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第33話 模擬試合①


 第二王子の部隊との模擬試合が開催される数日前のことである。

 クレノ顧問から魔法兵器開発室へと呼び出されたハルト隊長は黒い厚紙で挟んだ書類を渡された。

 表紙には「㊙」と書かれている。


「ハルト隊長。これを読み、三十分で暗記しろ。三十分後に書類は焼却処分する」

「これは……?」

「現状、俺が使うことのできる魔法のすべてを書き出してみた。ストック数、その強度、種類について書かれている」

「僕なんかが見てもいいものなんですかね」

「もちろんだ。模擬試合の指揮権はハルト隊長にある。それなのに唯一の魔法使い兵のスペックを知らないんじゃ話にならないからな」

「それじゃ、失礼します」


 表紙を開いたハルトは、しばらくまじめに内容を読みこんでいたが、あるページで目を見開いて顔を上げた。


「え? あのう、これ……」

「なんだ」

「これって本当のことなんですか?」

「なんで嘘なんか書くんだ」

「本当の本当の本当に?」

「なんでそんなに意外そうなんだよ。もう燃やすぞ」

「ああ~待ってください~!」


 三十分後、予告どおり書類は焼却処分された。



 *



 模擬戦の当日はねらいすましたような快晴であった。


 前日に陣地設営のための時間が12時間ほど用意され、お互いに向き合う形で土のうを積み上げた陣地がつくられた。

 陣地の最奥には青い旗がはためいている。


 試合の形式は、お互いの陣地に立てた旗をどちらが先に取るかのフラッグ戦。


 使用する兵器はルイス王子の魔法開発局謹製の模擬ライフル銃だ。これはレーザーみたいな光を発するだけのおもちゃである。光が当たっても、痛みがあるとか色がつくとかはない。その兵士が『死亡』したかどうかは審判の判定を待つことになる。

 勝負は休憩を挟みながら三戦行われ、先に二回勝利したほうが勝ちだ。


 だだっ広いだけの草原に集められたのは、クレノたち実験部隊の兵士30名と、魔法兵器開発局の精鋭30名である。


 まずは開会式が行われ、フィオナ王女殿下のあいさつがあった。


「フィオナ王女殿下に敬礼!」


 号令と共に都合六十名のむくつけき兵士たち——クレノを数に入れるとしたらだが——がいっせいに軍靴を鳴らし銃を捧げ持つ。


 銃を携帯しているときの敬礼、捧げつつである。


 登壇したフィオナ姫は注視を受けてびくりとふるえていた。


「ええ~……っとじゃ。本日はお日柄もよくぅ……なんじゃ……そのう……」


 びっくりしすぎてセリフが飛んだらしい。

 クレノは敬礼しながら口パクで続きを伝える。


「えっと、魔法開発局のみんなも、よく来てくれたな。今日は正々堂々と戦おうぞ!」

「ハアッッッッッッッッ!!」


 まさか返事があるとは思ってなかったのだろう。

 相手の指揮官が発したクソデカ声に驚き、フィオナ姫は飛び上がった。

 実際に地面から三センチくらい浮いて、そのあとはモジモジしていた。

 実に情けないかぎりではあるが、まあ、ムキムキの軍人に囲まれた中学生の女の子の反応なんてそんなものだろう。


 フィオナ姫はあきらかに涙目になりながら、助けを求めるかのごとくハルト隊長のほうを向いた。


 今日のハルト隊長は指揮官の証であるサーベルを装着し、部隊の先頭で姿勢をただしていた。

 本来の指揮官はフィオナ姫なのだが、もちろん姫様に部隊指揮なんてできようはずもない。

 ので、事前に指揮権をハルトに預けているのだ。


「ううう、実験部隊のみんなも、ケガをせぬようがんばるのじゃぞ……」


 フィオナ姫のすがるようなまなざしに、ハルト隊長は少し思案顔である。

 そして考えた結果、相手の指揮官よりワントーン落として返事をした。


「…………はっ!」


 クソデカ返事がなかったことで姫様はほっとしていたが、はたで聞いているクレノは微妙な気持ちだ。


 傍目はためにはささやかな違いかもしれないが、こういうところに士気の高さや部隊の強さというものがあらわれるものだ。

 数は同じでも、ルイス王子の兵士たちはさすがに精強揃いだけあって一挙手一投足に無駄がない。

 それに対して実験部隊は敬礼ひとつとってもなんとなく動きがバラバラで、止まって整列しているときでさえ、ほんのり列がずれている気がする。


 みるからに、弱そう。


 あいさつの後は一旦解散し、クレノたちは休憩用の天幕に戻った。


 天幕ではカレンが兵士たちに軽食を配っていた。


「はい、クレノにはこれ。特製シンダーラ米のオニギリ!」

「お。懐かしいなあ、これ……。ありがとう、カレン」


 おにぎりは魔法学校時代、クレノがカレンに教えた異世界食である。

 ヨルアサ王国は完全に麦が主食で米の生産は盛んではない。

 比較的手に入りやすいのがシンダーラからの輸入米だが、それも残念ながら日本の米とちがい針のように細いバスマティライスタイプの米である。


「お米を食べないと元気が出ないんでしょ。奮発したんだからね。姫様を勝たせてあげなよね」

「うーん……勝てると思う?」

「そんなの聞かないでよ。あんた次第なんだからさ」


 カレンはそう言ってそっぽを向いていた。

 事務官であるカレンにとっては試合に勝とうが負けようがどうでもいいのかもしれない。

 ふと視線を感じて振り返ると、姫様とハルト隊長が並んでニヤニヤしている。


「どうじゃ、ハルト隊長。カレンはクレノを信じておると言いたいようじゃぞ」

「いやあ、若いっていいですねえ」


 ふくみのある言葉づかいに、カレンはなぜか顔を赤くして否定している。


「そそそそそ……んなんじゃないですってば!」

「そうですよ。姫様、ハルト隊長。おぼれる者は藁をもつかむといいます。圧倒的不利なこの状況下でカレンが俺を信じたくなるのも無理はありません」

「そういう意味でもねえよ!!」


 カレンの鋭すぎるローキックがクレノ顧問のスネに刺さった。

 クレノ顧問はなぜ蹴られたのかもわからないまま、その場にくずれ落ちた。


「それはそうとして作戦は考えておるのじゃろうな。相手はお兄さまの部隊じゃ、ゆめゆめ油断するでないぞ!」

「姫様。この戦い、ほんとーに勝たないといけないんですか?」


 姫様はやる気のようだが、クレノ的には気乗りしない話である。

 実戦ではないとはいえ、行進もままならない急ごしらえの実験部隊に本格的な白兵戦なんぞをやらせたら、ケガ人が続出する未来が目に見えている。


「ま~だそんなことを言うておるのか? この試合の結果には父王様も注目しておられる。もしもルイスお兄さまに勝てたら、来年度の予算配分に色をつけてもよいと言ってらしたのじゃぞ!」

「そんな話きいてませんよ?」

「じゃろうな、話しておらぬからな。あまりプレッシャーを与えたくないというわらわの気くばりじゃ」

「じゃあ言っちゃったら意味ないじゃないですか」


 そういえば、これまで目先の仕事をこなすだけで金回りのことは気にしていなかった。

 恐れ多くも第三王女直属の部隊だ。

 先立つものは潤沢にあるのだろうと考えていた。


「カレン、うちの部隊の財政状況ってどうなってるんだ?」


 カレンはぎくりとした様子で目を泳がせている。


「あー……うん、まあ……当面は大丈夫かな……いざとなったらクレノがそのへんの草とか食べてくれれば、全然いけるよ!」

「それは大丈夫って言わないだろう」


 魔法兵器開発室のいいところは、いまのところ食事がおいしいことだけだ。

 なぜそのへんの草を食べなければならないのか。


「安心せい、クレノ顧問。そのときはわらわも共にそのへんの草を食う! 部下にだけ苦しい思いをさせたりはせん!」

「だったら姫様もテントで寝てくださいよ」

「そなたまだテント暮らしじゃったのか……」


 クレノはともかくフィオナ姫は腐ってもヨルアサ王国の第三王女である。

 金がないからといって草を食べてテント暮らしというわけにもいくまい。

 予算については、模擬試合が終わったあとにでも本格的に考えなければならなさそうだ。クレノはため息を吐いた。

 ちょっとしたピクニック気分が楽しいのはここまでだ。


「——わかりました。たぶん、この勝負は確実に負けるとは思いますが、できるかぎりのことはさせていただきます。俺としても草を食う生活なんていやですからね」

「こら! 士気が下がるじゃろ!」

「士気は最初から低いんですよ。でも作戦はちゃんと考えて来ましたので、ご安心ください。この戦い、大切なのはなんといっても一戦目です」

「はじめよければなんとやら。物事は最初が肝心というわけじゃな!」

「はい。ですからこの一戦目、俺たちは全力で戦い、そして……負けます!」


 天幕の中に微妙な沈黙が流れた。

 笑顔なのはハルトだけだ。拍手までしてくれている。

 フィオナ姫はワンテンポ遅れて「ええー!?」っと驚き、カレンは無言のまま握りこぶしを作った。


「いやっ、やめて! 暴力は!」


 クレノ・ユースタスはまじめだった。

 まじめな気持ちで「負けるために戦う」と言っている。

 それはハルト隊長とも話しあったうえで、考えぬいて出した、実験部隊にとって最善の結論なのだった。

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