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第92話 正面突破

 ミルフィーとの初めての共同作業は、滞りなく行われた。


 王国内部に待機しているサザメさんの〝宵闇〟部隊の者が、宵影渡ヨイカゲワタリによって創られる陰の転移門ゲートを魔力と結界によって固定する。


 続けてわたしとミルフィーが手を取り合い、世界樹ユグドラシルの杖、大魔女メーテルの杖を重ね、魔国側より大量の魔力を送り込む。


 サザメさんが陰の秘術を彼女の手が離れた状態でも維持出来るよう、わたしとミルフィーの魔力を転移門内部へ固定。サザメさん以外の人物が通過した際に、異常事態が起きないよう、結界を張る。これで、転移失敗で大怪我をするリスクは回避出来た。


「わっちの〝宵闇〟幹部が安全な場所へ転移門ゲートを張っておる。安心して飛び込むがよいぞ」


 カオスローディア城、城門前にて創られた転移門ゲート。魔国の兵達がわたし達を送り出すべく、周囲を囲んでいる。皆、頷き合い、転移門ゲートへ向かおうとした時だった。


「あ、あの……!」


 お城入口の扉より、一人の侍女がこちらへ向かってやって来るのが見えた。ナタリーさんだ。


「……お兄様」

「そうですね」


 わたしはお兄様の脇腹を肘で突き、彼女の前へと送り出す。皆が見守る中、両手を握るアーレスとナタリー。


「絶対に帰って来るのよ。絶対よ!」

「勿論です。悪夢の連鎖を終わらせて来ます」

「これ……持って行って」

「これは……」


 ナタリーがアーレスへ渡したのは、可愛らしいケルベロスの刺繍が入ったハンカチだ。後でお兄様に見せてもらったんだけど、遠目ではあの時のものだと思ったハンカチ、よくよく見るとケルベロスの下に赤い糸でアーレスの名前が刺繍されていた。それはナタリーがアーレスのために刺繍したお揃いのハンカチだった。


「これならいつでも思い出せるでしょう?」

「ありがとう」


 軽く抱擁を交わし、背を向けて歩き出したアーレスへナタリーは深く深く一礼した。

 わたし達のところへ戻って来たアーレスは皆へ向かってひと言。


「お待たせ致しました。参りましょう」

「嗚呼、では、皆の者行くぞ!」


 レイの号令と共に、わたし達は転移門ゲートへ飛び込んだ。

ついた先はグリモワール王国のとある地下施設。そこにはかつての戦争の際、地上での攻防から身を護るため、住民が避難するためのシェルターがあった。


「お待ちしておりましたサザメ様」

「うむ。住民の避難は?」

「無事、王都大半の住民は、地区ごとに、あちらの各シェルターへ避難しております」

「ご苦労じゃったな。引き続き、地上への監視をせよ」

「御意」


 かなりの人数を収容出来るシェルター。今、地上の街はもぬけの殻状態らしい。〝宵闇〟監視の下、王国のある人物・・・・の手引きにより、うまく避難誘導が成功したみたい。これなら万が一、地上で戦闘が起きても安心だ。


 転移門ゲートは万が一、王国の者が逆利用し、魔国へと向かってしまってはいけないため、王国側の転移門ゲートを一旦陰の中へ隠す事とした。


 〝宵闇〟の報告によると、既にその人物は、昨日・・なんとお姉さまを救出するため、わたし達の幼馴染であるランスと共にひと足早く魔導コロニーへ向かったんだそう。


「もし仮に王国に捕まっていないのなら、ジズと合流し、陰に潜伏している可能性もあるな」


 一日前か。果たして皆、無事だろうか? 囚われの身であるお姉さまの安否が気になる。ジズさんやルーズも、皆無事であると信じたい。


「わっちの〝宵闇〟も探索したが、魔導コロニー内部との通信は妨害されるらしく、あの密偵ジズと意思伝達する事も不可能じゃった。やはり当初の通り、直接向かうしかなかろう」


 レイも先日同じような事を言っていた。ジズとの連絡が途絶えた……と。

 あとはどうやって魔導コロニー内へ潜入するか? 昨日部外者の侵入を許してしまった魔導コロニーは、現在あらゆる物理攻撃も魔法による攻撃も受けつけない強力な結界で覆われているそうで。


「まぁ俺の魔剣で結界を破って侵入する事も出来るが、それは得策ではないだろうな」

「どうせなら、王国にひと泡噴かせる程の強力な一撃をお見舞いしたいわね」


 嗚呼、ミルフィーが凄くやる気だ。双眸ひとみが笑っていないもの。ミルフィーと二人で強力な魔法をお見舞いしてもいいんだけど、この後の戦いを考えると温存しておきたいし……。誰か結界を一撃で壊せるような強力な攻撃が出来る者が居たなら……。


「あ!」

「どうした、アンリエッタ?」

「レイ。わたし、どうすべきか、分かったかもしれない」 



 グリモワール王国魔導コロニー。巨大な繭のようなドーム状の建物はグリモワール城と同規模の広さを持っており、遠くからでもはっきりとその存在感を示している。そんな魔導コロニーの遥か上空、陽光を吸い込み銀色に煌めく翼をはためかせ、大きく旋回しながら飛来する巨大な竜の姿があった。


「シルちゃん。お願い」

「心得た」


 わたし、レイ、ミルフィー、ガンダールの四名を背中に乗せたまま、聖竜シルバリス・・・・・・・の巨大な顎門あぎとから放たれる一条の光。聖なる炎が魔導コロニーを覆う最高密度の結界を包み込んでいき、やがて、圧縮された膨大なエネルギーと〝浄化〟の光に耐えられなくなった結界は、窓硝子が割れた時のような音を立て、飛散した。


「今よ、シルちゃん!」

「皆さん、しっかり掴まっていて下さい」


 地上で何事かと警備の者達が戸惑っている中、聖竜シルちゃん魔導コロニーへ向けて急降下し、白く輝くほのおの火球を放つ。コロニー上部の白いドーム状の天井が爆発し、大きな穴が開いた。


「シルちゃんはそのまま神殿の方へ! アーレスと合流して!」

「承知」


「皆の者、行くぞ!」


 聖竜シルバリスから飛び降り、ドームへ空いた穴からわたし達はコロニー内へと潜入する! シルバリスの巨大な体躯へ向けて魔導師団の者達が魔法を放つも、無傷の聖竜は再び上空へと飛び立った。


 この後シルちゃんにはアーレスと合流し、神殿の結界を壊してもらう。目的は二つ。王国の警備と意識を分散させる目的と、サザメさんの神殿への侵入経路の確保。


 王国内であの禍々しい妖氣エナジーを隠し、感知出来ないよう隠せるような場所は、分厚い結界に覆われた魔導コロニーか神殿しかないのだ。


『魔導コロニー内部へ侵入者、四名。場所は中央付近、訓練エリア。繰り返す! 魔導コロニー内部へ侵入者――』


 わたしは双眸ひとみを閉じ、魔力を感知する。嗚呼――居る。この空間の何処かに……お姉さまの温もりを感じる。


 王宮魔導師団の幹部らしきものが巨大な土人形ゴーレムを数体創り出し、行く手を阻む。


「そんな玩具おもちゃでは儂を止める事は出来んぞ」

「ガンダールさん!」


 魔導師団の創り出した見上げる程の大きさの土人形ゴーレム。それよりも更に大きな、魔導コロニー天井付近までの高さを誇る超大型土人形ゴーレムが、まるで赤子の手を捻るかのように魔導師団の土人形ゴーレムを踏みつぶし、蹴散らしていく。


「先に行け! 恐らくあそこから地下へ行ける! 儂も後で合流する」

「ガンダールさん、ありがとうございます!」


 ガンダールさんへ一礼し、わたし達は魔導コロニー中央、地下へと続く筒状の設備へと向かった。


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