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第96話 魔導師と魔女

 わたし、アンリエッタがお姉様と魔導コロニー最深部へと向かった後、残されたレイとエルフィン、ミルフィーとラーディによる壮絶な闘いが幕を開けてしまった。


「彼とやるにはやや狭いな。ラーディ、そっちも窮屈だろう? 戦闘領域バトルエリアを拡大してやってくれ」 

「分かりましたぞぉおおお。人工世界樹よ、各戦闘領域バトルエリア拡大ですぞぉおおお!」


 ラーディが手に持つ杖で地面を叩く。すると、翠色の床が蠢き、四方の壁がだんだんと広がっていき、先日の闘技大会会場ほどの広さへと拡大した。各領域の境界は厚い結界で覆われており、あらゆる攻撃を遮断する仕様。誰にも邪魔されない状況下での戦闘が始まった。


「サァ、あちらも始めているようですし、こちらも始めましょうか?」

「そもそもあんたのこと、うちは知らないんだけど?」

「は? なんと!? なんとぉおおお!? 我を知らないと? グリモワール王国王宮魔導師団団長ラーディ・ヘンダーウッドをご存知ない?」

「え? 派手でへんなウッドですって?」


 フッっと息を吐きながら聞き返すミルフィーのその台詞に丸眼鏡の淵を右手で掴んだラーディのこめかみあたりに血管が浮き出る。


「……あなたこそ、どこのどなたですかぁ?」

「魔国カオスローディア第一王女、ミルフィー・ラミア・カオスロード。覚えておきなさい。あんたに死ぬよりも恐ろしい凍える程の恐怖を与えてあげるわ」 

「……それは興味深いですねぇ~では、行きますぞぉおお」

「準備運動には丁度いいわね」


 言葉の応戦を終えた両者が相手へと杖先を向ける。ラーディは火球、ミルフィーは氷塊。互いに放った魔法が領域中央で爆発を起こす。それが開戦の合図となる。


 続け様に火球と氷塊を放ちつつ、円環を描くように領域の端を旋回する両者。互いに足を止めた瞬間、ミルフィーは上空へ杖先を向け、ラーディは地面へ杖を突き立てる。


「〝氷刃裂突ケレスラーミナきわみ〟」

「〝魔陣奔流マナ=タイダル〟」


 五月雨のように襲い掛かる無数の氷刃ひょうじんを、ラーディは全て魔力の障壁で受け止め、やがてその障壁はそのまま魔力の巨大な波へ変化し、ミルフィーへと襲い掛かる。が、ミルフィーも動じる事無く地面へ杖を突き立て、氷の壁で受け止める。


「〝氷地刻葬ケレスヴィーナス〟」


 今度は氷の波をミルフィーが放つ。領域全体、翠色の床が一瞬にして凍る。その場に立つ者は回避不能の氷結魔法……だったのだが、この時ラーディは既に足許に風の膜を張り、宙へと浮かんでいた。


「〝疾風迅雷トール=ヴェントス〟」

「っつ!?」


 領域全体に突如巻き起こる風刃ふうじん雷迅らいじん。回避不能の全方位攻撃。氷の壁が間に合わず、ミルフィーの身体へ直撃する。風により後方へ吹き飛ばされたミルフィーは壁に激突する直前、後方へ水流の膜を張り、地面へと着地した。


「おやぁ~おやおやぁ~? その程度の魔法では、我に恐怖どころか傷すらつけられませんぞぉ?」

「ま、そうでしょうね。今のはいいマッサージになったわ。で、もう終わり? 魔導師団の団長なんでしょう? もっと色んな魔法、使えるんじゃない?」

「勿論ですぞぉ~」

「なら、うちを止めてみなさいよ」


 ミルフィーが広範囲の氷による波を引き起こすと、今度は炎の壁を巻き起こすラーディ。氷の波が相殺されたところでミルフィーへ向けて上空から溶岩の雨が降り注ぐ! ミルフィーはそれを踊るような捌きで回避していき、返しに圧縮した水流を一直線にラーディの胸元目掛け放つ。ラーディが創り出した結界を貫通した水流は、今度はラーディの身体を後方の壁まで吹き飛ばした!


 ラーディの身に着けている赤紫色のローブは魔法による耐性がついていた。もし、そうでなければ彼の肉体を水流は易々と貫通していただろう。互いに準備運動は終わったようだ。ラーディはいつもつけていた丸眼鏡を懐へしまう。


「あなたが魔国の魔女であるという事は分かりました。此処からは本気でいきますぞ。かい――〝魔力解放マナ=ブースト〟」


 彼の体内に封じていた魔力が橙色の火花となり、刹那、領域の空気が重たくなる。ミルフィーへ圧し掛かる重圧プレッシャー世界樹ユグドラシルの杖で身体を支えて倒れまいとするミルフィー。しかし、眼前には視界を遮る程の巨大な火球が迫っており……!


魔防氷壁ケレスグレシャ

「遅いですねぇ~」

「かはっ」 


 この時、圧縮させた風の刃を纏わせたラーディの杖が、ミルフィーの背中を貫いていた。口から血を噴き出すミルフィー。杖先を引き抜かれ、腸からも液体が飛散する。振り返ったミルフィーの苦悶の表情を見て、勝利を確信したラーディは高らかに宣言する!


「魔国の魔女、討ち取ったりぃいい! 恐怖? 恐怖なんてぇえええ微塵も感じませんでしたぞぉおおお!」

「そうね、だって……勝負はこれからだもの」

「は?」 


 刹那、腸を貫いたミルフィーの身体が液体となって溶け落ちた。消滅するミルフィー。透明な水がラーディに向かって流れていく。と同時、ラーディの立つ戦闘領域バトルエリアが、重たい空気を上書きする、吐く息すら一瞬で凍らせてしまう大気に覆われる。空間の水蒸気が氷結の塵ダイヤモンドダストのように煌めいたかと思うと、舞台中央にだんだんと氷の結晶が集まっていき……やがてそれは人の形を成していった。


「残念ね、さっきのは水魔法による分身よ」

「まさか……恩寵の力!?」


 ラーディの誤算。それはアンリエッタやレイは監視していたものの、遥か東、サザナミ国の監視まで手に及ばず、ミルフィーが水精霊マーキュリーの恩寵を受けているという事実に気づいていなかった事。無論、相手に気づかれないよう魔力を隠していたミルフィーの才能センスがあったからこそ為せるわざ


 水色へ変化した民族衣装メーテに白雪色の肌。口元へ朱いルージュを塗り、紫宝石アメジスト色のアイライン。水色の睫毛は長く、蒼宝石アクアマリン色の双眸ひとみの中には煌めく氷の結晶。星の輝きを閉じ込めた金色こんじきに氷のメッシュを入れた髪。


水精霊マーキュリーの恩寵を経たミルフィーの魔力変貌。その姿はまるで、空間を支配する美しい氷の女王――


冷たい眼差しで微笑むミルフィーは、彼へ向けて息をひと息吹きかけた。


絶望の吐息アブソルートゥブレス

「そんなものぉおお、魔力解放中の我には効きませ……あ」


 ミルフィーの周囲を除く、戦闘領域バトルエリア全てが凍りつく。ラーディが魔力で結界を張ろうが魔法を放とうとしようが関係ない。全てを凍らせる吐息は、彼の肉体も臓器も全てを一瞬で凍らせたのだ。


 この時、あらゆる魔法を極めるべく、人体実験を繰り返し、魔法に絶対の自信を誇っていた王宮魔導師団団長は一瞬にして活動を停止したのだった。


「悪かったわね、あんたが恐怖を感じる前に、全部凍らせちゃったわ」



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