目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第8章~王都決戦編

第89話 想い、溢れて

◆<アンリエッタside ~一人称視点~>


 ジークレイド皇帝との謁見を終えたわたし達は一旦解散し、まずは各々身体を休ませる事となった。この時自室へと戻ろうとしたわたしだったが、レイがわたしの心中を気遣ってくれたのか、レイの部屋へ招いてくれたため、今は部屋で彼と一緒に居る。


「ジズさんもルーズも……無事だといいんだけど……」

「案ずるな。ジズもルーズもそう簡単に王国の手には堕ちん」

「そうね……」


 シルフィリア国で何が起きていたのか? 皇帝から拝聴した話はこうだ。


 シルフィリア国へ向かったジズとルーズは、無事、現エルフの女王・エルフィリナとの謁見を果たした。ルーズの持つ魔力が伝説の賢人ワーズノーズの血を引いているとすぐに気づいたエルフィリナは和平へ向けて協力をしてくれるとの約束の後、シルフィリア国最奥にある世界樹ユグドラシルへ、ルーズを案内したんだそう。


 選ばれしエルフの血筋のみが入る事を許される神聖な場所。ルーズはそこで無事、風精霊シルフィーユの恩寵を賜る事となる。


 ミルフィーが持つ世界樹ユグドラシルの杖同様、世界樹ユグドラシルの枝で創られた杖の名は風精霊シルフィーユの杖。先端には翠宝石エメラルドが嵌め込まれており、周囲の風を自在に操るだけでなく、水属性の魔力と呼応させる事で雷属性魔法を放つ他、恩寵の力で治癒も可能となる。


 恩寵を賜ったルーズ自身の魔力も無事強化され、これで万事うまくいく……かに思われた。が、そこに罠があった。エルフの国の幹部達に見送られ、シルフィリア国入口を出た瞬間、王国の密偵に囲まれたのだ。


「そもそもシルフィリア国は闇の魔力と〝悪意〟に対する最高密度の結界で覆われている。世界樹の恩恵もあり、あの最強の魔力は悪魔の力やこの魔剣を持ってしても打ち破れないからな。国内に入れない王国の連中が国外で待機しているのは自然の道理だ」

「でも、ジズさんの密偵やサザメさんの忍部隊も待機していたのよね?」

「嗚呼、だがそこに罠があったらしい。場に残った密偵の者から俺も既に報告は受けている。ジズとルーズは早く風精霊の恩寵を届けようと、その場でジズの影を使った転移魔法を発動させた。本来、シルフィリア国より遥か東へ転移する予定だったが、転移先を操作されていたようだ」

「そんなこと……!?」


 予め魔力を解析する事で、転移魔法が発動した瞬間、自動で別の場所へ転移するよう罠を仕掛けていた。そんな事が可能なのか? 恐らくあのランディ? ルンディ? とかいう王国の魔導騎士団長あたりの仕業だろう。ジズとルーズの魔力を追い、魔導コロニー内部に二人が居る事は分かった。一切の通信が遮断されているだけで、二人の無事は確認出来ているのだ。そして、導き出された結論が、風精霊の恩寵――つまり風精霊シルフィーユの杖が奪われたのではないか、という結論だったのだ。


「まだ完全に奪われたと決まった訳でなないし、ジズもルーズも、アンリの姉もきっと無事だ。皆、俺たちが助け出す。それで問題ない」

「……そうね、ありがとう、レイ」


 今は英気を養い、来たる決戦の時へ向け準備をし、お姉さま同様彼等を助け出すしかない。


「アンリ、疲れてはいないか?」

「うん。大丈夫。火精霊マーズ様の恩寵を受けてから、魔力が枯渇しないどころか、全然疲れる事がないみたいで」


 ソルファ戦で強制的に魔力変貌状態を創り出したわたし。レイの部屋にあった全身鏡で自身の容姿を改めて確認してみる。朱と蒼の双眸ひとみに小麦色の肌。臙脂色の長い髪は背中にまで到達していた。全身に流れる魔力を常に感じている状態。


 でも、以前と違っていたのは、蒸気のように溢れていた朱い魔力は制御しており、恐らく大魔女メーテルの杖へ内在する魔力を預け、調整する事で、酩酊状態や自身の精神をコントロール出来るようになっていた。まぁ、気分がすぐに昂揚する状態ではあるんだけど。


 鏡の前で自身の姿を確認していると、レイの姿が鏡に映り込む。わたしの両肩に手を添えたレイ。顔だけを後ろへ向けると、彼の柔らかい部分がわたしの口元へ重なった。


「その姿も似合っている。綺麗だよ、アンリ」

「もう、今のわたし、魔力変貌中よ? レイ、分かってる? 気持ち、抑えられなくなっちゃうじゃない」


 王国潜入からそのまま魔竜復活、更には精霊の恩寵を賜りに行く試練と、立て続けに有事が続いている状態だったんだ。忘れていた訳ではないけれど、それどころじゃ・・・・・・・なかったのも事実。


 そんな誘われたら……魔力じゃない、抑えていた欲情がお腹の奥底から脳髄へと駆け上がっていくのを感じた。


「戦いが始まると、きっと暫くアンリを抱けない。アンリ。俺も今、お前を抱いておきたい」

「嗚呼……レイ」


 鏡の前で彼の服のボタンを外していく。彼の肉体が露わになり、わたしは我慢出来ずに彼の胸に飛び込んだ。続けてレイが民族衣装メーテを脱がしてくれる。


黒に赤い炎をあしらったレースの下着姿になったわたしを見た瞬間、彼はそのままわたしを抱きかかえ、隣の寝室にある天蓋付のベッドへと連れて行く。そのまま彼の手から離れ、ベッドの上で弾むわたしの身体。レイがわたしの上へと重なり、倒れ込むようにして、愛の接吻くちづけを交わす。


 わたしは彼の背中へと腕を回し、彼の温もりを全身で噛みしめていく。


「アンリ、ずっと一緒だ。愛している」

「うん。わたしもよ。愛しているわ」


 嗚呼、わたしの中がレイでいっぱいに満たされていく。うん、こんな事をしている場合じゃないって分かっているのに、もう抑えられない、止められない。ううん。むしろ、今こんな時だからこそ、お互いの温もりを確かめておきたかったのかもしれない。


 きっと、平穏の時は終わりを告げ、もうすぐ最期の戦いが始まる。

 気を抜くと溢れて来る不安を上書きするかのように、わたしはレイと抱き合った。溢れ出す感情の赴くまま、何度も、何度も。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?