「またか……」
未来調整官fuは、モニターに映し出される惨状に顔をしかめた。ガザ地区の病院閉鎖、死傷者の増加、食糧危機。ヨルダン川西岸地区の緊迫した情勢。中東の火薬庫は、一向に鎮まる気配がない。彼は、刻々と変化する状況を冷静に分析し、指を高速でキーボード上を滑らせる。複数のプログラムが起動し、世界のニュースサイト、SNS、諜報機関の通信をリアルタイムで解析。事態の悪化を防ぐため、彼は「誤差」を修正する。ほんの些細な情報操作、通信の遅延、時にはキーパーソンの行動を間接的に誘導する。
目的は、事態の「現状維持」。最悪のシナリオ、全面戦争や大規模な人道危機を回避するため、彼は綱渡りの調整を続ける。その一方で、未来の「影」がちらつく。未来の彼自身、もうひとつは……paの存在。
ある夜、fuは、地下にある秘密ラボにいた。部屋の中央には、時間軸を歪める装置「クロノス・ギア」が鎮座している。彼は、クロノス・ギアの稼働ログを解析していた。そこに不自然なアクセス記録を発見する。
「やはり、未来の俺が干渉している。なぜだ? 現状維持が最善のはず……」
彼は未来の自分との接触を試みる。通信はすぐに途絶える。未来のfuは、何かを隠している。同時に、過去補填官paからのメッセージが届いた。
「fu、今回の件は、あなただけでは手に負えない。未来が大きく動き始めている」
見えざる手
paは、ヨルダン川西岸地区のジェニンにある病院にいた。イスラエル軍の捜索が入り、救急隊員が拘束されたとの情報があった。彼女の任務は、この混乱に乗じて、未来の何者かが仕掛けた「罠」を解除することだった。paは特殊なゴーグルを装着して、時間軸の歪みや痕跡を可視化する。彼女は、病院内で微弱な時間軸の乱れを感知する。
「これね……未来の技術、量子干渉チップ。イスラエルの極右勢力に情報を流しているのは、これね」
paは、チップを無効化する装置を作動させた。同時に、イスラエル軍の通信を傍受し、偽の情報を流す。
「ハマスの幹部は病院にはいない。別ルートで逃走した」
その頃、fuはガザ地区の情報を収集していた。イスラエル政府内部の対立、燃料搬入を巡る駆け引き、ハマスの動向。彼は、未来のfuがイスラエル政府、特に強硬派に影響を与えていることを突き止める。未来のfuは、何を望んでいるのか? なぜ、事態を悪化させようとする?
「未来の彼は、現状維持以上の何かを求めている」
fuは、未来のfuが仕掛けた情報操作を一つずつ潰していく。未来のfuの行動は予測不能だ。彼は、現在のfuの行動を先読みしているかのように、次々と手を打ってくる。
衝突
fuはクロノス・ギアを使って、未来の自分と直接対峙することを決意する。彼は、未来のfuが存在する時間軸へと跳躍した。そこは、荒廃した世界だった。中東は全面戦争の焦土と化し、世界経済は崩壊。人々は、地下シェルターで細々と暮らしていた。
「何をしたんだ!」
fuは未来のfuに詰め寄る。「なぜ、こんな世界にした?」
未来のfuは冷笑する。
「これは必要な犠牲だ。現状維持では、問題は解決しない。リセットが必要だった。一度、すべてを破壊し、新たな秩序を築く」
「狂っている!」fuは反論する。「犠牲になるのは、いつも弱い者たちだ! 君はそれを知っているはずだ!」
「感情論は意味がない。これは大局的な判断だ。未来の平和のためには……」
二人のfuは激しく対立する。言葉の応酬、さらにクロノス・ギアを駆使した時間操作の応酬。未来のfuは、すでに新たな手を打っていた。彼は過去のパレスチナ解放機構(PLO)に接触し、過激な武力闘争路線へと誘導しようとしていた。
「阻止しなければ……」fuは過去の時間軸へと戻ろうとする。その時、背後からpaの声が聞こえた。
「待って、fu。あなただけでは、彼を止められない」
螺旋の終焉
paは、ある「可能性」を示した。未来のpaの存在だ。彼女は、未来でfuと敵対しているらしい。そこで、今回の事態を憂慮し、過去のpaに接触してきたのだ。未来のpaは、ある情報を過去のpaに託した。未来のfuの行動パターンと弱点だ。
「未来のfuは、合理的すぎる。彼は、常に最善の結果を求めようとする。でも、人間は感情で動く。そこに突破口がある」
fuとpaは、未来のpaから託された情報をもとに、新たな計画を立てた。それは、未来のfuの行動を予測して、先回りして手を打ち、彼が最も重視する「情報」を操作することだった。
二人は、イスラエル政府、パレスチナ自治政府、ハマス、そして各国の諜報機関に、様々なルートで偽の情報を流した。彼らの目的は、未来のfuに混乱と疑念を生じさせ、彼を孤立させることだ。
作戦は、巧妙に進められた。未来のfuは、情報の真偽を確かめるために奔走する。ところが、彼の情報源は、次々と汚染されていく。彼は徐々に、疑心暗鬼に陥り、冷静な判断力を失っていく。
最終局面で、fuは再び未来のfuと対峙する。場所は、ガザ地区のアル・シファ病院。未来のfuは、病院に仕掛けた爆弾を遠隔操作で起爆しようとしていた。彼は、これを機に事態をエスカレートさせ、全面戦争を引き起こすつもりだった。
「もう、おしまいだ、過去のfu。お前には止められない」
現在のfuは冷静だった。「そうかな? お前は、重要なことを見落としている」
現在のfuは、クロノス・ギアを使って、わずかな時間軸の歪みを発生させる。続いて、病院内の監視カメラの映像を、イスラエル軍の司令部にリアルタイムで送信する。これにより、未来のfuが爆弾を仕掛けた証拠が、全世界に公開されたのだ。
イスラエル軍は当初、ハマスの仕業だと考えていた。映像を分析した結果、爆弾はハマスのものではないことが判明する。イスラエル政府は混乱し、強硬派の発言力は低下。事態のエスカレートは、回避された。
未来のfuは、絶望の表情を浮かべる。
「なぜだ……なぜ、こうなる?」
現在のfuは答える。
「未来は、誰にも予測できない。変えることもできない。俺たちができるのは、最悪の事態を防ぐことだけだ」
未来のfuは消えた。時間軸が修正された。現在のfuは、元の時間軸へと戻る。状況は、以前とほぼ変わらない。緊張状態は続いている。最悪の事態だけは回避された。そこに、未来のpaの存在が、かすかな希望の光を灯していた。
現在のfuは、モニターを見つめる。ガザ地区の病院は、燃料不足ながらも活動を続けている。ヨルダン川西岸地区の緊張は続いているが、大規模な衝突は起きていない。彼は、小さく息を吐く。戦いは、まだ終わっていない。彼は、諦めない。
「次は、どう動く……未来のpa」
fuは、新たな戦いに備えるべく、キーボードを叩き始めた。終わりなき螺旋の回廊の中で、彼は孤独な戦いを続ける。未来のために、現在のために。