聖竜シルバリスとわたしはその場で魔力の契約を取り交わし、聖獣としていつでも召喚出来るようにしておいた。アーレスがケルベロスのケルちゃんを召喚するのと似た仕様だ。魔竜の時は厄災だったが、シルちゃん (シルバリスの事ね) が味方になってくれるのならこれ程心強い事はない。
カオスドラゴンがシルちゃんへと変化した瞬間、魔竜が外界へと放っていた呪詛も怨嗟も妖氣も全ては洗い流されており、ミルフィーやアーレスも魔力を元通り使えるようになっているだろうとの事だった。
洞窟からわたし達が出て来た瞬間、既に妖氣が晴れていた事で作戦の成功を感じ取っていた密偵部隊の皆が泣きながらの歓声で出迎えてくれ、そして、そのままの脚でカオスローディア城へとわたし達は凱旋した。
「「「レイス王太子殿下、魔女アンリエッタ様、万歳~~~!」」」
「レイ……なんかこれ……英雄の凱旋みたいな扱いになってない……」
「厄災級の魔物を討伐したんだ。それもそうだろう」
お城の城門から入口の扉まで左右に兵士や残った密偵部隊の人達、侍女や執事など城仕えの人達が道を作ってくれており、なんだか申し訳ないようなむず痒い気持ちでレイへ囁くわたし。そんなわたしの
「あの……私は一緒に居ていいのでしょうか?」
「いいの、ルーズはわたしの後ろにちゃんとついていなさい」
「はい、アンリエッタ様!」
そうよね。ルーズもびっくりの展開だものね。なんか袖の端を摘まみながらわたしの後ろを付いて来るルーズが可愛くて思わず笑みが零れてしまった。
ちなみに表向きは魔竜を討伐した事にし、聖竜の件は伏せておく事にしている。何処でグリモワールや敵対する者へ情報が洩れるか分からないし、聖竜をむしろ奥の手にしておけばいざ有事の時、優位になるからとレイが言っていた。それはその通りよね。魔竜復活が王国の策略なら尚更、
そのまま城の扉が自動で開かれ、謁見の間まで導かれるようにしてわたし達は進む。そして、謁見の間にて、ジークレイド皇帝、その背後にノーブルさん。まだリハビリ中だからだろう、サイドに用意された椅子へアーレスとミルフィーが座った状態で、わたし達を迎え入れてくれた。
「よくぞ戻った。アーレスとミルフィーの傷に残る呪詛が消えた瞬間、すぐに魔竜が消滅したと分かった。曇天の空もようやく晴れた。レイ、そしてアンリエッタ。其方へ何度礼を言っても最早この世の言葉では足りぬ程だ」
「余りあるお言葉。大変光栄に思います。ありがとうございます皇帝陛下」
アーレスとミルフィーも皇帝の言葉を聞きつつ、横目でわたし達の事を見ている。ミルフィーを今すぐ抱き締めてあげたいけど、此処はぐっと我慢ね。
「それと、魔導師ルーズよ」
「は、はい!」
「一族の村を滅ぼされた直後という過酷な状況下で魔国の危機へ同行、そして、現地で彼等への助力も頂いたと聞く。お主にも感謝せねばなるまいな」
「ととととんでもないです~! わわわ私はアンリエッタ様に助けられてばかりで~! いただいた加護が無ければきっと一瞬で溶けていましたし」
顔の前で両手を全力で振りつつ慌てふためくルーズ。よし、此処はわたしが人肌脱ぐとしましょう。
「恐れながら皇帝陛下。魔竜との戦闘中、わたしは魔竜の攻撃で一度空中より落下しかけました。そのとき助けてくれたのが彼女です」
「ええええアンリエッタ様ぁあああ」
「ほほう、そうか。ならば褒美を取らせねばならぬな」
「では陛下、村の生き残りの子供達と彼女へ新たな住まいを用意してはいかがですかな?」
「有無。流石ノーブル。では、そのように手配せよ。それまでは城の離れへ泊め、衣食住を用意してやってくれ」
「畏まりました」
「え? え? えええええええ」
臙脂色のお下げが揺れる中、こうしてルーズはお城へ暫く滞在する事が決まったのでした。
◆
皇帝との謁見を終えたわたし達は、ようやく客間にてひと息、ノーブルさんの紅茶とナタリーのクッキーでお茶タイムを設ける事に。テーブルを挟んで手前のソファーにわたし、ミルフィー、間に挟まれルーズ。反対側にはレイとアーレスが座っており、入口付近にノーブルさんとナタリーが待機する形。今晩はこの後、ご馳走を用意してくれているみたい。
王国潜入から魔竜討伐まで全く休みが無かった印象なので、本当久しぶりに心が休まる思いだ。
「ま、うちの
「ひえええ~~お城へ来てから今日はずっと褒められ過ぎで……もう心臓が持ちません。アンリエッタ様ぁああああ」
「よしよーし、ルーズ」
「嗚呼~~アンリエッタ様の手、温かい」
わたしがルーズの頭を撫でてあげると力が抜けた子猫のようにわたしの膝でゴロゴロしだすルーズ。「この子、相当懐いているわね」とミルフィーが突っ込む。まぁ長く魅了かけすぎていた事も影響してそう……とは言えないわたしなのでした。
あ、安心してください! 今は彼女の魅了、解いていますよ!
「こうやって皆で茶を飲む時間が出来たのも久しぶりだな」
「そうですね。クッキーが美味しいです」
ルーズを撫でつつも、アーレスのクッキー美味しいに照れるナタリーの姿を見逃してはいませんわよ、わたし。後でナタリーさんつついとこう。そんな事を考えつつ、わたしもクッキーを手に取った。
「本当。ミルフィー、ルーズ、クッキー美味しいよ」
「流石ね、ナタリー」
「お、美味しいです、ナタリーさん」
「ほほぅ、どれ? これはなかなかの腕じゃのぅ。わっちの国の茶請けにも是非したい代物じゃ」
このときあまりにも自然に、此処に居る手練れが反応するのに数秒かかる位、悪意も気配も影や魔力の揺らぎも何も感じられない形で、レイとアーレスの間、空いていた空間に一人の人物が座っており、クッキーを食べていた。
「は?」
「え?」
キン!――
「相当の手練れのようですな」
「貴様! どうやって!」
「お前……準決勝の!」
レイの銀刀、アーレスの剣を両手に持つ二本の刀で受け止め、そして、ノーブルが懐より投げつけた短剣を
「待て待て待て! 賊ではないぞ? わっちは言伝に来たのじゃ。ほら、そこの魔女。お主の姉、聖女クレア殿からの伝言をな」
「え? お姉さまからの伝言!?」
突然の闖入者、妖しく微笑む東国の女刀剣士サザメ。こうしてわたしは、予期せぬ形で彼女と出逢う事となった。