「なぜじゃ!!」
フィオナ姫は全身泥まみれになったクレノを土下座させていた。
そして、その頭上でカンカンに怒りちらしていた。
「途中まではいいかんじの空気が出ていたではないか!! ライバルがおらず退屈をしていた天才のまえに突如として現れた地方軍のダークホース……試合の結果はいかに!? みたいな空気が!! いったいなんじゃったんじゃあれは!?」
「落ちついてください姫様。これは劇とか物語の中ではなく現実の戦闘なんですよ。冷静に考えて、俺たちがどれだけ小手先の策を弄してもムキムキマッチョのガチ魔法兵士に勝てるワケがないじゃないですか」
「じゃ~か~ら! 小手先とか言うでない!! あれはそなた、クレノ顧問が用意した特別な作戦なのじゃろう!?」
「まあそれはその通りなんですけども~」
「どうやらよっぽど軍法会議にかけられたいらしいようじゃの!」
クレノ顧問は座ったままフィオナ姫に胸ぐらをつかまれ、ぶんぶんと乱暴に振りまわされていた。
隣で土下座をしていたハルト隊長が必死に助命を訴える。
「待ってください。フィオナ姫様、結果こそ残念なものにはなりましたが、クレノ顧問が立てた斬新な作戦のおかげで、こちらにはけが人ひとりおりません。それに、相手の魔法を半分近く削り取ることができました!」
クレノは一回戦のあいだ、大地の法を使ったこと以外は直接の戦闘には加わらず、相手が使った魔法の数を正確にカウントしていた。
「結局、最後は力押しでねじこまれてしまいましたが、ばらばらに散った実験部隊の兵士を無力化するために、相手は四十以上のストックを放出しております。死亡判定が下った兵士は二回戦で戻ってきます。ですが、失ったストックは回復しません!」
ハルトに説明され、フィオナ姫は気まずそうにクレノを解放した。
「——おわかりいただけましたか、姫様。俺も遊んでいたわけではないのですよ」
クレノが最初に「一回戦は負ける」と言っていたのは、勝負をあきらめたからではない。
むしろ二回戦、三回戦での勝ちの目をひろうための作戦なのである。
「たしかに、すべての兵が魔法使い兵で、たくさんの魔法が使えるというのがルイスお兄さまの部隊のすごいところじゃ。たった一回の勝負で、その利点が半分になったというのは大きいかもしれないのう」
クレノはそれを聞きながら、頭の中でそろばんをはじいていた。
ちなみにその一回だけの勝負で、実験部隊はありったけの有刺鉄線を使い果たしてしまった。敵チームだけでなく実験部隊も金銭面で多大な負債を負ったのだが……クレノはそのことはおくびにも出さず笑顔で返事をしておいた。
「はい、そのとおりでございます!」
姫様のそばに控えていたカレンが何かを察したような顔をしているが、そっちは後でなんとかするしかない。
「にしても、クレノ顧問。そなた、一回戦のあいだにかなりの数の魔法を使っておったが、ストックが空になってしもうたんじゃないのか?」
「ああ……。大丈夫です。こちらが失ったストックはひとつだけです」
「へ? どういうことじゃ?」
「前に言いませんでしたっけ。俺はとくに強い魔法が使えるわけでもないし、ストックがすごく多いってわけでもないんですが、ひとつの魔法を連射できるっていう特技があるんです」
「なんと! なにゆえそのようなことができるのじゃ!?」
「えーと……なんと説明したものか……」
クレノ顧問は考えながら首をひねった。
実はというかなんというか、それはクレノが転生者であることに由来している能力なのだが、そのことを打ち明けるつもりはないのである。
「つまり、これは
「固有魔法?」
「はい。信仰心があつい魔法使いにだけ、神々が与えてくれる特別な魔法があるのです」
これはカスの嘘ではない。
固有魔法というのは、この世界に確かに存在するものだ。
特別な才能をもつ特別な魔法使いにだけ、神々が与える力である。
その発現の仕方は様々で、特定の種類の魔法の力が強くなったり、その人にしか使えない個性的な魔法が現れたりすることもある。
「クレノ顧問がまじめに神に祈っておるところなど想像もできんが?」
「俺もそう思いますが、神のご意思はとかく人には想像もできないものですから。意外な人物に意外な才能があるものなのです」
「ふーむ。そんなすごい力を持っておるとは、意外と頼もしい男じゃったのじゃな、クレノ顧問は!」
残念ながら、クレノは固有魔法持ちではない。
だが、ひとつの魔法を連射できるというのは本当だ。
そういうことにしておいても、とくに問題はないだろう。
「それよりも、問題は二回戦ですよ。フィオナ姫様。この勝負を取らないことには、我々魔法兵器開発局に勝ち目はありません」
「うむ。次も同じ作戦でいくのか?」
「いえ、同じ作戦は使えません。先の戦いで有刺鉄線をほとんど壊されてしまいました。散兵作戦も種がわかってしまえばあちらが有利です」
「なぜじゃ?」
「あちらには敵兵の位置を観測する魔法が多数残っているからです」
戦場で敵兵士の居場所を探る魔術を「見地の法」という。
文字通り、大地に何が隠されているかを見る魔法だ。
ひとりあたりの観測範囲は狭いが、ルイス王子チームは使い手が多いから模擬試合の会場はほとんど死角なくとらえることができるだろう。
ついでに魔力を帯びた魔法使いや魔法兵器がないか調べる「見魔の法」を使われたら、こちらの手の内はストックから何から何まですべて明らかになってしまう。「破魔の法」という魔法を使って相手の魔法に抵抗することもできるが、こちら側の魔法使いはひとりきり。
とてもではないがルイス王子側の魔法すべてをふせぎきることは不可能だ。
「ですので、勝負はここから。二回戦では、我々の魔法兵器を出します!」
「おお!」
一回戦で魔法兵器を出さなかったのは、なるべく相手に情報を与えないためだ。
ルイス王子チームもそれがわかっているから、見地の法や見魔の法を取っておいてあるのだ。ここがふんばりどころである。
「使用する魔法兵器は、姫様が作成された魔法兵器のなかから、かろうじて使えそうなものを俺が選びました」
「かろうじてってなんじゃ、かろうじてって!」
「少なくともゴミではないという意味です」
「おぬし、いつもわらわの発明をゴミとか思っておるのか?」
「この際ですから言っておきますけど……目くらましバリアとかマッハじゅうたんとか、報告書ではいいかんじに書いてあっても、あれはぜんぶゴミをあらわす別の言い方ですよ」
クレノはとたんに真顔になった。
彼の心の傷となった光るベルト——通称ゲーミング目くらましバリア——そして身をボロボロにしたマッハで飛ぶじゅうたんのことを影で「二大ゴミ兵器」と呼んでいるクレノ顧問であった。
「しかし、それはそれ。これはこれです。次の戦い、必ずや姫様に勝利をお届けします!」
「うむ、期待しておるぞ!」
敗色濃厚ではあっても、ただ負けに行くだけでは試合とはよばない。
クレノはこの第二試合で勝負に打って出ると決めていた。
フィオナ姫が心血を注ぎ丹念に作り上げたゴミ——いや、魔法兵器は、必ずや敵の度肝を抜くに違いない。
この負けられない一戦にクレノが持ちこんだ魔法兵器は、一部界隈でこのように呼ばれている。
——通称『