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第95話 王子との再会

◆<アンリエッタside ~一人称視点~>


 陰の空間より外へ出るとバトラスの前には戦闘をしていたほぼ全員、交戦していた王宮魔導師団の者達が倒れていた。これは長期戦による魔力切れ。己の肉体のみで戦うバトラスさんに対し、魔導師団は魔力が全て。たとえ実験で強化しているとしても魔力が枯渇すれば意味を成さなかったんだ。


「クレア殿。こちらは終わりました。さぁ、参りましょう」


「待て……まだ終わって」

「あなた達はちょっと眠ってて♡」

「あ……」


 数名僅かな魔力でこちらへ向かって来る者が居たので眠らせておいた。無駄な戦闘を続けるより、そっちの方がよっぽど平和的解決でしょう? 


 先に続く扉へ入ると、そこは深緑色の茎のようなもので覆われた禍々しい空間だった。まるで、植物の脳味噌が床、壁一面を覆っているかのよう。壁自体が意思を持っているかのようで、とても薄気味悪かった。


「やはり……ラーディはこの先の部屋と空間。自在に形を変える事が出来るようですね」

「え? それじゃあ、人工世界樹へ辿り着けないんじゃ……」


 わたしの心配を他所に、深緑色の空間中央に巨大な植物の魔物が顕現する。胴体は人の形をしているけれど、脚は植物の根、腕は蔓で出来ている。しかし、その植物の魔物に思わぬ人物が駆け寄り、声を掛けたのだ。


「え? そんな……嘘だ……フォース兄さん……なの!?」

「ワタシハ、フォース=トレンダー。ランスカ、お前モコッチへオイデ。愉シイヨ?」

「嫌だ! 兄さん! 目を覚まして!」

「サァ、王子ニ弟ヲ献上セネバ」


 複数の植物の蔓がランスへ向けて伸び、わたしが熱線で蔓を焼き切り、ミルフィーが氷刃で蔓を斬り捨てる。と、同時、レイがランスの身体を抱き上げ、植物の魔物による攻撃から彼を護る。


「何? この子の兄さんなの?」

「はい。フォース・アルバート。魔導師団の若きルーキーだった彼ですが、わたしの味方をして下さったばっかりに王子の実験で魔物化してしまったのです」


「お姉さま。魔物化ならば〝浄化〟の魔法で彼を救ってあげたなら……」

「わたくしもそうしたかったのですが、これ以降の空間で〝浄化〟の魔法を使えば、人工世界樹のエネルギーとされてしまうようなのです」

「そんな……」


 それでお姉さまは、彼を救う事が出来なかったのか。では、どうすれば……。 


「魔法が駄目ならば、オレの出番だな」

「簡単な事だ。〝浄化〟が駄目ならば、魔剣で妖氣エナジーを吸い出せばいい」


 此処で前に出たのはバトラスさんとレイだった。闘技大会の決勝で手の内を明かした者同士。横に並んで頷いたレイとバトラスは、二手に散開する。うねる植物の根を躱し、根の上に飛び上がり、蔓を斬り捨てるレイ。バトラスは鉄球を回転させ、フォースへ向けて猛然と突進していく。


「長くなった髪は斬るものだ。根も同じ事!――翼竜暴風迅ヴィーヴル=カタストロフ

「アガガ、アガガガガガ!」


 襲い掛かる木の根全てを斬り刻み、巨大なフォースの体躯を吹き飛ばすバトラス。そして、ちょうどフォースの人間の身体と植物部分の境目。鳩尾あたりに淡い翠色の光の塊が見えた。レイは素早く飛び上がり、その光の塊へ魔剣を突き刺した。


「――妖氣エナジー強制融合」

「ウグ……グルァアアアア!」


 あれは……魔竜との戦いで毒と妖氣エナジーに冒されていたアーレスを治療する際、レイが彼に行った妖氣エナジーを強制的に吸い出すやり方だ。


 苦悶の表情で激しく暴れるフォース。やがて、肌の色が元の肌色へと戻っていき、腕の蔓は枯れ、木の根が強制的にフォースの肉体から剥がれ落ちていった。残念ながら腕は無く、瘦せ細った脚だけはかろうじて残っていた。


「兄さん! フォース兄さん……」

「ランス……すまない」

「兄さん! 兄さん!」

「大丈夫だ、気を失っているだけだ」


 横たわる兄の身体を揺さぶるランス。レイが魔剣で吸収する魔力を調整した事で、命に別条はないみたい。


むごい事をする。人を人とも思っていない」

「命への冒涜ね」


 腕を組み静かに怒るバトラスへ同調するミルフィー。一体、彼らは此処までして何がしたいのか? 最早、彼らの目的が分からなかった。


 すると、刹那、激しく地面が蠢き、突然幾つもの壁が地面からせり上がって来たのだ。大地が激しく震動し、床が蠢いている。


「アンリエッタ!」

「お姉さま!」


 隆起する地面を回避し、お姉さまの腕を掴むわたし。空間全体が動いている。部屋を閉ざしていた先の壁が無くなり、わたし達はそこへ導かれているようだった。


「くそっ、待ちなさい!」

「ミルフィー!」


 ミルフィーが放つ氷魔法が透明な壁に阻まれる。気づけば、先程まで同じ空間に居た仲間達がそれぞれ四つに隔絶され、レイの空間、ミルフィーの空間、わたしとお姉さま、バトラスとランスに分断されてしまった。


 空間を隔てている壁へ向け、試しに強力な熱線を放つも、燃えるどころか弾かれてしまう。


「みんな、待っていたよ。ようこそ魔導コロニーへ」


 声の主は紛れもなく、グリモワール王国第一王子エルフィン・ネオ・スペーシオ。レイの居る空間に扉が現れ、王子はそこから登場した。


「魔国カオスローディア第一王子、レイス・グロウ・カオスロード。闘技大会以来だね」

「エルフィン、貴様。何が目的だ」

「まぁまぁ、レイス王子。折角の再会を喜ぼうじゃないか」


 エルフィン王子の視線はレイから隣の空間にお姉さまと立っていたわたしへ向いた。そして彼は、何かを思い出したかのように手を叩く。


「そうだ。アンリエッタ。やはり君は聡明だった。魔女となってぼくとソルファへ見事報復までやって退けた。君は素晴らしい逸材だったよ」

「お褒めに預かり光栄です。この下衆王子!」

「最高の褒め言葉をありがとう、アンリエッタ」


 闘技大会での激突、ミルフィーユがわたしだった事もエルフィン王子は既に知っているようだった。それはそうよね、ソルファがそう話していたもの。


 空間内の声は反響し、閉ざされた別の空間に居る者にも聞こえる仕様になっていた。エルフィンは声高らかに両手を広げ、こう宣言する。


「折角皆、わざわざ魔国から来てくれたんだし、少し遊んであげようと思ってね。今日は席を用意したんだよ。ほら、あっちも」


 エルフィンが指差した空間には透明な壁へ向けて氷魔法を放つミルフィー。その背後に突如扉が出現し、一人の人物がミルフィーに呼び掛けた。


「無駄ですぞぉ~。全ての属性の精氣スピリッツを吸収し終えた人工世界樹による結界です。透明な壁を打ち破りたければ、エルフィン殿と我ラーディを撃ち破る事です」

「バトラスとランスにはフォース=トレンダー君を用意していたんだが、こうも早く倒されるとは意外だったよ。バトラス、君はそこで見学していてくれ」

「エルフィン、貴様!」


 バトラスが鉄球をエルフィンの居る側の透明な壁へ向けて振るうも、傷ひとつつける事も出来ない。


「バトラス。こいつは俺の獲物だ。エルフィン。丁度いい。お前とはいずれ決着をつける予定だった。いいだろう。その誘い、乗ってやろう」

「この日のために、蒼の聖剣ブライトロードを用意した。よかったら楽しんでくれ」


 魔剣カオスロードを引き抜くレイに対し、蒼い刀身の剣を引き抜くエルフィン。どうやら本気でレイと戦うつもりらしい。


「レイ!」

「アンリエッタ! 姉と先に行け! その空間の奥から途轍もなく禍々しい気配を感じる」

「でも!」

「俺は大丈夫だ」


「そうですぞぉ~~アンリエッタ。君と戦いたかったのですが、君と聖女殿には先約・・が居ましてね。奥の部屋でお待ちですぞぉおおお」

「先約?」


 ラーディの言葉に眉根を潜めるお姉さま。一体、この先に誰が待ち受けているというのか?


「アンリエッタ! 丁度、うちも恩寵の力を試したかったところなの。先に行きなさい」

「ミルフィー……分かった。お姉さま行きましょう」

「ええ。皆さん、ご武運を」


 わたしはお姉さまと魔導コロニー最深部へと向かう。地下とは思えない広い広い空間に、お姉さまから聞いていた人工世界樹が禍々しい葉を全体に生い茂らせ、空間に聳え立っている。


そして、その根元に立つ人影に、わたしとお姉さまは思わず息を呑んだ。



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