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第35話 模擬試合③


「邪魔をしているぞ、ルイス!」


 カイル王子は気さくに片手を上げてあいさつをした。


「ようこそいらっしゃいました。むさくるしいところですが……お兄さまは慣れっこでしょうね。来てくれて助かりましたよ、退屈で死ぬところでした」

「あいかわらずだな、ルイスは。フィオナはどうしているのだ?」

「魔法兵器開発局の天幕にいます。フィオナったら、最近は王宮も留守がちで、ちっとも兄の相手をしてくれないんですよ」


 ルイスは端正な顔立ちに、まるで子どものようにすねた表情を浮かべてみせた。

 ルイスにとっては、フィオナ姫はまだ幼い妹だった。

 何をするでも兄姉の一歩うしろをついて回っていたイメージしかない。

 そんなルイスに、カイルは苦笑してみせる。


「やりたいことを見つけて、いまがいちばん楽しいときなのだ。わかってやれ」

「兄は心配です、軍人なんてみんな野蛮な猿みたいなものですからね」

「いちおう俺も軍人なんだが……」

「いやだな、お兄さまは別ですよ。それで今日はどうしてこんなところに?」

「うむ。かわいい妹の初陣だ。俺も兄として見届けねばと思ったのだ」

「またそんなことおっしゃって、どうせ父上の指示なんでしょ」


 ルイスはミルクティ色の髪をいじりながら、つまらなさそうに言う。

 カイルはぎくりとする。図星のようだ。


「ルイス、ど、どうしてそう思うのだ……?」

「お父上のお考えをわからないボクではありませんよ。ボクとフィオナ……今後、ヨルアサ王国の魔法兵器開発をけん引するのはどちらか。お父様はこの試合で天秤にかけるおつもりなのでしょう」

「まさか、お父上は魔法兵器開発についてとても好意的なお考えをお持ちだぞ」

「それはそうでしょうとも。かねてから魔法兵器開発は地方軍のおはこでした。ただ地方軍には北部司令官のゲスタフを代表として野心あふれる方々もいることですし、魔法兵器を地方軍の専売特許とするのは怖いですからね。——だけど、兄妹ふたりが同時にやることはない。開発費が二倍かかりますからね。それに競争によって仲が悪くなりでもしたら元も子もない……お父上のお考えはそんなところでしょう」

「う~ん……俺は、お前の前では一生ウソをつけなさそうだ」


 カイル王子は冷や汗をかきながら、生つばのかわりに紅茶を飲みほした。

 ルイス王子は生まれつき魔法に秀でているばかりか、時おり未来が見えているのかもしれないと思うほど鋭いことを言うときがあった。


 おそらくは実際にそのとおりなのだろう。


 魔法研究でどれほどの成果をあげても、国でいちばんの魔法使いだとほめられても、ルイス王子はそれを『当然のこと』と受け取るばかりで、いつもつまらなさそうにしている。カイル王子がこれまで見てきたルイス王子は、いつも予測どおりの未来を眺め、ヒマをもてあましている姿ばかりだった。


 そのとき、外で空砲が鳴った。

 模擬試合がはじまったのだろう。

 外にいる兵士たちの騒がしい声が天幕の中にも聞こえてくる。


「はじまったぞ。ルイス、お前も行かなくていいのか?」

「いいのですよ。どうせ結果はわかりきっているのですから」


 ルイス王子はその美貌を悩ましげに歪めていた。

 カイルの推測通り、そもそも兵隊や軍隊というものが、ルイスにとっては、究極的に言えばどうでもいいものだった。

 これも第二王子の義務かと思い、ふんだんに魔法を使える部隊というものを作ってみたはいいものの、兵士たちの性格は粗野で好きになれないし、結局、軍隊に使われる魔法というのは人殺しのためのものだ。

 模擬試合をやろうと言い出したのもフィオナ姫とヨルアサ王のふたりである。

 ルイス王子には、この試合に妹姫の希望を叶えるという以外の目的はないのだった。


 すると、そのときだった。


 ふたりのいる天幕に先ほどの部下がやって来た。

 部下は慌てふためき、何やら狼狽している様子だ。


「ルイス殿下、失礼いたします!」


 ルイス王子は慌てることなく、ゆるりと振り返り、優しげにほほえんだ。


「なあに? 見てのとおり、来客対応中なのだけれど……」

「あの……魔法兵器開発局の連中がですね、直前になって陣地に妙なものを持ちこみまして……! なんと言えばいいか……!」

「妙なもの? どういうことかなあ?」

「とにかく、ご覧になってください。ありえないことが起きております!」


 混乱しきった部下にうながされるまま、ルイス王子は天幕を出た。


 そして、この敏く賢い王子は、久しぶりに彼の人生で“予測不可能なもの”や“あり得ないもの”を目の当たりにしたのだった。


 事前に立てた作戦によると、ルイス王子の魔法開発局側は試合開始直後にフラッグを取りに出るはずだった。


 フィオナ姫側の陣地には、ルイス王子チームとくらべるとずいぶん貧相な防御陣地があるだけで、魔法を使えば簡単に陣地ごと吹き飛ばせるはずだからだ。 

 しかし、ルイス王子が双眼鏡を向けた先には、思いもよらない混乱があった。


 ルイス王子チームはいまだ敵側の陣地にたどりつけていない。


 なぜなら、魔法兵器開発局側の陣地周辺には円を描く黒い線——有刺鉄線が張りめぐらされていて、それが全兵士の足を止めているからだ。


「あれは鋼鉄でできております。細いロープ状の鉄を編みあわせたもので、編み目は鋭くとがっております! 足が絡まるようで、敵陣に侵入できません!」

「なんだい、それ。あっちの魔法兵器か何かかい?」


 ルイス王子がふしぎそうに問いかけるものの、部下の男は答えを持ちあわせていないようだった。

 答えを出したのはカイル王子だった。

 ルイス王子から双眼鏡を受け取ったカイル王子は、フィオナ姫側の陣地をみてニヤリとする。

 そして声を出して笑ってみせた。


「ははは! なんだあれは!?」

「笑ってる場合ですか、カイルお兄さま」

「いやあ——おもしろいな。実におもしろい。あれはたぶん魔法兵器ではないぞ。ただの工夫だが、あれなら騎兵の突撃ですら止まるだろう」

「馬ならあれくらい難なく飛び越えられます」

「なーに、杭でも打って背たけを高く整えてやればよいだけだ。破壊されたとて陣地には残るだろう。たいそう迷惑な障害物になるだろうな!」

「しかし、魔法勝負になれば、こちらの優勢にかわりはないはずです!」


 ルイス王子チームは大地の法を連発し、バリケードを破壊していく。

 それに対し、魔法兵器開発局も大地の法を使ったようだ。

 大地が盛り上がり、遮蔽の土壁ができる。

 それも、ひとつではない。


 次々に——それも十個以上の土壁が現れた。


 そのときにはじめてルイス王子の表情が完全に曇った。


「なんだ?」とカイル王子が首をかしげる。「魔法兵器開発局にも魔法使い兵が複数いるのか?」

「いいえ……。ひとりきりです。ですが、噂にきいたことがあります。クレノ・ユースタス……彼はだと……」

「ストックが無限? そんなの、ありえるのか?」

「何かからくりがあるはずです」


 しかし、からくりが解けるよりもずっとはやく、残酷な戦場の時計は進む。

 兵士たちを散り散りにして、クレノたちは誰にも予測のつかない場所から、第二王子の部隊に銃口を向けはじめたのだ。

 ばらばらに散らばった兵士たちは、居場所をつかみにくい。

 圧倒的優勢だったはずのルイス王子の部隊は苦しい戦いを強いられていた。


「工夫のある男だ、クレノ・ユースタス! ——覚えておこう。あのような男だと知っていたなら……フィオナでなく私が無人島まで迎えに行っていたものを」

「正気ですか、カイルお兄さま」

「ごらん、ルイス。あれこそが見通しのない未来というものだ」


 悪気のない兄の皮肉に眉をひそめ、ルイス王子は妹の兵たち、そしてどこかに隠れているクレノを睥睨へいげいする。


「クレノ・ユースタス……。たしかにボクが思っていたよりずっと、おもしろい男かもしれませんね」


 ルイスが向けるのまなざしに先ほどまでの退屈さはない。

 穏やかな瞳に、はっきりとした好奇心が宿っている。



 *



 そして、一回戦の結着がついた。


 クレノたちは——


 ものの見事に負けた。

 実験部隊は全員死亡扱い。

 一分の隙もない、疑問を差し挟む余地もない大敗北。

 まさに手も足も出ないボロ負けであった。


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