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第34話 模擬試合②


 両陣営が配置についた。


 実験部隊は二手に分かれ、ひとつめのチームを前線の防衛地点に出し、残りを後方に控えさせている。

 クレノはハルトと共に、最奥で旗を守るのが役目だ。


 空砲が高らかに鳴らされる。

 試合開始の合図だ。


 合図と同時にルイス王子チームに動きがあった。

 ずらりと並んだムキムキの兵士たちが、陣地から駆け足で走り出て、こちらに進んでくるのがみえた。

 クレノ側は近づいてきたルイス王子チームが十分な射程に入るのを待つ。


「撃て!」


 射撃のタイミングにあわせてルイス王子チームはさっそく魔法を使ってくる。


「大地の法! 魔法解放アインザッツ!」


 使ったのは大地の神の力を借り、地面に干渉する地神の魔法だ。

 大地がかすかに揺れ、兵士たちの前に土の壁がせり上がってくる。

 敵はその後ろに隠れクレノ側の射撃の手がおさまるまで待つ。

 模擬銃はライフル銃の性能を再現しており、装填に時間がかかるのだ。

 魔法の土壁を盾にして、第二王子の兵士たちはどんどん近づいてくる。


「予想通り、最初から動いて来ましたね、クレノ顧問」

「うん。そうだな、ハルト隊長。ルイス王子チームは気力十分、魔法の腕はばつぐんだ。待つ理由がない」


 お茶会のときの約束が有効なら、魔法開発局の兵士たちが使う魔法の種類は最大でも三つに制限されている。

 それでも三十人が三つずつ魔法を使えると思うと脅威的な数だ。


「近づかれて攻撃魔術を使われたら、陣地ごと吹き飛んで終わりだ。ハルト隊長、やってくれ」

「は!」


 もちろん、こういう事態になることはすでに予測済みだ。

 ルイス王子チームに接近されて攻撃魔法の射程に入れば、魔法使い兵がクレノひとりしかいない魔法兵器開発局になすすべはない。

 そんな状況を防ぐために、クレノは試作兵器を持ちこんでいた。

 ハルト隊長が声を張り上げて号令を飛ばす。


、用意!!!!」


 隠れていた実験部隊の兵士たちが練習通り、有刺鉄線を巻いたケーブルドラムを転がしていく。するとドラムに巻きついていた鉄線が円を描くように放たれた。

 たちまち、ルイス王子チームの進路上に高さ一メートルほどの鋼鉄のバリケードが出来上がる。


 それこそが、クレノが地方軍時代に試作した“”だった。


 鋼鉄を細い線状に引きのばし、よりあわせて、トゲトゲをつけたものだ。

 実は、有刺鉄線はヨルアサ王国ではまだ誰も発明していないものだ。

 現代日本で暮らしている人と刑務所の塀とか畑の害獣よけに使われているアレというイメージが強くて兵器っぽさが皆無な存在だが、現代戦では欠かすことのできない存在である。

 開幕早々、突撃攻撃を仕掛けてきた第二王子の兵士たちが有刺鉄線のバリケードの手前で立ち止まる。——というか、止まらざるを得ない。


 有刺鉄線を乗り越えようとしても鉄線に絡みつかれてうまくいかないし、手で払いのけようとすればたちまち血まみれになってしまうからだ。


「なんだこれは!?」


 部隊の足は完全に止まっている。

 そして戦場で動けなくなった兵士ほど無力なものはない。


「足が止まった者から撃てっ!」


 ハルト隊長の号令通り、足が止まった兵士の胸に、こちらの模擬銃から放った光線が当たる。


 すぐに審判が白旗を上げた。


 これで弾が当たったという判定になり、一回戦からは退場だ。

 魔法開発局の連中は有刺鉄線の存在そのものを知らない。

 こんな事態にそなえてワイヤーカッターを持っているはずもなく、次々に足を取られては射撃や銃剣での刺突を受け、退場の判定をもらっている。


 もしもこれが戦場だったら、永遠に戻ってはこないだろう。

 西部開拓時代に誕生した有刺鉄線がなぜ『デビルズロープ』と呼ばれ、忌み嫌われているか、その正体がこれだ。


「いやあ、いい出だしですね、クレノ顧問!」


 ハルト隊長はほっとしたような表情だ。

 そももそ何も策を打たなかったら、数分で片がついてもおかしくないような勝負だったからだ。


「でも、できればあれは出したくなかったな……」

「金がかかるからですか?」

「うーん……まあ、それもあるんだが……」


 クレノはため息を吐いた。

 鉄が貴重なヨルアサ王国では、有刺鉄線はほとんど黄金をはりめぐらしているようなものだった。地方軍で作ったものの、採用されなかった一番の原因はそれだ。


 だが、クレノがためらったのはそのせいだけではない。


 有刺鉄線や鉄条網は、ヨルアサ王国にはまだ存在しないはずのを先取りした兵器だからだ。


「む。——衝撃に備えよ!」


 前線を監視していたハルトが言うや否や、轟音が響いた。

 有刺鉄線による鉄条網を破壊するために、相手兵士たちが大地の魔法を使いはじめたのだ。

 本来は遮蔽を作るためにストックされた大地の法によって、バリケードが持ち上げられ、その間隙を縫うように兵士たちが侵入してくる。


 前線のほうにいたクレノ側の兵士たちは、ろくな抵抗もないまま白旗を上げ、次々に降参していた。


「クレノ顧問。さっそく破られてしまいました……」

「うん。ほんとうを言うと、魔法を使わないでも、あれは乗り越えられるんだ」

「どうやってですか?」

「布ををかぶせるとか、銃を盾にして鉄線におおいかぶさった仲間の背中を乗りこえるとか、方法だけなら無限にある」

「ああ……」

「ただ、実戦でそれを思いつくより、魔法を使ったほうがはやい。これで相当数の大地の法を削れたはずだ」


 常識的に考えて三つのストックのうち、そのすべてを攻撃魔法にすることはない。

 観測用の魔術や、陣地の設営に便利な大地の法がストックの大半のはずだ。

 有刺鉄線を持ちだした本当の目的は、相手兵士の数を削るためではない。


 だ。


 兵士はどれだけ退場させても次の試合で戻ってくる。

 しかし、補充のために祈りを必要とする魔法は、使えばそれで終わりだ。

 すくなくとも今日中に元に戻るということはないはずだ。


「この一回戦で、相手の魔法をどれだけ削るかで後の勝負が決まる。わかってるな、ハルト隊長」

「はっ。ここからは、クレノ顧問の魔法が頼りです。よろしくお願いします!」

「大地の法……魔法解放アインザッツ!」


 ルイス王子チームが前進するのを見はからい、クレノ顧問は魔法を使った。

 呪文に呼応して大地が鳴動する。

 クレノの魔法によって、味方陣地の中に盛り土が生み出される。

 第二王子の部隊が使ったのと同じ土の壁を作る魔法だ。

 魔法ひとつにつき、発揮される効果はひとつきりだが——。


再攻撃アタッカ!」


 クレノはもう一度杖を振るう。

 そして振るうこと計十回。

 十個の土壁が、ほとんど瞬きのあいだに味方陣地に現れる。

 前線に出ていたチームにほとんど生き残りはいないが、それも作戦のうちだ。

 最初から最前線には有刺鉄線をはりめぐらすだけの人員しか配置していない。


せよっ!!」


 後方に残っていた実験部隊の隊員たちは二人一組となり、それぞれ新しくできた遮蔽の後ろへと散っていく。

 ヨルアサ王国では、歩兵の戦闘は集団戦闘が主流だ。

 だから、ルイス王子チームもひとつところに固まって進軍し、旗を目指している。

 それが強い戦法だと思っているからだ。

 しかしクレノは未来を知っている。そうではないことを知っている。


 人を殺すのに、弾は何発もいらない。


 弾がひとつかふたつ当たればそれで死ぬのが人間だ。


「撃てっ!」


 第二王子の部隊に、あちこちに散らばった実験部隊の兵士たちが弾をあびせかける。



 *



 ——少し時はさかのぼって。


 ルイス・リンデン・ヨルアサ王子は開会式のあと、観戦のためにもうけられた高座から模擬試合の会場を見守っていた。

 お茶会のときと同じく凛と澄んだたたずまいである。

 辺鄙へんぴな原っぱにいるとは思えない、豪奢な刺繍をほどこした白い生地のローブに瞳の色と同じ紫のショールをつけている。

 いかにも王族然とした姿である。

 しかし表情は生彩がなく、退屈をもてあましているようにみえた。


 そのとき、部下がやって来て高座の下から声をかけた。


「失礼します。ルイス殿下、お客様がいらっしゃいました」

「よかった、ちょうどヒマしてたんだ。お通しして」

「あの、でも、試合開始がまもなくなのですが」

「ボクがいなくても、キミたちは負けないでしょう?」

「は、はあ……」


 ルイス王子は身をひるがえして王族専用の天幕に入った。

 内部は暖かく、もちこまれたテーブルにはお茶と茶菓子まで用意されていた。

 それらはルイス王子がフィオナ姫のために持参したものだが、フィオナ姫は自分の兵士たちと親交を深めると言って、ドレスが汚れるのも構わず魔法兵器開発局の天幕に行ってしまった。


 かわりに無用になった茶を飲み、お菓子を食べているのは、オレンジに近い赤毛をした若者である。


 カーキ色の軍装に身を包んだその姿はまぎれもなく、ヨルアサ王国第一王子のもの。ルイスの兄であるカイル王子だった。


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