それから二日後。
クレノは約束通り王宮で開かれるお茶会に参加していた。
花が咲き乱れる王宮の庭園に着飾った人々が大勢集まっている。
招待客は王子と王女と、その友人たちだ。
当然ながら貴族がほとんどで、肩書だけでなく見た目も華やかな人物ばかりだ。
フィオナ姫は「気楽なあつまりじゃから緊張せずともよい」とかなんとかかんとか言っていたが、庶民にとっては一世一代の晴れ舞台みたいなものである。
クレノはほっとして胸をなでおろした。
「軍服があってよかった~……」
軍人はどこに行くでも軍服で出かけられる。
学校の制服みたいなものだ。冠婚葬祭用の礼服もあるのでコーディネートやTPOをいちいち考えなくてもいい。
もしも軍人になっていなかったらたちまち「着て行く服がない」状態に陥っていたに違いない。まだ新しい軍服が届いていないので地方軍の礼服だという点だけが難点だが、私服で来るよりはずっとましだ。
前世が服飾知識皆無なオタクの私服なんて裸同然もいいところだとクレノは内心、冷や汗をかいていた。
「なにをぼーっとしておるのじゃ。さっそく、あいさつまわりに行くぞ!」
フィオナ姫は柔らかなミルク色の生地にピンクのリボンを飾ったドレス姿だった。
ツインテールをハーフアップにして、少しだけ背伸びしたお嬢様スタイルである。姫だけど。
「あのう、俺もあいさつしなきゃだめなんですかね? こういう集まりは苦手なんです。緊張するから誰とも話したくないんですけど」
「だぁ~~~~めに決まっとるじゃろう。わらわは魔法の知識に欠けるからのう、そなたにルイスお兄様の魔法の腕前がどんなもんなのか見極めてもらわねば。クレノ顧問だけが頼りなのじゃ」
「姫様、もしかしてですが模擬戦には勝ちに行くおつもりですか」
「もちろんじゃ!」
クレノはハルト隊長の言葉を思い出して憂鬱になった。
魔法兵器開発室の実験部隊は、とてもではないが勝ちを狙いにいける練度ではない。頼みの綱の魔法兵器も珍兵器ばかりだ。
それにくらべて対戦相手のルイス王子は国中に知られた魔法達者。
模擬試合では相手も魔法兵器を使ってくるかもしれない。
クレノには万にひとつも勝ち筋というものが見えない試合である。
「ぜっ……たいに無理ですって。それだけは考え直してくださいよ」
「ひろえる勝負はひろう、それがヨルアサ王家のモットーじゃ! さっ、行くぞ。まずはお兄様たちにそなたを紹介する!」
そのモットー、本当かどうか誰かほかのきょうだいに会ったらまっさきに訊こう。
クレノはそう固く誓って華やかな会場に足を踏み入れたが、途端にどこか隅のほうで小さくなっていたい気持ちがむくむくと湧き出てくるのを感じた。軍服に身を包んでも隠しきれない元オタクの血が騒ぎはじめたのである。
生前も転生後も華やかな社交の場には無縁の人生だった。バーベキューも同窓会も楽しかった思い出が何ひとつない。
しかしそんなクレノの想いは、ほんの数分で無になった。
王族が座っているテーブルに近づいたとき、クレノ顧問はただならぬ視線を浴びて振り返った。
そこには鮮やかなオレンジ色に近い赤毛の美少女がぽつねんと立っていた。
はしばみ色の瞳をかっと見開き、なぜか
「お…………っ」
と、美少女は言った。
年齢は十二歳くらいだろうか。
まだ子どもではあるが、目鼻立ちがはっきりしていて海外モデルのような押しの強い美人になりそうな予感があった。
彼女はクレノを見あげたまま、震えている。
「お、お、おおお……」
「お?」
「男だーーーーーーーーーーーーっ!!」
人差し指を突きつけられ、いきなり大声を上げられてクレノはたじろぐ。
王宮の広大な庭に男は山ほどいる。
それなのに彼女は間違いなくクレノを指さし、太い声で叫んだのだった。
「お姉さまがっ、男を連れてきたッ! 大変よ、みんなっ。フィオナお姉さまがカレシを連れてきたーーーーっ!!」
次の瞬間、クレノは近くにいた貴婦人たちと若人たちに取り囲まれていた。
「嘘でしょ、そんなの聞いてない! わたくしがフィオナに遅れを取るなんて……!?」
「まあっ! 軍人さんなのね。階級は? 何歳? 年上は好き?」
「フィオナの男ってマジか~、領地どのへん?」
「魔法使い兵じゃん。お兄様より強い? 勝負したらどっちが勝つ?」
「いや~、お兄様相手にガチ勝負する軍人さん、なかなかいないと思うよ」
「ルイス
「兵士じゃなくてもだよ~」
なんだなんだとクレノが戸惑っていると、人垣のうしろでフィオナ姫がぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「こら~~~~っ! お兄さま、お姉さま、弟、そして妹たちよ。クレノ顧問は仕事中なのじゃ、離してやってくれ!」
フィオナ姫の兄で姉で弟で妹ということは……。
クレノが周囲を見回すと、ヨルアサ王の愛息子三人愛娘三人計六名がフィオナ姫とよく似たキラキラした瞳でクレノを見返していた。
隠しようもない王族のオーラにクレノは気を失いそうになる。
――気がつくと、クレノ顧問は矢継ぎ早に繰り出される質問に泣きながら答えていた。
「階級は?」
「技術中尉であります」
「技術中尉ということは技官でいらっしゃるのね。技官の方って階級が普通の軍人さんとは違うのよね」
「ハイそうです王女殿下」
「領地どのへん?」
「ありません、王子殿下」
「まだ爵位を継ぐような年齢ではないのではなくて?」
「そんな大層な身分ではございません。おゆるしください王女殿下」
「何しに来たの? お兄様と勝負するの?」
「めっそうもございません~~~~!!」
クレノはふかふかの芝生に正座になり、三百六十度どこを見ても『殿下』に囲まれている異常な状況下で尋問を受けていた。彼を囲んでいるのは、年若い王子たち三人とヨルアサ王国の王女全員である。
ちなみに『
いずれも美男美女で、失礼な受け答えをすると首が飛ぶというストレスから涙が自然と流れ出てくるのである。
「こらっ、みんな、いじめるのはやめるのじゃ! クレノはカレシではないし繊細な精神のもちぬしなのじゃ! おびえておるではないか~っ!」
フィオナ姫が殿下たちの間に割って入り、両手を広げてクレノをかばう。
クレノはすっかり、いつぞやのマンドラゴラの気持ちを味わっていた。
「ごめんね、フィオナ。アザラシの子どもみたいになっちゃって、と~ってもかわいかったから、つい」
「お姉さま、アザラシはけっこう野太い声で鳴きますよ。すごくうるさいんです」
「やだ~。たとえよ、たとえ。みたいってことよ」
頭上で話す王子たち、王女たちのからかいにも、クレノはただしくしくメソメソと泣くことしかできない。
「ひとりぼっちの国に行きたい……」
「なんじゃそれ、どういう感情なんじゃ!? しっかりせいクレノ顧問。そろそろお兄様たちがやって来る時間じゃぞ!」
言うがはやいか、クレノたちがやって来た方角とはべつのところで歓声が上がった。
「あっ、お兄様だ!」
ルイス王子がやって来たのだろう。人影がちらりとだけ見えたが、あっという間に人だかりになって、その姿が見えなくなった。
ほかの王子や王女もそっちに注目している。
「今のうちじゃっ!」
フィオナ姫はメソメソしているクレノを連れて一目散にその場を離脱した。