洞窟最奥へと向かっていたジズが戻って来た。どうやら、この先に魔竜が居るらしい。骸骨たちはきっと、魔竜の眠りを妨げる者を排除するため、此処へ配備されていたのだろう。


 元凶はすぐそこだ。

 そう思っていた矢先――けたたましい咆哮と共に洞窟が震動し、妖氣エナジーの塊が重厚な波動となってわたし達に向かって飛来する!


「させない!」


 〝浄化〟の光をそのまま光の壁へと転換させ、瞬時に結界を展開するわたし。まるで凝縮した闇の暴風。震動により上空から降って来るをレイが斬り捨て、ジズさんが飛ばされないようルーズを支える。


 どうやら魔竜はわたし達が近づくのを赦さないみたい。


「そっちがその気なら、こちらにも考えがある」


 咆哮による暴風が止んだところでそう呟いたレイは、ゆっくり息を吐き、魔剣ではなく、銀刀を引き抜く。そして、両手で銀刀を持った彼は、そのまま顔の上部で組んだ手を、真っ直ぐに振り下ろす。


「魔国剣戯――暴風圏撃斬テンペスラッシュ!」 


 レイの両手より振り下ろされた斬撃がそのまま渦を成し、巨大な暴風の刃となって洞窟最奥へと送られていく。


「暴風の刃で道を創った。奴が怒る前に近づくぞ!」


 レイの足許に一瞬蒼い閃光が見えたかと思うと、彼は雷の魔法で地面を弾く。風魔法を脚へ纏わせたわたし達もすぐに後を追う。真っ直ぐに続いていた洞穴を抜けた先、洞窟最深部の広い空間は、魔竜の全身より放たれる禍々しい妖氣に支配されていた。上部の橙鉱石フレイムオパールが照らした魔竜の巨大な体躯は……この世界の闇そのものだった。


「グォオオオオオオオ!」


 魔竜の開かれる顎門あぎとは地獄の果てまで続く深淵の闇。憤怒の咆哮と共に闇の奥底から眩い閃光が放たれたかと思うと、遠くの橙鉱石フレイムオパールの灯りしかなかった暗がりの空間が刹那にして紅蓮の炎に包まれる!


聖域結界サンクフィールド!」

「隔てよ! ――魔防氷壁ケレスグレシャ!」


 ルーズの創り出した氷壁に〝浄化〟の光を重ね、深淵の業火から身を護る。炎が収まるタイミングを見計らい、脚より弾いた雷光でその場から姿を消すレイと、魔竜の上空に飛び上がるジズさん。魔竜が上空へ向かって顎門を開こうとした瞬間、魔竜の四方へジズさんが突き刺さしていた短剣から白い円環が出現し、罠が発動する。


「撃たせん! 光陣――白棺サクリファイス!」

雷刃瞬光ルミナス=ラーミナ


 同じ咆哮に見えたけれど、カオスドラゴンが今放とうとしていたものは、深淵の闇そのもの――混沌の吐息カオスブレスと呼ばれるアーレスやミルフィーの身体を融解させた怨嗟と呪詛の籠った毒の吐息ブレスだった。


 しかし、魔竜の口腔から吐息ブレスが放たれる事はなく、巨大な体躯を取り囲むように顕現した光の壁によって魔竜の動きは封じられ、動きの止まった魔竜の全身をレイが蒼い雷刃らいじんで縦横無尽に斬り捨てていた。


「凄い……っ!?」

「今の……視えませんでした」


 魔竜の肉体から離れ、わたしたちの前へ戻って来たレイはひと言。


「散開しろ!」

「え?」


 この時既にジズさんの創った光の壁が破られ、魔竜が腕を振り下ろし、尻尾を旋回させていた。魔竜の爪撃によって巻き起こった風の通った場所は、岩場が溶け、真っ新な大地となっていく。自身を覆う結界はあるものの、レイのひと声が無ければ皮膚が溶けていたかもしれない。散開した後、わたしはレイと、ルーズはジズさんと合流し、岩場の陰へと隠れる。


「先程のジズが放った呪縛結界や俺の雷刃らいじん程度では、あの竜鱗を貫く事は不可能のようだ。やはり今の攻撃を躱しつつ、〝浄化〟の光で闇の装甲を引き剥がすしかないようだ」

「そう……みたいね」


 再び周囲を照らすカオスドラゴンが放つ紅蓮の業火。この激しい攻撃を回避しながら、装甲を引き剥がすのは容易ではない。でも……わたしがやらなくちゃ、みんな全滅だ。


 もう、わたしは誰かに護られてばかりの疑似聖女なんかじゃない。

 魔国の魔女であり聖女。アンリエッタ・マーズ・グリモワールだ。


 〝大魔女〟の杖がわたしの魔力に反応している。お姉さまのペリドットは淡翠色の光で応えてくれる。その時だった――


『矮小な人間よ。全て滅びよ。余の怨嗟はたとえ世界が終焉しても尚、消えることはない』


 え? 今のは……魔竜カオスドラゴンの声? 脳内へ直接語り掛けているようで、どうやらレイやジズさん、ルーズにも聞こえているみたい。皆が頷く中、わたしは隣に居たレイへ耳打ちし、ジズさんへ意思伝達をする。そして、体内の朱い魔力を蒸気のように発しながら、揺らり、揺らりと歩みを進め、魔竜の前へと立ちはだかった。


『ククク……娘よ。自ら贄となるか? いいだろう?』

「いいえ。あなたの怨嗟、次代の魔女アンリエッタ・マーズ・グリモワールが受け止めましょう。魔竜カオスドラゴンよ、さぁ、来なさい」


 魔竜の顎門から深淵の闇――混沌の吐息カオスブレスが放たれた。




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