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第78話 王子の本性

◆ <聖女クレアside ~三人称視点~>


 魔導コロニー内はとても広く、ラーディ大魔導師長は得意気に、クレアへこの場所の素晴らしさを熱く語っていた。魔導師団が訓練している場所を通った際は、聖女本人の登場により、魔導師団の者達から歓声があがっていた。


「クレア、最早僕よりも人気があるんじゃないか?」

「王子の人気には負けますわ」

「ふふ。それもそうだな」


 クレアに褒められるだけでご機嫌になる王子は相変わらず分かりやすかった。魔導コロニー内には魔法薬の精製、魔導師団の訓練施設、治療スペースに居住スペース、休息スペースまで用意された広い広い空間。ドーム状の空間に建物が建っているような場所も多数あった。


「ねぇ、あれはなんですの?」


 クレアが指差した場所は丁度魔導コロニーの中央。大きな透明の柱がドーム天井まで伸びており、丁度、地上付近には人間が入れる空間が空いている。ラーディ大魔導師長が、鼻息荒くクレアの顔へ自身の顔を近づけ、眼鏡の淵をあげる。あまりの近さに思わず仰け反るクレア。


「よくぞ! よくぞ気がつかれましたぞぉ~! 流石クレア様です」

「コホン! ラーディ。クレアが驚いている!」


 エルフィンの咳払いによって前のめりになっていたラーディが居直り、クレアへ解説を始めた。地面続きの空間は、人が入れる空間で、魔力操作により地下へ床が移動する仕組みになっているそう。


 そして、天井へ伸びる巨大な水晶は魔力を籠める事が出来る鉱石を素に創られており、魔導コロニーの上へ続く尖塔へ魔力を送る事で、有事の際、王都全体を覆う規模の巨大な結界を張ったりする事が出来るらしい。現在王都は巨大な魔法結界で護られているものの、いつ破られるか分からない。先の戦争を教訓にこの魔導コロニーを創ったのだと意気揚々と語るラーディ。 


「民を護るための結界を創る事が出来る。素晴らしいですわね。でも、どうやってそんな大量の魔力を用意・・するのでしょう?」

「ふふふ。仕方ないですね? クレア様、観たいですか?」

「ええ、是非。元を辿れば王都を護る結界も母が創ったもの。大変興味がありますわ」

「いいでしょう! エルフィン王子。地下の研究施設へクレア様をご案内しても」

「ああ、構わないよ」


 クレアの背後に立ち、双眸を細めて微笑む王子に悪意は無さそうだった。クレアはそのまま王子へ微笑み返し、「では、お願いしますわ」と水晶で囲まれた空間の中へと入る。何やらパネルのようなものをラーディが操作すると、空洞だった場所へ透明の扉が出現し、床が下へと動き始める。暫く真っ暗な空間を下へ下へと移動していくと、やがて白い光に包まれた空間が眼前に現れた。


「ここが」

「王国自慢の魔法研究施設さ」


 エルフィン、ラーディと共に施設内へ足を踏み入れるクレア。特に罠などの様子はない。松明のような灯りがないのに、壁、床、天井、全ての白が明るく発光しており、地下とは到底思えない場所だった。


 回廊を進み、透明な壁を隔てた部屋で、強力な火魔法を白壁へ向かって放っている魔導師を見掛けた。あんなに大量に魔法を連発し、魔力は枯渇しないのかとクレアは疑問に思う。まだ通常の魔法研究をしているような部屋しか見えない中、とある扉の前でラーディとエルフィンが足を止める。


「此処からは関係者以外、立ち入り禁止の場所さ。さぁ、行こうか」


 ラーディが扉の横にあるパネルを操作し、瞳を近づけたところで重い扉が開き、その中へ入る。そして、眼前の景色にクレアは思わず両手を口の前へ当てた。


「なん……ですか? これ……」

「何って、研究だよ。魔法の研究。実験とも言えるね」


 大きな円柱の中には液体が入っており、その中へ人間が入っている。息が出来るようにするためか、口へチューブが差し込まれており、身体にも何本の管が刺さっている。ラーディが一つの円柱の下、パネルを操作すると、その円柱の液体が淡緑色に光を放ち始め、中に入った人間が苦悶の表情で暴れている様子が見えた。


「何を……しているんですか!」

「ご心配に及びません! 彼には新鮮な魔力と精氣スピリッツを馴染ませているだけですぞ」


 クレアはラーディを押しのけて、パネルを叩くが止まってくれない。


「早く止めてあげて」

「落ち着いてクレア。まだこれは序の口だ」

「ちょっと離して!」


 暴れるクレアをお姫様抱っこで抱え、王子はそのまま歩き出す。クレアにとって聞きたくもない王子の演説が始まった。


「魔力を持たない民のところへ新鮮な生活用水を届ける。汚水を処理する。魔力を安定して王都全体へ供給させる。火魔法で灯りを。自然の精氣だけでは国の発展には至らない。これは全て、国のためにやっている事なんだ」

「こんなの……精霊への冒涜です」

「クレア、だからまだ序の口だ」


 部屋を進んだところで、円柱の色が変わった。中に入っているのは……皆、エルフ族の女性ばかりであった。


「若いエルフの女子は大量の魔力と風の精氣を持っていましてね。この魔力を素にすれば、魔導師団の強化も結界の強化も捗るという算段です」


 眼鏡の淵をあげる大魔導師長の姿をクレアは最早人間として見ていなかった。エルフ達は既に生気を無くし、生きているのか、死んでいるのか分からないような状態にあった。クレアはエルフィンの拘束から逃れようとするも、力を籠める彼の手から抜け出す事が出来ない。そして、歩みを進めた先に巨大な吹き抜けの空間があり……。


「そして、これがぁ~我が魔法実験の完成形です」


 そこにあったのは世界樹のような巨大な樹。生い茂る葉は若草色にもかかわらず生気を感じない樹。そこに神聖な空気はなく、むしろ何か……妖氣エナジーのような禍々しさを感じてしまうクレア。


「なんですの……これは?」

「フフフ、魔力や精氣を根から吸収する事の出来る人工の世界樹ですよ。素晴らしいでしょう、クレア様!」


 悦に入った大魔導師長を無視し、クレアは聳え立つ大樹を見据える。これはなんとか出来る代物なのか? 大樹の奥から、何かこう触れてはいけない悍ましい何かの気配を感じる。そして、大樹の下へ彼女が向かおうとしたその時だった。彼女の名を呼ぶ声が聞こえたのは!


「逃げて……クレア様……」

「え? 嘘! フォース!?」


 声がした方を向くクレア。そこには地中より現れる大樹の根っこに縛られたフォースの姿。この時何故かエルフィンはクレアを地面へ降ろしており、彼女は急いでフォースの傍へと向かう。


「今、助けます! フォース」

「だめ……です……」


 クレアが魔法でフォースの拘束を解こうとしたその時、彼女の魔力に反応した無数の根っこが彼女へ近づいて来たのだ。しかし、クレアも巧みな結界術で根っこを弾く。此処まではよかった……のだが。次の瞬間、彼女が身に着けていた淡翠エメラルド色の腕輪が光を放ち、腕輪と同じ色の風が檻のように彼女を取り囲んだのだ!


 そして、吹き抜けの入口からやって来たある人物・・・・が、檻に囚われたクレアの前で傅き、そして謝罪の言葉を述べる。


「レヴィさん、どうして?」

「申し訳ございません。一族の仲間を……皆を助けるにはこうするしかなかったのです」


 しかし、謝罪するレヴィの傍へ移動したエルフィンが彼女の右耳を舐めた瞬間、エルフの様子が一変する。


「くっ……やめ……殺せ!」

「何を言っているんだいレヴィ。君はもう、僕の下僕だろう? 素直になれよ、どうして欲しいんだい?」

「くっ……もっと……もっと下さい」

「ちょっと婚約者に話があるんだ。待っていてくれるかい?」

「はい、エルフィン様ぁ♡」


 王子が囚われたクレアへ向き直ったところで、聖女は初めて婚約者へ敵意を剥き出しにした。


「何処までも……何処までも下衆ですね。見損ないました、エルフィン!」

「嗚呼、最高の褒め言葉だよ。もっとその眼で僕を見てくれ」

「最低!」


 クレアが吐き捨てるように言った瞬間、彼女を捕えていた風の檻が霧散する。と、同時、彼女の四肢は大樹の根っこによって拘束されてしまう。


「ずっと……ずっと……わたくしを、妹を利用していたのですね」

「嗚呼、妹の方が気づくのが早くて聡明だったよ、クレア」

「まさか、妹の追放も!?」

「君が今、それを知ったところで意味はないさ」

「くっ!」


 婚約者の前で遂に隠していた本性を露わにし、優越感に浸る王子の口元が歪んでいる。大樹の根による拘束の力が強くなり、逃れる事の出来ないクレア。彼女が掌へ、全身へ力を籠めるも、魔法も結界術も発動しない。


「わたくしを……どうする気なのですか?」

「どうもこうもしないさ。女神の〝加護〟の力さえあれば、僕は全てを手に入れる事が出来る。今から君には最後の実験に付き合ってもらうのさ」

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