「以上が、ひいおばあちゃんの本を解読した結果となります」
アーレスからわたしの出生の秘密を聞いた後、今度はルーズから伝説の賢人ゾフィー・シルフィリア・ワーズノーズ著――〝四大精霊の恩寵〟の解読結果を聞く事になった。
要約すると、四大精霊の恩寵を受けた者は、膨大な加護の力を得ると同時に、その属性に特化して自然を操作する能力を身に着ける事が出来るんだそう。勿論術者の魔力内で出来る事に限られる話ではあるが、
そして、もう一つ。この四大精霊の力は、創世の女神・ミネルバ様の加護により扱う事の出来る〝封印の魔法〟の発動する条件の一つになっているようで。
「恐らく……俺とミルフィーの母、シャルル・メーティア・カオスロードの魔力を封印した魔法だな」
お姉さまが届けてくれた〝大魔女シャルル封印の記録〟という本の内容を確認しつつ、レイが皆に向かって告げる。そうか。そうだった。わたしのお母さまはレイとミルフィーのお母さまを……。少し俯きかけたわたしに気づいたミルフィーがいつの間にかわたしの目の前に来ており、突然額を重ねて来た。
「痛っ」
「こら、しんみりしない! だいたい民を守るためにあんたのお母さんも戦っていたんでしょう? 王国が本当は自分たちが悪いですってあんたのお母さんへ言っていたと思う?」
「そう……だよね。ミルフィー」
「それに。魔国の歴史書では力を失った母を殺した本当の仇はシャルルさんじゃないでしょ? あんたがしっかりしなくてどうするの、アンリエッタ」
「そうだね、ミルフィーありがとう。レイ、もう大丈夫。続けて」
ミルフィーによって感情の落ち着きを取り戻したわたしは、ルーズの報告を基に皆で今後の作戦を練る事となる。
レイが順番にそれぞれの役割を伝えていく。勿論、わたしとアーレスは火精霊マーズを祀る洞窟へ。サザメさんとミルフィーは水精霊マーキュリーの恩寵を受けにサザナミの国へ。そして、土精霊アースを祀る、ドワーフの国ノルマンディアはレイが自ら。元々レイの父、ジークレイド皇帝は、現ドワーフの王とも親交があり、書状一つで何とかなるだろうとの事だった。土精霊アースの恩寵を扱えるドワーフにも心当たりがあるという。
そして、問題の風精霊シルフィーユを祀るエルフの国シルフィリア。気がかりなのはお姉さまを裏切ったレビィというエルフの動きだ。
「まぁ、現エルフの女王はクレア殿同様、洗脳や精神操作の類は一切効かぬからの。王国は恐らく、エルフの奴隷を盾に風精霊の加護を寄越せとでも脅して来るんじゃろうが……。今ならまだ間に合うじゃろうて」
風精霊シルフィーユはエルフの血筋でないと入れない場所に祀られている。更に、レビィのように悪意や己の欲に呑まれた者はそこへ入るだけで肉体を保てなくなる程の結界に覆われているらしい。そして、我々の代表として、エルフの国へ向かう人物として適任な子が今、わたしの目の前に居る。
「あの……そんな大役……わ、わ、わ、私でいいんですか?」
そう、エルフの血筋を引く者が、今、この場にはルーズしか居ないのだ。
「あなたしか居ないの! ね、ルーズ。わたしからもお願い。風精霊シルフィーユ様から恩寵。貰って来て♡」
わたしがルーズへウインクした瞬間、彼女の頭上から蒸気のようなものが噴出したかと思うと、全身から熱い炎を燃やしたルーズが両拳を握り締めた状態でわたしへ宣言してくれた。
「やります! 全力でやらせていただきます! 全てはアンリエッタ様のために♡」
「ありがとう、ルーズ」
ルーズには皇帝からの書状を託した上で、護衛に密偵ジズがつく事となる。ワーズノーズの血を引くルーズが向かうんだ。エルフの女王もきっと認めてくれるに違いない。これである程度の事態にも対応出来るだろう。余談だけど、伝説の賢人ワーズノーズは王国と魔国の戦争後、その姿を見た者はおらず、行方不明らしい。一体今、何処で何をしているのか?
これで、各々の役割が決まった。急ぎたいところではあったが、わたし達は魔竜との戦いを終えたばかり。外傷は〝治癒〟魔法で何とかしたものの、魔力を大量に消費し疲労も溜まっていたため、各国への出発は明後日と決まった。
「そうと決まれば、レイス殿。明日はわっちに魔国を案内してくれるか? お主と話したい事がいっぱいあっての?」
「いや、すまない。魔竜戦の後で疲れている。それに、今後のための準備で俺も皆もそれどころではない。泊まる場所は用意してやるから好きに過ごしてくれ」
「なんじゃ、つれないのぅ~」
両頬を膨らませるサザメ。その様子を見ていたノーブルさんが皆へ新しい紅茶を淹れつつ、サザメのカップへ紅茶を注いだタイミングで微笑み……。
「某が案内しましょうか?」
「全力でお断りするわ!
「畏まりました。こちらです」
ノーブルさんの淹れた紅茶を一気飲みし、サザメさんはソファーから立ち上がり、部屋の入口へ。ノーブルさんが恭しく一礼し、後に続く。部屋を出る瞬間、振り返ったサザメさんはわたし達を一瞥し、ひと言。
「じゃあの!」
腕を組んで
「自業自得ね」
「サザメさん、悪い人じゃないんだけど……」
レイは渡せないなぁ~という発言は心の中に留めておいたわたしなのでした。
◆
「キュウウウウウウ! キュウキュウ!」
わたしが〝浄化〟した水がたっぷりの池で
「あの子、楽しそうね」
「うん。よかった。キュウちゃん戻って来てくれて」
微笑ましく池の畔でその様子を眺めているのはわたし、ミルフィー、そしてルーズだ。闘技大会を早くに離脱したルーズは
「綺麗ですね。まるで、光の妖精さんと
「本当ね」
「でも、
キュウちゃんが鳴き声で返事をしたように見えた。わたしは持って来ていたナタリーさんのクッキーをひと欠片、キュウちゃんへ向けて投げる。嘴を器用に開き、見事にキャッチするキュウちゃん。
「ルーズ、はいこれ」
『キュウちゃんへ投げてみる?』というつもりでルーズへクッキーを渡したわたしだったんだけど、ルーズはそれを受け取る事無く可愛らしい口を開けて、そのままわたしの手のところへ持って行き……。
「わーい、ありがとうございます(パクリ)」
「え?」
「うーん。アンリエッタ様からの愛を感じます♡」
その様子を見ていたミルフィーがお腹を抱えて大爆笑。わたしもつられて笑いがこみ上げて来て……。
「アハハハハ! あんた、面白いわねルーズ! もうキュウちゃんとルーズ! どっちを飼っているのって話よねっ! 子犬みたいだし」
「フフフ、ルーズ……あなたはそのままのルーズで居てね」
「え? え? えっと……はい! アンリエッタ様♡」
純粋って素晴らしい。緊急事態が続く中、束の間の休息。
久しぶりにわたしとミルフィーは、心の底から笑い合ったのでした。