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第79話 恩寵と封印

◆<アンリエッタside ~一人称視点~>


 サザメさんによる報告を一通り受けたわたし達。お姉さまが大変な事になっている。今すぐにでも助けに行きたいところだけれど、サザメさんから『それでは準備不足じゃ』と念を押された。


 お姉さまは一体何をしようとしているのか? 何のためにわたしに託したのか? お姉さまは言っていた。鍵を握っているものは、〝封印の魔法〟と〝四大精霊の恩寵〟だと。


「あの……この〝四大精霊の恩寵〟って」


 お姉さまから届けられた本のうちの一冊、『四大精霊の恩寵』という本を手に取り、中身を捲ってみる。が、古代文字なのか……書いてある文字を読み解く事が出来ず、誰に尋ねる事もなく呟くわたし。それに対し、解説を始めようとするサザメよりも早く、わたしの言葉に反応したのは意外な人物で……。


「あ、あの! アンリエッタ様! その本、ひいおばあちゃんの本なので……分かります!」

「ルーズ!」

「やった! 私……アンリエッタ様のお役に立てるかもしれないんですねっ♡」


 わたしの役に立てるかもしれないという期待からなのか、お下げを高速に揺らしつつわたしの傍へとやって来るルーズ。その様子を見ていたサザメが何かに気づいたように手を叩く。


「お主! 見た事あると思ったら……あのソルファをぶちのめした女魔導師か! ほほぅ……まさか、かの大賢者ゾフィー・シルフィリア・ワーズノーズの曾孫じゃったのか! それは強い筈じゃのぅ~~」

「あ、えっと……あの蹂躙は……アンリエ……あ♡」


 わたしの名前を言いそうになったルーズの口元にわたしの人差し指を重ね、軽くウインクするわたし。何故か蕩けそうな表情になったルーズは秘密だという事を思い出したのか、慌ててひいおばあちゃんの本を手に取って、サザメの視界から目を逸らす。


「ん? 何か言い掛けたかの?」

「いえいえ! それよりこの本。古代エルフィナ語で書かれています。私も読めるのは一部ですが、おばあちゃんから四大精霊のお話は何度も聞かされていたので……たぶん分かると思います」


「では、ルーズ殿。解読は隣の書斎をお使い下さい。某は王国の動きを皇帝へ報告して参ります」

「頼んだノーブル。ジズ!」

「此処に」


 レイがジズの名を呼び、素早く指示を出す。密偵部隊へ王国の監視を強化。周辺諸国への侵攻など、動きがないか把握する必要があったからだ。


「風精霊と土精霊が祀られているシルフィリア国とノルマンディア国にはわっちの〝宵闇〟が待機しておる。現地で指示を仰ぐとよい」

「サザメ殿、心得た」

 その場からジズの姿が消失する。ルーズもノーブルさんに案内されて退出。ナタリーさんも茶器を片付けるため、一旦外へ出て行った。残るはレイ、アーレス、わたし、ミルフィー、そしてサザメさんだ。


「恩寵……つまりは精霊の力を借りるという事だな」


 レイが腕を組んだ状態で呟く。ん? 一瞬レイがアーレスへ合図を送り、頷いたような?


「そうじゃな……一お主が身に着けているペリドットの腕輪のように、恩寵を賜った精霊の魔力を魔宝石へ閉じ込めるのが定石じゃろうて」


 わたしが自身の身に着けたペリドットの腕輪を見つめる間にサザメさんが続ける。


「それと、その四大精霊の恩寵じゃが……お主らへ朗報じゃ。水の精霊マーキュリー様は、わっちの国、サザナミの国に祀られておる」

「え? そうなんですか!」

「お主らの中に水魔法……氷魔法でも構わぬ。その使い手がおれば……って、この大役は、恐らくお主しかおらんようじゃの」


 全員の視線が集まった先にはソファーに座った状態でそれまで黙って話を聞いていたミルフィーの姿。そっと立ち上がったミルフィーは魔竜討伐帰還後にルーズから返してもらった世界樹ユグドラシルの杖を手に取った。


「丁度いいわ。魔竜にやられたばかりで鬱憤が溜まっていたところだもの。身体を動かすいい機会ね」

「ミルフィー。脚は大丈夫なの?」

「うちを誰だと思っているの? それにあんたにばっか苦労かけて、うちが動かない訳にはいかないでしょう」


 その場で足踏みをして問題ないとアピールするミルフィー。サザメさんによると精霊の恩寵を賜るためには、それぞれの属性の使い手が必要なんだそう。


「決まりじゃな。ミルフィー王女じゃったの。わっちの宵影渡ヨイカゲワタリでサザナミ国まで送ろう」

「感謝するわ」


 これでサザメさんとミルフィーはサザナミの国へ行く事が決まった。後は、火と風と土か……。


「火の精霊マーズの恩寵を受けるべきは……アンリエッタ・マーズ・グリモワール。お主しかおるまい」

「わたし……そうなりますよね」


 火魔法と相性がいいわたしの身体。そして、自身に名付けられたマーズの名。


「なんじゃ。そこの男から何も聞いておらぬのか?」

「え? アーレスを知っているんですか?」

「いや、知らぬ。じゃが……その風貌と双眸。お主、マーズの精霊の元守り手じゃろう。あの時・・・精霊の村は滅びた筈じゃが……まさか生き残りがおったとはのぅ」


 あの時? サザメさんはアーレスの故郷を知っているの?  


「あの……サザメさんって……一体何者なんですか?」

「フォッフォッフォ。東国の忍と言ったじゃろう? わっちの話よりも、今はアーレスとやらの話を聞いた方がいいと思うぞ?」

「すいません。では、アンリエッタ様と二人でお話させてください」


 え? そんなに大事な話なんだろうか? レイとミルフィー、サザメさんが一旦部屋から退室する。暫しの沈黙。静寂の空気は留まり、まるで時を止めているかのように音が消える。続いて聞こえたのは、ゆっくりとアーレスが息を吐く音。


 再び時が動き始めたかのように、アーレスがわたしへ語り始めた。


「ふぅ……。小生の村は魔国の北、魔竜の洞窟より更に東へ向かった先、火の精霊マーズ様が眠る紅蓮の滝の傍にありました。我々村の者達は、悪しき者より精霊の加護を護る役目があったのですが、村はかつての紛争により滅びてしまった」

「ごめん、アーレス。話しづらい事を聞いてしまって」


 魔竜との対峙でアーレスを治療した際、レイから聞いた話だ。まだ子供の頃、紛争で滅びたとされる村。それがきっかけでアーレスは魔国に引き取られたって。火の精霊を守っていたという話は初耳だった。


「いえ、いつかはアンリエッタ様にも話さなければと思っていました。それと、もう一つ、大事なお話があります」


 ひと呼吸置いて、アーレスはわたしへ告げる。それはわたしが全く予期していなかったお話で……。


「アンリエッタ様は、グリモワールとマーズの名を両方継いでいます。マーズを名乗る事が許されているのは、加護を受けた者か、守り手の血を継ぐ資格のある者だけなのです」

「え? それって?」


 わたしの視界が揺らぐ。でも、王国で育ったわたしは魔国の事も、マーズ様の事も知らないし、お母さまは先代の聖女……レイシア・ミネルバ・グリモワールで。


「あ、心配せずともアンリエッタ様の母君はグリモワール王国先代の聖女レイシア様で間違いありません。ちなみに、小生の母は、小生を産んですぐに亡くなった村の巫女。そして、父は世界各地の紛争を止めるべく、聖女の守り人をしていた男です」 


 聖女の守り人? え? 何の話? そこから導き出される可能性。つまりそれって……。


「はい。父の名はユノ・マーズ・エレメンタリア。小生のまことの名は、アーレシア・マーズ・エレメンタリア。アンリエッタ様、いえ。アンリエッタ。あなたの父はユノ。つまり小生とあなたはマーズの血を継ぐ異母兄弟です」



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