「サザメ、お前が敵意はないとどうやって信じる?」
「名前を憶えてくれていたんじゃのぉ~クレイ。否、レイス王子よ」
「一度相まみえた相手の名は忘れん」
「良き哉、良き哉。では一先ずこの剣を降ろしてくれるか? 手土産を渡す事が出来ぬ。それに魔国の主力勢揃いなこの場で、わっちが仮に単独で暴れると思うかの?」
アーレスとレイが頷き、剣を降ろしたところで刀剣を収めたサザメは、ソファーから客間の広い場所へと移動する。そして、足下の絨毯へ向けて片手を翳した瞬間、彼女の影が大きく揺らぎ、絨毯の空間が歪む。
「サザナミ流
歪んだ空間から光の塊が突出したかと思うと、光は実体を成し、そこから美しく輝く七色の羽根が見え……そして……羽根を羽ばたかせたその生物は懐かしい鳴き声と共にわたしの前へ顕現した。
「キュウウウウウウウ!」
「え、キュウちゃん? キュウちゃん!」
キュウちゃんを抱き締め、わたしはキュウちゃんが生きている喜びを嚙み締める。あのとき黒く焦げていた身体も羽根もすっかり元通りの輝きに。よかった。お姉さまが治してくれたんだ。
「あのとき守ってあげられなくてごめんね。もうあなたを危険な目には合わせないからね」
「キュウ、キュウキュウ、キュキュッキュウ!」
「うんうん。あのね、あなたを助けてくれた人、わたしのお姉さまなの。素敵な人でしょう」
「キュウキュウ!」
「ね、王国の聖女様なの! わたし、お姉さまをこれから助けるつもりなの。キュウちゃんも応援してくれる?」
「キュッキュウ!」
暫くわたしとキュウちゃんが会話しているのをみんな黙ってみてくれていた。ナタリーさんが刺繍のハンカチで目頭を押さえている。そしてルーズは鼻を噛んでいる。ミルフィーを見ると、ミルフィーはそっと目を逸らした。見られたくないのかな、泣いた顔も可愛いのに。
「アンリエッタ」
「レイ、ありがと」
わたしも流れたままの雫をレイから受け取ったハンカチでようやく拭いた。そして、改めて、キュウちゃんを届けてくれた彼女へ恭しく一礼する。
「サザメさん!
「待て待て。まだ礼を言うには早いぞ? まだ言伝が終わっておらぬ。のう、
「キュッキュウ!」
サザメさんの声に反応したキュウちゃんが大きく羽根を広げた瞬間、キュウちゃんの羽根の虹色が波打ち、光が照射される。光は客間の壁一部を照らし、照らした部分に映像が浮かび上がった。そこに立っていたのは紛れもなく、わたしのお姉さまだった。
◆
『あなたがこれを見ているという事は、
「ほら、言ったじゃろう! 聖女クレア殿に頼まれたと」
お姉さまが一礼して間が出来たタイミングで、視界の端でサザメさんが誇らしげに胸を張っていたけれど、今のわたしはお姉さまへ集中していたので軽く会釈する程度にしておいた。
『アンリエッタ、
「ふふ、あんたの姉、いいお姉さまじゃない」
「うん、ありがとう」
隣に居たミルフィーに肩をそっと叩かれ、目頭が少し熱くなるわたし。お姉さまはわたし達へお礼を告げた後、わたしが追放されてから今まで、お姉さまが何をして来たのかを説明してくれた。
『あなたが追放された後、わたくしもわたくしなりにあなたが何故追放されたのか? 王国はもしかして、わたくしへ何か隠しているのではないか? と思い、色々と調べておりました。王立図書館のランス、覚えているかしら? あの子にも協力してもらっているのよ?』
「嗚呼」
ランス・アルバートは幼少期、クレアお姉さまとわたしが神殿へ連れて来られた頃、神殿で暮らしていた幼馴染の男の子。よく神殿の中庭で遊んだのを思い出す。
「レイス殿。お主が先日相対した魔導師フォース・アルバートはランスの兄じゃよ」
「ほぅ、奴か。奴は確かに魔法のセンスがよかった」
サザメさんが解説を入れたところでレイが頷いている。
皆が注目する中、お姉さまの説明が続く。今回は時間があったのだろう。映像も全く乱れていない。お姉さまが事前に、入念に準備していた事が窺える。
『そして、わたくしは王立図書館地下に禁書として保管されていた資料によって、グリモワール王国魔導師団、大魔導師長ラーディ・ヘンダーウッドが精霊の力を使って何か良からぬ事を企てている事を突き止めました。わたくしが今、この投影魔法を準備している理由は、明日、その何かが行われている場所・魔導コロニーへ単独で潜入するためです』
「え? 単独で潜入?」
そんな危険な事をお姉さまが!? どうやらお姉さまは、自らエルフィン王子と交渉し、その時間を確保したらしい。王国の汚染も最近酷くなっているようで、一刻も早く王国の暴走を止めなければ、大変な事になるらしい。でも、お姉さまが単独で潜入したという事実に一抹の不安が
『ふふ。王子もきっと、色々準備をしたかったのでしょうね。数日準備する時間があったお陰でわたくしも少し仕掛ける事が出来ました。そこにサザメが居るという事は、今わたくしは直接メッセージを届ける事が不可能な状況に追い込まれているという事でしょう。ランスを通じ、幾つかの禁書を含む重要資料も届けさせています。恐らく鍵を握っているものは、〝封印の魔法〟と〝四大精霊の恩寵〟です。あとはあなたへ託します。アンリエッタ』
ここで映像は終わった。暫しの沈黙……お姉さまはもしかして、自ら囮になって王国の悪事を暴こうとしている? そんなの危険すぎる……。両手を強く握るわたしの手が震えている。王国が……グリモワールが! またわたしから大切なものを奪おうとしている……!
「――リエッタ。アンリエッタ! 魔力を押さえなさい」
「!? あ、ミルフィー」
自身の身体から朱い魔力の蒸気が溢れ出ている事に気づき、慌てて押さえるわたし。間が出来た事で、レイがサザメさんへ話し掛けた。
「王国で何が起きているのか、説明して貰おうか」
「よかろう。先ずは聖女クレア殿から託された禁書と資料はこれじゃ。此処へ置いておくぞ」
『グリモワール王国の歴史』『ミネルバ暦1688年―魔国侵略戦争に関する記録』『大魔女シャルル封印の記録』『四大精霊と精氣に関する研究 著:ラーディ・ヘンダーウッド』『四大精霊の恩寵 著:ゾフィー・シルフィリア・ワーズノーズ』
「こ、こんなにたくさん……!?」
きっとお姉さまは今回のような事が起きる前にと準備していたんだ。そして、一呼吸置き、皆が注目している事を確かめた上で、サザメさんは今何が起きているのかを告げる。
「聖女クレア殿へ繋いでいたわっちの陰が途切れた。今、彼女は王国の〝魔導コロニー〟地下へ幽閉されておる」
「そんな……! あなたも協力していたんでしょう? どうして!」
「すまぬ。想定外の事態が起きた。わっちの力不足じゃ。協力関係にあったレヴィというエルフが裏切った。奴は既に王国の手先じゃ」