砂塵の序曲
「また、か……」
未来調整官fuは、モニターに映し出されたガザ地区の惨状に顔をしかめた。イスラエル軍による攻撃で、またもパレスチナ人の命が失われた。アルジャジーラTVの速報は、血と硝煙の臭いを帯びているかのように生々しい。
fuの任務は、歴史の分岐点に介入し、人類滅亡につながる最悪の未来を回避すること。ときに彼の干渉は、時に新たな因果を生み、事態を複雑化させる。今回のガザ危機も、その典型だった。
「ベイト・アイノウンでの発砲事件……これが引き金になる」
彼は、未来の記録を参照した。この些細な事件が、やがて大規模な衝突、そして核戦争へとエスカレートする未来が示されていた。ヨルダン川西岸地区でのイスラエル軍の襲撃、アラファト記念碑の破壊……パレスチナ側の怒りは頂点に達し、ハマスは報復の連鎖を強める。
fuは、即座に行動を開始した。まずは、偽情報の拡散。SNSを通じて、ベイト・アイノウンでの事件は誤射であり、イスラエル側も和平を望んでいるという情報を流す。同時に、イスラエル軍の通信システムに侵入し、攻撃目標の座標を微妙にずらした。
彼の努力もむなしく、ガザへの攻撃は実行された。それどころか、アル・シファ病院への突入という予想外の事態が発生する。イスラエル軍は、ハマスの司令部発見を名目に病院を捜索、パレスチナ側の反発は一層激化した。
「くそっ、間に合わない」
事態は、最悪のシナリオに向かって加速していた。トルコのエルドアン大統領は、イスラエルを「テロ国家」と非難、西側諸国への不信感も煽り立てる。国際社会の分断は、事態の収拾をさらに困難にしていた。
その時、通信回線にノイズが走った。
「無駄だよ、fu」
それは、未来のfuの声だった。
「君の行動は、全て計算済みだ。歴史は、そう簡単には変わらない」
「お前は、一体……」
「未来のお前だ。君がどれほど足掻こうと、この世界は破滅に向かう。私と一緒に、新たな世界を創造しようじゃないか」
未来のfuは、破滅を前提とした新たな秩序の構築を提案してきた。現在の延長線上にはない、別の可能性。fuには受け入れられない。彼は、この世界の人々の命を守るために存在している。
「私は、諦めない。必ず、未来を変える」
fuは、反論したが、未来のfuの言葉は、彼の心に深い影を落としていた。
希望の蜃気楼
事態を打開するため、fuは過去補填官paに協力を求めた。paは、過去の出来事の修正を担当する、もう一人の時間介入者。彼女は、fuとは異なるアプローチで、歴史の修復を試みる。
「ガザへの燃料供給を増やす。これが、当面の目標よ」
paは、冷静に状況を分析した。ガザ地区は深刻な燃料不足に陥り、病院の機能も麻痺しかけている。人道危機が深刻化すれば、ハマスの過激派が勢いを増す。
「わかっている。しかし、イスラエルは……」
「大丈夫。私が、説得する」
paは、イスラエル政府高官の個人端末に侵入し、偽の情報を流した。ハマスが燃料を民間人に横流ししているという情報をでっち上げ、イスラエルの強硬派の懐疑心を煽る。同時に、穏健派には、燃料供給が人質解放交渉の進展につながるという期待を持たせた。
その結果、国連を通じた燃料輸送は実現した。UNRWAのホワイト氏は「1日の支援活動の維持に必要な量の9%に過ぎない」とコメントしたが、それでも事態は一時的に緩和された。
喜びも束の間、新たな問題が発生する。パレスチナ保健省は、イスラエルの攻撃による犠牲者の正確な集計が困難になっていると発表した。情報の混乱は、不信感を増幅し、再び対立を激化させる。
「やはり、簡単にはいかないか」
fuは、呟いた。未来のfuの言葉が、頭をよぎる。歴史は、本当に変えられないのだろうか。
岐路の選択
アル・シファ病院での捜索は、依然として続いていた。イスラエル軍は「ハマスの司令部や武器庫を発見した」と主張する一方、ハマスは「プロパガンダだ」と非難。事実は闇に包まれていた。
fuは、真実を明らかにするため、アル・シファ病院に潜入することを決意した。量子もつれ通信を利用し、現地のジャーナリストの意識に同化。彼は、イスラエル兵の目を盗み、病院の地下へと潜り込んだ。
そこでfuが見たものは、武器ではなく、傷ついた人々であふれる光景だった。ハマスの戦闘員も確かに存在したが、多くは一般市民や子供たち。病院は、戦場ではなく、命の最後の砦となっていた。
fuは、この事実を世界に発信する。ジャーナリストの視点を通じて、病院の惨状をリアルタイムで配信。同時に、イスラエル軍の通信を傍受し、彼らがハマスの存在を誇張している証拠を入手した。
情報は、世界を駆け巡った。国際社会の圧力が高まり、イスラエルはアル・シファ病院からの撤退を余儀なくされる。事態は、一時的に収束に向かった。
そこで、未来のfuが、再び姿を現した。
「一時しのぎに過ぎない。君の行動は、歴史の流れをほんの少し遅らせただけだ。結局、何も変わらない」
「それでも、私は諦めない」
fuは、最後の抵抗を試みる。彼は、イスラエルとハマスの幹部の通信を同時に傍受し、互いの誤解や不信感を解消する情報を流した。両者の対話の糸口を探るため、必死だった。
その時、過去補填官paが介入してきた。
「やめなさい、fu。これ以上の干渉は、危険すぎる」
paは、fuの行動が新たな分岐を生み出し、事態をさらに悪化させる可能性を警告した。未来の記録には、fuが過度な干渉を行った結果、世界が核の炎に包まれる未来も示されていた。
fuは、苦悩した。彼は、未来を変えるために戦ってきた。その行動が、新たな破滅を招くかもしれないとは…。
静かな帰結
最終的に、fuはpaの意見を受け入れた。彼は、これ以上の直接的な干渉を断念した。
その代わり、fuは、情報操作によって、事態を現状維持に導くことを選んだ。イスラエルとハマスの双方に対し、ある程度の譲歩を促す情報を流しつつ、過激派の動きは抑制する。国際社会の関心をガザから一時的に逸らすため、他の地域での紛争を大きく報道させた。
結果として、事態は膠着状態に陥った。ガザ地区での戦闘は散発的に続いたが、大規模な衝突には発展しなかった。燃料や物資の供給は細々と続けられ、人道危機は一応の回避を見た。
イスラエルもハマスも、決定的な勝利を得ることはできなかった。国際社会の関心も次第に薄れていく。世界は、ガザの悲劇を忘れ去ろうとしているかのようだった。
「これで、よかったのだろうか……」
fuは、自問自答した。未来を変えることはできなかった。最悪の未来も回避できた。良くも悪くも、事態はほぼ現状維持。それが、彼が選んだ結論だった。
未来のfuは、再び現れることはなかった。おそらく、彼としても、この結末は想定内だったのだろう。歴史は、そう簡単には変わらない。だが、ほんの少しの調整で、破滅を回避することはできる。
fuの戦いは、まだ終わらない。ネゲヴの塵が舞うこの世界で、彼は今日も、未来の岐路に立っている。