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第91話 協定破棄 

◆<アンリエッタside ~一人称視点~>


 わたしがレイと何度も交わい、一つとなった翌朝。白いレースの寝巻きネグリジェに身を包んだわたしは、レイの部屋にある全身鏡で自身の姿を凝視していた。


「嘘、ねぇ、レイ? 見て? わたし、〝魔力変貌〟を起こしていないわ!」

「嗚呼、それだけアンリが強くなった証拠だ」


 後ろから優しく包み込んでくれるレイの背中が温かい。背中越しにキスされる前に、わたしから彼の方を向き、薄桃色の彼の口元をついばんだ。


 昨日全身鏡で見たわたしの容姿は、朱と蒼の双眸ひとみに小麦色の肌。臙脂色の長い髪は背中にまで到達していた。王国で肌を重ねた時もそう。沢山の魔力を取り込んだわたしの身体は、昨晩と変わらず変化したまま……そう思っていた。


 それに昨晩は、王国の時よりも甘く、熱く、蕩けるような夜を過ご……嗚呼、駄目だ。想像するとまた全身が熱くなってしまうから、この位にしておこう。とにかく、目覚めた時、肌の色が小麦色を超えて真っ黒になっているんじゃないかと思っていたわたしだったんだけど、肌の色も髪色も元の色に、あの酩酊したような昂揚した気持ちも抑えられていた。


「今のアンリの身体には俺の魔力が沢山流れている。だが、火精霊の恩寵を経て大量の魔力を制御出来るようになった今のアンリは、魔力変貌を起こさずとも魔力を体内へ留める事が出来るようになったんだ」

「そっか。でも、これなら、ちゃんとわたしの姿のまま、レイを愛せるわ」


 もう一度、朝の抱擁をし、互いの温もりを確かめ合った後、再び顔を見つめ合う。


「どっちの姿の君も素敵だよ、アンリ」

「レイもね」


 本当はずっとこうして居たい気持ちもあったが、今は一刻の猶予も許されない緊急事態の最中。わたし達は互いに頷き、いつもの衣装を身に纏い、レイの部屋を出た。


 そして、わたし達が望んでいなかった、運命のときが訪れる事となる――



 魔国カオスローディア、謁見の間。王の玉座へジークレイド皇帝。隣の玉座へレイ。


 ノーブルさん、アーレスお兄様が横に控える形で、以下、魔国幹部及び、サザメさんとノルマンディアのガンダールさん、主要メンバーが一堂に会していた。


 ジークレイド皇帝の手には書状のようなものが握られており、書状を見つめる皇帝のその眼差しは、怒りを内に秘めたかのように静かに燃えていた。


「王国は……あの時、あれほどの犠牲を払っておきながら、過去と同じ過ちを再び繰り返そうとしている」


 そう、皇帝の手にあったもの、それは、グリモワール王国からの書状。ジークレイド皇帝が皆の前で書かれていた内容を読み始めると、皆、震える拳を自らの意思で抑え、真剣な面持ちで皇帝が書状を読み終えるまで待った。


 グリモワール王国の言い分はこうだ。

『グリモワール王国第三十回闘技大会会場にて、第一王子レイス・グロウ・カオスロード がミルフィーユと名乗る魔女を引き連れ、王国への宣戦布告とも取れる戦闘行為を行った。よって、これを休戦協定に反する行為と見做し、グリモワール王国は魔国カオスローディアに対し、武力行使を行うものとする』と。


 皆が静まり返る中、怒りの言葉を呪詛のように吐き捨てたのは、皇帝でもレイでもなく……やはり彼女だった。


「あいつら……絶対に許さないわ! 前の戦争で沢山の人達を……お母様を殺しておきながら……また過ちを繰り返す気なの!?」

「ミルフィー」


 わたしは冷静に顔をあげ、腕を組んだまま静止していた彼に問う。


「どうするの、レイ?」

「嗚呼、直ぐに王国の魔導コロニーへ潜入するしかないだろう」


 レイの意見に皆が同調する。密偵幹部の者達も同席していたのだが、皆、各々静かに闘志を燃やしているようだった。


「密偵部隊の報告によると、現在グリモワール王宮騎士団の精鋭部隊は、先日制圧した蜥蜴人リザードマンの国・リザードリバーに潜伏。すぐにでも魔国へ攻め入るつもりだろうが、リザードリバーと魔国の間にはドワーフの国・ノルマンディアがある。そう簡単に魔国へ攻め入る事は出来まい」


 皇帝がそう告げる。王国が魔国へ攻め入る前に、わたし達が魔導コロニーへ潜入し、お姉さまを救出、同時に内側から王国を叩く。これが最善策であるという結論に至った。


「魔国と王国、わっちやそなたらの密偵ならまだしも、通常の移動ならば高速移動でも三日はかかる。お主らどうする気じゃ?」

「え? サザメさん、宵影渡ヨイカゲワタリでわたし達を王国まで一瞬で・・・連れて行ってくれるんじゃないんですか?」


 まるでそうなる事が自然だと言わんばかりにわたしやミルフィー、アーレス、ノーブルさんまでもが頷いていた。


「待て待て待て! この大人数の転移はわっちの魔力が足りぬ。だいたいそこのミルフィーをサザナミ国へ送った時も、わっちはヘトヘトだったんじゃぞ!? 膨大な魔力が無ければ、長距離間の転移ゲートは維持出来……いや、そうか。お主らが協力してくれるならば、話は別じゃの」


 サザメさんの視線は、わたし、そして、ミルフィーを交互に見据えていた。その視線の意図に気づいたミルフィーがサザメさんに向かって微笑んだ。


「うちの魔力、高くつくわよ?」

「ならば、その礼にサザナミ国の甘味を持って来る事にしようぞ」

「だって。アンリエッタ。うちとあんたの共同作業。やってみる価値はあると思うけど?」


 ええええ? ミルフィーと初めての共同作業だなんて……フフフ。もう、ミルフィー。魔力変貌は起こしてなくても、沢山の魔力を内に秘めている今のわたしは滾りやすいんだから……。


「ミルフィーがいいなら。わたし、いつでもオーケーよ♡」

「ちょちょっ、近い近い。アンリエッタ、近いから!」


 ふふ、相変わらず近づくと頬を染め上げるミルフィーが可愛いわ。昨日の事を思い出して熱くなっちゃうじゃない。


「決まったようだな。では、お前達それぞれの役目を命ずる」


 皇帝が次々と指示を出していく。

 ジズ不在の中、密偵部隊はシルフィリア国からグリモワール王国へ向かった部隊を除き、カオスローディアの防衛に当たるため、待機。同時に緊急事態の報告のため、ノルマンディアへ数名の密偵及び、兵士の一部を派遣する事に。


 ノーブルさんは魔国へ残り、ノルマンディアからの戦士団と合流次第、魔国の防衛を強化。住民達が戦闘に巻き込まれないよう、避難指示を仰ぐ。


 四大精霊の恩寵を受けたわたし、ミルフィー、そしてガンダールさんも今回は王国潜入部隊に。レイ、アーレス、サザメさんも一緒だ。


 魔導コロニーへの潜入は、わたし、ミルフィー、レイ、ガンダールさん。

 サザメさんとアーレスは、王国に潜入次第、別軸で動く。魔剣グラトニクスの捜索・・だ。


 尚、サザメさん率いる〝宵闇〟は既に王国各地へ潜入済らしい。現地での後方支援及び、王国の闇を監視する役目。


 これで、それぞれの役割が決まった。王国の精鋭部隊が魔国に攻めて来る前に、魔導コロニーへ潜入する。お姉さま、ジズやルーズを救出し、王国の闇を叩く。そう、遂にこの時がやって来たんだ。


「あの……ジークレイド皇帝。一つよろしいでしょうか」

「有無。アンリエッタ。申してみよ」


 この場にはサザメさんやガンダールさんも居る。わたしはあくまでオブラートに、聞きたかった事を尋ねる。


「闘技大会の際、わたしは会場に居た者達が『魔国が悪い』と思わないよう、あの場で眠ってもらい、うまく思考誘導・・・・したつもりでした。それに、王国の中にも戦争は反対の人だって居る筈なんです。どうしてこうなってしまったのでしょうか?」

「簡単な事だ。ベルゼビアの力を持つ者が、思考を支配しておるのだろう」

「それは……!?」


 闘技大会会場で行った〝魅了〟の力。あれは、大悪魔サタンの眷属である悪魔ラミアの力であった。つまり、同じ悪魔の力でも、上位の者の力ならば思考を上書き出来るんだそう。そこまで考えていなかった。これはわたしの失態だ。本格的に戦争が始まる前に手を打つしかない。


「案ずるなアンリエッタ、あの場ではあれが最善策だった。今から俺たちが戦争を止めに行く。それだけだ」

「そうね、レイ。ありがとう」


「今回はうちも一緒よ」

「そうね、よろしくミルフィー」


 そうだ。今回はミルフィーも、アーレスお兄様も一緒に王国へ潜入するんだ。サザメさんやガンダールさんも居る。こんなに心強い事はない。


「皆でこの戦争、起きる前に終わらせるぞ」


 こうして来るべくして時は来た。

 グリモワールとカオスローディア。最期の戦いが今、幕を開けようとしていた。



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