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第27話 木馬軍馬①


 王国歴435年、甕虫かめむしの月20日。


 シンダーナ神聖帝国が何かいろいろ裏で暗躍しているとか、戦争の準備をしているとかいう情報は、未だにどこからももたらされていない。


 ヨルアサ王国は平和そのものであった。


 フィオナ姫は魔法兵器開発室のみんなを招待し、お菓子パーティを開いた。

 色とりどりのお菓子を並べ、ハルトやカレン、クレノ顧問となかよくお茶会である。


「いい香りのお茶ですね。弱った胃にも優しい味がします」


 クレノは神官食からようやく通常食に復帰したばかりだ。

 おなかいっぱいにご飯が食べられて幸福そうである。

 カレンはその隣で色とりどりのお菓子に囲まれ、うれしそうに顔をほころばせていた。


「姫様、これって王都の有名店のお菓子ですよね?」

「うむ。じつは、近々、きょうだいの集まりがあるのじゃ。その手土産にどれがよいかと迷っておるところじゃ。よければ意見をきかせてほしい」


 ハルトは大きな手に小さなマカロンをのせ、繊細な菓子職人の仕事に見とれている。


「僕みたいに武骨な人間が触るとくだけちゃいそうですね……」


 そして場の空気がいいかんじにあたたまった頃あいをみはからい、フィオナ姫はなんでもない世間話といったていで切り出した。


「そういえば、こんど第二王子率いる魔法開発局から選抜した精鋭兵と、我らが魔法兵器開発局の実験部隊とで、交流をかねた模擬試合をすることになったぞ!」


 その瞬間、平和は終わりを告げた。


 クレノは盛大に茶を噴き出した。

 ハルトはなんとなく顔つきが精悍せいかんになり、それまで大切に扱っていたマカロンをにぎりしめ、粉々にしてしまった。


 カレンだけが比較的平静を保っている。


「なんじゃなんじゃ。クレノ顧問、どうしたんじゃ」

「だ、だ、第二王子の魔法開発局って、あの第二王子のことですか……?」

「うむ。そのとおりじゃクレノ顧問。わらわの兄上、ルイス・リンデン・ヨルアサ王子のことじゃ」

「なんでいきなり!?」


 クレノが取り乱すのも無理もない。


 フィオナ姫には五人の兄弟と三人の姉妹がいる。

 五男四女の大家族だ。


 第二王子のルイス殿下といえば中でもとくに才色兼備な王子として知られていた。

 それも魔法の腕前についてはヨルアサ王国にその人ありとうたわれるほどの大天才である。


 ルイス王子が率いる魔法開発局は、魔法兵器開発室と字面がちょっと似ているが、実態は似て非なるものだ。

 魔法開発局は王国の魔法使いならだれもがあこがれる、実践的な魔法研究の総本山である。

 ぽっと出の魔法珍兵器開発室とはわけがちがうのだ。


「いきなりのようにみえるが、いきなりではないのじゃ、クレノ顧問。じつは、魔法兵器開発に乗り気なのはわらわだけでない。ルイスお兄様もおなじでな」

「……いや、まあ。そりゃあ、魔法研究においてはむこうに一日どころか一万日の長がありますけど」

「そんなにはなかろう!」

「ありますよお」


 なにしろ魔法学校では、卒業後、第二王子からお声がかかり、魔法開発局に入るというルートが花形出世街道エリートコースのひとつだったのだ。


「模擬戦は一週間後じゃからな!」

「ええ~っ! ちょっと待った! タイム!」


 クレノはあわてふためいて部屋の隅にハルトを連れていく。

 そして珍兵器の計画書で口もとを隠し、まるで試合中のキャッチャーとピッチャーみたいにひそひそ話をはじめた。


「ハルト隊長。実際どうなんだ、うちの部隊は。模擬試合なんてできるのか?」

「ん~……え~っと。姫様の前じゃとても申し上げられませんが、中途半端な時期に新設された部隊ですからね……。ここに集められた兵は他部隊からの志願兵が主で、実戦経験のない者も多数おります」


 クレノは思わずため息を吐いた。


 魔法兵器開発局には、三十人ほどの兵隊からなる実験部隊がいる。

 彼らはクレノやフィオナ姫が作った魔法兵器をテストするため、各地からかき集められた兵士たちだ。


 ここは地方軍のように頻繁に戦闘をするわけではないので、軍の中では危険が少ない部署だが、そのぶん給料が安い。それでいてハルトが言った通り中途半端な時期に新しくできた部隊でもあることから、その人員はほかの部隊からの、言ってしまえば『いらない人員』のよせ集めになってしまっている。


 もちろん実力は言わずもがなである。


「士気は低く、練度は浅く、か。交流のための、とはいうが実質御前試合だろう。頭痛が痛くなってくるな……」

「うわさですが、第二王子の部隊といいますと、末端の兵士でも魔法の心得がある精鋭せいえいばかりとうかがっております」

「それに対して魔法珍兵器開発室で実戦経験のある魔法使いは俺と……」

「クレノ顧問おひとりだけです。カレンさんをふくめなければ、ですが」

「カレンは魔法学校を卒業して以来ずっと後方勤務だ。数に入れないほうがいい。まいったな、みっともないことになりそうだ」

「クレノ顧問と姫様の魔法兵器だけが頼りですよ」

「ざんねん。今うちにあるのは全部、魔法兵器なんだな、これが」


 クレノがそう言うと、フィオナ姫が眉間にシワをよせてせきばらいをする。


「ちょいちょい聞こえておるのじゃが!!」

「聞かせてるんですよ。いつか聞こえるお話ですからね」


 とにかく、実験部隊にまともな模擬試合なんてむりだというのがクレノ顧問とハルト隊長の出した結論だった。


「そうじゃ。クレノ顧問、二日後、王宮で開かれるお茶会にそなたも参加せよ」


 状況がわかっているのかいないのか、フィオナ姫はいかにもいい思いつきだとばかりに指を鳴らして言った。


「俺がですか?」

「うむ。茶会にはわらわのきょうだいたちが全員出席する。もちろんルイスお兄様も参加される予定じゃ。そなたを紹介するゆえ、うまい具合にむこうの実力というものをはかってみてはくれんか」

「はあ……」


 クレノとしては、あまり気乗りしない招待だ。

 なにしろ王宮といえばマッハじゅうたんで不法侵入したばかりのところだ。

 醜態しゅうたいをわざわざ蒸し返しに行くような話である。


「いいなあ、クレノ。王宮でのお茶会なんて絶対に素敵に決まってるよ。姫様、どんな感じの集まりなんですか?」


 カレンはのんきなものである。

 女性陣が会話に夢中になっているところをみはからい、ハルトがクレノにたずねた。


「顧問……、パンジャンドラムはもう使われないのですか?」


 どこからその兵器の名前を知ったのだろう。

 おそらく、フィオナ姫が吹聴ふいちょうしてまわってるに違いない。


「ああ。あれは欠陥だらけの失敗兵器だからな」


 答えた声は、不自然に強張っていたと思う。

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