◆<聖女クレアside ~三人称視点~>
クレアが人工世界樹へ捕えられてから一週間が過ぎた。
あの日、ランスを捕えると言い残して去ったエルフィンは、その後、暫くこちらへ姿を見せなかった。クレアは少し安堵する。魔導コロニー潜入前の数日で、色々準備をしていた彼女。その中にランスの事も含まれていたのだ。
(きっと今頃ランスは
三日に一度、拘束された場所が蔦で囲まれた小部屋に変化する事があった。その時だけ、天然の蔦で出来た椅子とテーブルが用意され、身体と両脚を拘束された状態のまま、クレアに食事が用意された。恐らく、王国からしても、クレアに死んでもらっては困るという事なんだろう。
食事を運ぶ者は大抵、肌の色が乳白色から
部屋に入ったダークエルフの闇を〝浄化〟してあげる事も出来たクレアだが、魔力を吸収する蔦を前に〝加護〟の力を出してしまっては、〝浄化〟の力を吸収されかねないため、止む無く耐えた。
用意されたパンやスープ、お肉の中には、精神を麻痺させたり、快楽物質を増幅させるような成分が入っている事があったが、クレアは全て女神さまの加護で遮断した。
こうして、王国の手先として
「やぁやぁ、クレア。久しいね。僕の事が待ち遠しくて仕方なかったんじゃないかい?」
「ええ。逢えて嬉しいですわ。エルフィン」
微笑むクレアを前に眉根を潜める王子。それもその筈。彼女の食事に仕込んだ薬も、人工世界樹による洗脳も一切効いていないのだ。王子の隣に立っていたラーディは平常心を保つクレアに驚き、称賛の拍手を贈り始めた。
「いや、いやいやいや! いやはや! 素晴らしすぎますぞぉーー聖女クレア様! 今まで人工世界樹による精神操作、常識改変、肉体改造に耐え抜いた者は一人もおりませんでした。あなた様はやはり稀代の聖女である! いやぁ、素晴らしい」
「お褒めいただき、光栄ですわ。ラーディ・ヘンダーウッド」
二人のやり取りを見ていたエルフィンは、嘆き哀しむような所作で何やら演技を始める。
「クレア、君に残念なお知らせがあるんだ。君の大切な幼馴染が失踪した。今王国で指名手配をして捜索中だ。残念だが、国家反逆罪で捕まるかもしれない」
「なんと!? そうですか……それは残念でなりませんわ」
クレアも哀しそうな演技をする。彼女にしてみればランスの失踪は想定内なのだ。エルフィンは続ける。総力を挙げて〝聖女の涙〟のため、幼馴染の捜索を続けると。聖女のため、ではなく聖女の涙のためとはっきり言うところが王子らしかった。
「君に何もお土産がないと申し訳なくてね。今日は〝
人工世界樹の蔦が蠢き、丁度、〝
「何を……何をしているのですか!? エルフィン!」
「いや、何って。先日議会でね、王国をよく思っていない噂の小国を制圧する事が決まったんだよ。あ、そうそう。今一瞬映っていた彼。ソルファに変わる新たな騎士団長レイブンだ。名前だけでも憶えておいてくれ」
それは、亜人や魔物たちの国が次々に制圧される映像だった。罪もない民が殺され、村は焼かれ、小国が制圧されていく映像。
「素晴らしいでしょう? 騎士団の兜、中央へ
「そんなこと! 誰も聞いていません!」
語気を強めるクレア。身体の拘束を解く事は出来ない。映像はやがて、エルフの国シルフィリアへ切り替わる。シルフィリアの周辺は厚い結界で覆われ、ダークエルフに堕ちた者は中へ入る事すら許されない。が、元の姿へ戻り、
「シルフィリア国。美しい国だよね。清らかな水と植物。エルフの女王が住む森の奥には本物の世界樹がある精霊の森がある。まぁ、レヴィもそこまでは入れなかったみたいだけどね」
そこへ漆黒の外套に身を包んだ男と、若い女魔導師の姿が映り込む。エルフの幹部達に見送られ、国を出るところらしい。その女魔導師の姿には見覚えがあった。闘技大会へ出場し、ソルファを圧倒したあの女魔導師だったからだ。
エルフの国から離れ、男と女魔導師が何処かへ移動しようとした瞬間、レヴィ達が彼等を取り囲んだ。
「女魔導師ルーズ殿。ついて来ていただきたい」
「え?」
エルフの国、内部では影による魔法や、闇魔法も使えない。よって、外で待機していたダークエルフと、突如その場に姿を見せた何処かの国の密偵部隊であろう者達が激しく交戦し始めた。このままレヴィによって、女魔導師と男が拘束されるのではないかと思ったその時だった。眼鏡の淵をクイっとあげた女魔導師が、世界樹の枝で創られた、先端に
「今の私は、そう簡単に捕まりませんよ!」
「なっ」
巻き起こった竜巻にエルフの幹部達、ダークエルフ達が皆吹き飛ばされていったのだ。そして、漆黒の外套へ身を包んだ男の陰が蠢き、女魔導師と男はその場から消失した。
映像が再び切り替わる。何もない白塗りの部屋はきっと、魔導コロニーの内部であろう。クレアが思わず声をあげる。先程逃げた筈の二人が拘束されていたのだ。
『お前、どうやった?』
『影を扱う闇魔法。実に興味深いですねぇ~。あなた達、魔国の密偵部隊が隠れていたのは把握済でした。よって、影による移動をした際、転移先がこの場所となるよう細工をしたまでですよ』
ラーディは魔国と言った。クレアの脳裏に浮かぶアンリエッタの顔。そうエルフの国を訪れていたのは魔国からの使者だったのだ。
『杖を……返して下さい!』
『風精霊の恩寵、確かに戴きましたよ。あの国への侵入は難しいですからねぇ~いやぁ~非常に助かりました。王国へ貢献してくれたお礼に、あなた方には今度、特別な力を与えましょう』
映像はそこで途切れた。
「と、いう訳さ。因みに、
エルフィンがラーディから受け取った杖は映像にあった世界樹の枝で出来た杖だった。四大精霊の恩寵が王国に渡ると危険な事はクレアも承知だった。平穏を装い、クレアは王子に尋ねる。
「あの人達を……どうする気なのですか?」
「あれは人質さ。君同様、魔国をおびき寄せるためのね。まぁ、もう少ししたら例の実験を始めるつもりだ。王国の者同士が火花を散らす姿、君も見たいだろう?」
「この下衆王子!」
「最高の褒め言葉だよ」
このやり取りはもう何度目だろう? 諦めてはいけない。
クレアが双眸を閉じ、祈ったその時だった。けたたましい警告音が何か魔導コロニーの異常事態を告げたのは。
「どうした! 何があった!」
ラーディが操作し、〝
「報告します! 魔国の密偵及び、女魔導師ルーズ、消失。同時に魔導コロニー裏手にて爆発発生。誰かが侵入した模様です!」
「誰だ、映像には映っていないのか!?」
慌てて画面を何度も切替るラーディ。魔導コロニー内部の映像。何度か切り替わった画面の隅にほんの一瞬、僅かに映ったその姿を捉え、クレアだけがこの場で僅かに微笑んだ。
「なっ、何だこれは!?」
刹那、エルフィンの持っていた世界樹の杖から猛烈な風が巻き起こる。風は刃となり、周辺の蔦を斬り刻み、同時に〝
『聖女クレア。聞こえますか? 現シルフィリア国女王・エルフィリナです。
「ありがとうございます! エルフィリナ女王」
猛然と彼女へ迫る人工世界樹の蔓と根。拘束を解かれたクレアが杖より放つ風で断ち切る。自身の足許へ風を纏ったクレアは、捕えられていた人工世界樹の部屋より脱出する!
「幹部全員に次ぐ! 聖女クレアが逃げた! 侵入者と共に捕えよ!」
エルフィンの声が魔導コロニー内に木霊する中、反撃の狼煙が遂にあがった。