「レイ、これって」
「嗚呼、覚悟はしておいた方がいいな」
「いつでも準備オーケーよ」
筒状の設備へわたし達が入った瞬間、眼前にあったパネルへ触れなくとも自動で扉が閉まり、床が下へと動き出した。まるで、何者かが導いているかのよう。
扉が開くとそこは、何もない真っ白の空間だった。まるで地上の昼間のように白く発光する壁。空間の中央に誰かが立っている。あれは……まさか!
「クレアお姉さま!」
「嗚呼、アンリエッタ!」
お姉さまと同じ魔力の匂い。星空を吸い込んだかのような眩しく煌めく銀髪。蒼色の
「え?」
「あら、残念♡このままアナタヲ姉の姿で堕としてアゲヨウと思ったのに」
「アンリエッタ! 下がって! そいつ、
ミルフィーがお姉さまの偽物へ向けて冷気の波を放つ。片腕を前に出し、結界で冷気を受け止めた偽物。やがて、仮面が剥がれるかのように皮膚がドロドロと溶け落ちていく。全身を
「ダークエルフのレヴィでございます。此処であなた方とお相手するのがワタクシメの役目でございます」
「レヴィ? 確か、闘技大会に出場していたエルフ……あなた、シルフィリア国幹部のエルフじゃなかったの?」
まるで不思議そうに小首を傾げるダークエルフ。露出の多い黒光りする衣装に、漆黒の弓。あの清廉としていたエルフ幹部としての姿はもうそこにはなかった。恍惚そうな表情で両頬を押さえたレヴィは、妖しく舌なめずりをし、そして嗤う。
「フフフ……アハハハハ! それはもう過去のお話です。今ではエルフィン様の忠実な
このエルフを〝浄化〟の力で元に戻す事は果たして可能なのだろうか? いつ攻撃が来てもいいよう、レイとミルフィーは身構えている。わたしが〝浄化〟の加護でレヴィを救おうか、考えていたその時だった。
『――そんな汚らわしい視線でぇ、アンリエッタ様を見るなぁあああああ!』
「え?」
猛烈な風がレヴィの身体を吹き飛ばし、レヴィは側面の壁へ激突してしまう。
わたしの前へ立ったその人物は、いつもの臙脂色のお下げを激しく揺らし、
「え? ルーズ! よかった! 無事だったのね」
「話は後です! アンリエッタ様、ひとつ奥の部屋で
「!?」
え? どういう!? 捕えられていた筈のお姉様が? もしかして、ジズとルーズはお姉さまと合流していたというのだろうか? いつもなら尻尾を振って再会を喜ぶルーズが真剣な表情で側面へ弾き飛ばしたダークエルフを見据えている。わたしへ背を向けたまま、ルーズは言葉を紡ぐ。
「だから、此処は私に任せて先に向かって下さい!」
「でも、ルーズ!」
「此処はなんとかしますので……後で、いっぱい撫で撫でしてください」
「ありがとう、ルーズ! ミルフィー、レイ! 行こう!」
「嗚呼」
「無理はしないのよ、ルーズ」
わたし達はルーズを置いて、先の部屋へと向かう。そして、扉を抜けた瞬間、そこでは魔導師団の者と何者かが激しい戦闘を繰り広げていた。
「奴を止めろぉおおお! 聖女を捕えよ!」
「――
何者かが手に持つ鎖に繋がった巨大な武器を激しく旋回させた瞬間、舞台中央に猛烈な風が巻き起こり、同時、魔導師団の者数名が結界ごと吹き飛ばされている。次々に入れ替わるようにして魔導師団幹部らしきもの達が交戦に出るも、その大男の進撃を止める事が出来ない様子。
「バトラス・ウエストリバー、どうして此処に」
闘技大会決勝、レイの対戦相手。王国最強の
「ジズ。無事で何より」
「お待ちしておりました。
「え? でもジズ、
「ルーズ様が風精霊の恩寵による結界で覆ってくれました。このお陰で魔導コロニー内部へ潜入しながら、〝黒影〟魔法による潜伏が可能となりました」
ジズの報告を聞いたミルフィーが『あの子、やるじゃない!』と感心していた。わたしも同じ気持ちだ。『お姉さまを護ってくれてありがとう、ルーズ』と、あとでいっぱい頭撫で撫でしてあげなくちゃね。
魔導師団による猛攻を回避しつつ、わたし達は
「俺は此処で外の監視をしておく」
「行って来なさいアンリエッタ」
「うん、レイ、ミルフィー」
滲む視界を
立ち上がった彼女のふんわりとした銀髪が靡く。優しく全身を包み込んでくれるような温もりと慈愛の微笑み。嗚呼、わたしが知っている
「逞しくなりましたね、アンリエッタ」
「お姉さま……ずっとずっと……わたし……どんなにこの時を待ち望んでいたか」
ゆっくりとお姉さまの胸へ身を寄せるわたし。そのまま包み込んでくれる温かな手。
滴る雫が頬を伝い、床を濡らしていく。
「心配したのですよ、アンリエッタ」
「わたしもです! 王国の真実を、お姉さまへ伝えたくて……お姉さまを助けたい一心で……此処まで来ました」
「ええ。全部ちゃんと分かっていますよ。ありがとうアンリエッタ」
「お礼を言うのはこっちの方です、クレアお姉さまぁあああ」
押さえていた感情が堰を切ったかのように溢れ出す。王国を追放されてからこれまでの出来事が走馬灯のように流れて来る。
「話したいことがぁ……ひくっ……いっぱい、いっぱいあるの! 紹介したい人もいっぱい居るのぉお……」
「ええ。ええ」
まるで子供のように泣きじゃくるわたしの頭をそっと撫で、全てを受け止めてくれるお姉さま。よかった。お姉さまへ本当に逢えてよかった。
こうして、王国潜入の最中、最終決戦を前にわたしは無事、クレアお姉さまと再会を果たす事が出来たのです。