アーレスがわたしのお兄さま。突然言われても全く想像のつかない話だった。共通していたのは火魔法が得意という点のみ。容姿も双眸の形も全く違っていて、今まで一緒に居ても気付かなかった。
これまで固く閉ざされていた扉の鍵が開いた事で、アーレスがわたしの事で、知っている事を話してくれた。
その頃、世界各地で紛争も起きており、魔国も各地で暴れる魔物を制圧する事に追われていた。一方自国の力を強化したいグリモワール王国は、聖女レイシアに自国の穢れを浄化する役目……ではなく、小さな紛争を止めるべく、世界を廻る役目を与えたのだと言う。
アーレスが父ユノから聞いた話によると、グリモワール王国の聖女には当時、神殿の若い神官の中で一番力が強い者の子を宿さなければならないという慣習があったんだそう。
――そこに一切の愛はない。
でも、お母さまはお姉さま――クレアへ母としての愛情を注いだ。だからこそ、お姉さまを産んだ直後のレイシア様は最初、旅を出る事に反対した。が、結局紛争は待ってくれないという王国からの申し出に、産まれたばかりのクレアを残し、〝救世の旅する〟という王国の命を受けたのだという。
「聖女レイシア様は仲間と共に、二年かけて世界を巡りました。精霊の守り手ユノ・マーズ・エレメンタリア。伝説の大賢人ゾフィー・シルフィリア・ワーズノーズ。現代最強の
知っている名前が次々とあがる。ルーズのひいおばあちゃんに、レイと闘技大会決勝で対戦したあの鉄球使いのバトラス。まさかお母さまのかつての旅の仲間だったなんて。
「今思えば、四大精霊の力へ目をつけていた王国は、マーズの力も狙っていたのかもしれませんね。聖女レイシア様が小国の紛争を制圧し、恩を売っておけばその後、グリモワール王国に味方せざる負えなくなる。当然聖女レイシア様としては世界を救いたい。救世の旅は布石で、王国はあの時既に、精霊の力を使う事や各地への侵攻を考えていたのでしょう」
その証拠に、母が旅を終えた直後にアーレスの村は何者かによって襲われ、滅んだ。父、ユノは最期までマーズを、村を守るために勇敢に戦ったんだと言う。
「父が死んだ時、既にレイシア様のお腹には新たな命が宿っていた。救世の旅を終え、村へ父を送り届けた際、アンリエッタの命は
お母さまから、わたし達の父親はまだわたし達が幼い頃、お空の星になったんだって聞いていた。その意味がよく分かっていなかったけれど、わたしとアーレスの父も、お姉さまの父も、この戦いの歴史に巻き込まれて死んでしまったんだ。
「ありがとうアーレス……、大事な話してくれて」
「いえ。お話するのが遅くなり、申し訳ございません」
思わぬところでわたしの出生の話になってしまったが、火の精霊マーズはアーレスの村・精霊の村にあった紅蓮の滝、滝壺の裏にある洞窟に祀られており、その鍵はマーズの血を引く者のみが開ける事の出来るものらしい。
「そっか。じゃあアーレスとわたしで向かうしかないのね」
「ですね。留守はノーブルへお願いするしかないでしょう。他にもシルフィリアとノルマンディアへも使者を送る必要があるでしょうし」
「なんだか忙しくなりそうね」
「なんだか楽しそうですね」
アーレスに言われて気づく。気づいたらわたしの口元が緩んでいた。お姉さまが幽閉されているこんなに大変な時なのに。そっか。お姉さま以外に繋がっている人が見つかったからか。
「それはアーレスがわたしのお兄さまって知ったからだと思うよ? アーレスお兄さま」
「あ、いえ……今まで通りアーレスで構いません。皆が居る前では変わらずアンリエッタ様でいきますよ」
「わかった。じゃあ。二人きりの時は……アーレスお兄さまって呼ぶね。お兄さま♡」
「(なっ……どういう反応していいかわからなくなるから……)……アーレスで構いません! レイス様が怒りますよ?」
「ええ~レイは大丈夫よ。わたしとレイ、相思相愛だもん♡」
「はいはい、本人居ないところでのノロケは止めてください」
何だかアーレスとの距離がぐっと縮まった気がした。長く話し込んだからだろう。アーレスがテーブルに置いてあったコップのお水を飲んでいる。
あ、そうだ。折角の機会だし、あの話も聞いておこう。
「アーレスお兄さま♡ 結婚式はいつお挙げになられるんですか?」
ブフォッ――
「コホッ……ゴホッ、アンリ……タ様……どうして……ゲフッ……それを……コホッ!」
アーレスが盛大にお水を噴き出し咳き込んだところで、お部屋の扉がノックされた。
「お主ら、話は終わったかの? ん? どうしたんじゃ?」
「アーレス、お前が慌てているのも珍しいな」
「アンリエッタ。お兄様から少し事情は聞いたわ……ってちょっとアーレス? つまみ食いでもしたんじゃないでしょうね?」
「アンリエッタ様ぁ~~解読終わりました~~♡」
次々に部屋へと入室するレイ達一行。〝四大精霊の恩寵〟の本を解読していたルーズも一緒だ。咳き込むアーレスが手を前に出して小さく『大丈夫です』と呟いている。
うん。まだまだやるべき事は沢山あるけれど、笑顔が溢れる仲間と一緒なら、きっと大丈夫。そう思えて来るわたしなのでした。