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第37話 壊してはいけない祠①


 休憩を挟み、注目の第二試合がはじまった。


 空砲が鳴っても両者に動きはみられない。

 不気味なにらみあいが続く。

 しかし、動きがないのは見える範囲がそうというだけで、その間もルイス王子チームは水面下で魔法を使っていた。


 クレノの予測通り「見地の法」である。


 ルイス王子チームはよほど散兵作戦を警戒していたとみえる。ストックから解放された魔法は、曇りはじめた演習場の空に魔法陣を描いて行く。

 大地の神を示すシンボルマークが、遮蔽しゃへいのむこうに隠れているクレノたち実験部隊の兵士たちの頭上に現れ、光の筋を落としていく。

 クレノ顧問が抵抗をしなかったので光の筋ははっきりと兵士たちの頭上に現れ、その存在を知らしめた。

 だが、その光の柱は一か所に集中して現れた。



「何だと!? やつら、散兵作戦を放棄したのか!?」



 そう。

 二回戦では、宣言通りクレノたちは散兵作戦を取らなかったのである。

 実験部隊はほとんど全員が最前線中央に集まっていた。


 十分に見地の法を無駄撃ちさせた後、クレノたち実験部隊は矢の隊形を取って戦場に全身を現した。


 彼らは五つの台車を押していた。

 台の上にはそれぞれ奇妙な造形物が五つ乗っている。


 それらは……石や木でできた小さなやぐらであった。あるいは小神殿と呼んでもいいかもしれない。つまるところ、それはなのだった。

 しかも実験部隊が台の上に乗せている五つのほこらは、いずれ劣らぬ『邪気』を放っていた。なぜか、そこにあるだけで周囲の空気がよどんでみえるような、邪悪なオーラをまとっているのだ。


 これを目の当たりにしたルイス王子チームの指揮官は、しばしあっけに取られ「は? ……は? えっ?」と、言葉にならない言葉を口にする。


 自分が何を目にしているかわからず、思考がまとまらないのである。

 これを千載一遇の好機と見たハルト隊長は、敵陣に向けてサーベルを向けた。


「総員、突撃ーーーーーーっ!!!!」

「うおおおおおおおーーーーーーっ!!!!」


 雄たけびを上げながら、実験部隊が走りだす。

 五つの祠を先頭に、目指すは正面突破である。

 そのとき、敵側指揮官はまだ呆けていた。


「——何だあれ? 夢?」

「夢ではありません!! 異様な気配を持つ祠を押し進めながら、敵がなだれこんで来ます!!」

「け、け、見魔の法、撃てーーーーっ!!!!」


 混乱の中、かろうじてそれが魔法兵器であると判断したのだろう。

 指揮官が無我夢中で叫ぶ。

 あちこちから解析の魔術が複数飛び、五つの祠の情報をもたらす。


「指揮官、あの祠は呪われております! 祠を破壊した者に呪いをもたらす、恐ろしい呪物です!!」

「なんだと!? ——え!? あれって本当に祠なの!!??」

「わかりません!!!!」

「壊したらどうなるの!?」

「わかりません!!!!!!!!」


 壊してはいけない祠。

 それはクレノ・ユースタスにとっては因習村と共に定番化したネットミームのひとつである。村ずれにあって恐ろしい神がまつられている祠だ。

 ホラー小説や映画には絶対出て来るといっていい定番の舞台装置であり、うっかり壊したり、まつられている神の気に障るようなことをすると、たちまちひどい目にあうアレのことである。

 どうやら、そうしたセオリーがヨルアサ王国にもあったらしい。

 それらを魔法兵器化したものが、クレノたちが台車に運んでいる祠だ。


「あいつら、正気か!?」


 指揮官は叫んだ。


「呪われてようがいまいが、祠だぞ!! 神様がまつられてるものなんだぞ!! 神様頼みで魔法を使ってる魔法使い兵がやっちゃダメだろ!!」

「指揮官、どうしますか、攻撃しますか!?」

「な、ならん! 壊しちゃダメに決まっとる! 攻撃、中止ーーーーっ!!」


 これ幸いに、実験部隊は祠を積んだ台車ごとルイス王子チームの陣地に突っこんだ。


「総員前進し、旗を奪取せよ!!」

「総員前進ーーーーッ!!!!」


 男たちが土ぼこりを上げながら押しよせてくる。

 しかし、ルイス王子チームにはどうしようもない。銃を向けることもできず、魔法も使えない。

 なだれこんでくる実験部隊を見ているしかできない。


「ふざけるなっ!!」

「馬鹿かお前ら!!」

「通さねえぞ、コラっ!!!!」


 怒り心頭のルイス王子チームは、押しよせる実験部隊の兵士に直接掴みかかり、次々に地面に引き倒していくが、焼け石に水である。

 誰にも触れられない祠を盾にした兵士たちは着実に最奥に迫っていた。


「行けーーーーーー!!!!」

「倒れた奴には構うな、進めえええええ!!!!!」


 彼らはとうとう旗の元にたどりついた。

 誰も手出しができないまま、青い旗はフィオナ姫チーム、実験部隊の手に渡った。

 誰ひとりとして殺すことなく、ほとんど抵抗もないままに勝利のみを手中にしたのである。


 審判はしばし呆然とし、やや遅れて試合終了の笛を吹いた。


 実験部隊の勝利であった。



 *



 偉大な勝利を手にしたフィオナ姫率いる実験部隊は、その後、罵声ばせいをあびていた。


「臆病者!」

「ふざけんなよカスども!! 死ね!!」

「何考えてるんだ? 頭大丈夫か? 本気で心配になるぞ」


 敵チームは口々に百万通りの罵倒の言葉を述べ、地面にツバを吐いた。

 はたから見るとひどい態度だと思うだろうが、心情を考えれば無理もない。むしろ相手が精鋭チームだからその程度ですんでいるのである。

 クレノ自身、敵チーム側だったら、祠作戦をボロクソに批難していたと思うし、ツバは相手の顔に直接かかるよう吐きかけていた。

 それくらいされてもおかしくないことをクレノたちはやってのけたのだ。


 勝利には犠牲がつきものである。


 クレノ顧問が天幕に戻ると、やや遅れて、相手側指揮官と審判、そしてルイス王子が連れ立ってやってきた。


 もちろん抗議のためである。


 だが魔法兵器を使うというのは、事前に通っていた話である。

 どのような魔法兵器を使ってはいけないか、など細かい部分が決まっていたわけでもない。それに、こちら側の魔法兵器でルイス王子チームは誰も負傷すらしていないのだ。


 結局、話しあいはルイス王子チームに祠の解析時間を与えることで結着がついた。


 勝負そのものはそのまま第三試合に持ち越しだ。

 話しあいが終わるとクレノの所にルイス王子がやってきた。

 クレノは敬礼の姿勢をとる。

 薄紫色の瞳がクレノの全身をなめ回すように見てくる。


「クレノ技術中尉、君と話したいのだが、いいかな」

「お兄さま、クレノ顧問と話すなら、わらわを通してくださいませ」


 すかさずフィオナ姫が間をさえぎる。

 だがルイス王子もかたくなだ。


「ごめんね、フィオナ。どうしてもふたりきりで話したいことがあるんだ」


 高位王族の頼みであるから、クレノからは断れない。

 ルイス王子は護衛だけを連れて天幕の外に出た。

 盗み聞きの心配がない距離まで来ると、ルイス王子はクレノにほほえみかけた。

 ミルクティ色の髪がまるで人形のような相貌を飾るようにふわりと舞う。


「直接話すのははじめてだね、クレノ君。はじめまして。ボクがルイス・リンデン・ヨルアサだ」


 無邪気にさし出された手が握手のためのものだと気がつき、クレノは迷ったが、応じることにした。

 まるで少女のように華奢で、なめらかな手のひらだった。

 ほんのりと暖かく、離れるときに花の香りがした。いい香りだ。

 間近に少女のような笑みを向けられると、これに狂う男たちがお茶会で列をなすのも当然だとさえ思えてくる。


「お会いできて光栄です、ルイス王子殿下」

「そうかしこまることはないよ。王族とはいえ、しょせんボクは貴族の道楽息子みたいなものだからね」

「そんなことはありません。我々魔法使いたちみんなのあこがれです」

「そうかな。君のほうこそ……遠くから実力をみせてもらったよ。じつは、きみのことは魔法学校時代から知っていてね。その才能には、魔法学校の先生方も感嘆していらしたものだ」

「過分なお言葉です、殿下。それよりも、せっかく対戦の機会を与えていただいたのに、殿下のご厚意を奇策で受け止める形になり申し訳ありません。どのようなそしりも甘んじて受けるつもりです」


 これは半分くらいは本心だった。

 魔法使いとして、ルイス王子はあこがれの存在だ。

 しかしあこがれの存在に突きつけたのが『壊してはいけない祠』なのである。

 穴があったら入りたい気持ちだ。

 ルイス王子はそれには直接答えないでいた。


「君はフィオナのことをどう思っているのかな?」


 そのひと言で、いやおうなくクレノはお茶会のときの大惨事を思い出した。

 クレノがフィオナ姫の彼氏だと間違えられた一件のことである。


「いや! 俺は! 姫様の部下であって決してやましいことはありません!!」

「ふふっ。そうなの? じゃあ、ボクが口説いてもいいのかな?」

「はい?」

「クレノくん。じつを言うとね、ボクは君が卒業したとき、キミをうちの魔法開発局にスカウトするつもりだったんだ」

「えっ……」

「だけど、魔法学校に話を持っていったときには、君は地方軍に持って行かれてしまった後だった。あれはすごく残念だったよ。こうして再び知りあえたのも何かの縁だろう。ぜひ、うちにおいでよ。キミの才能は魔法の発展のためにこそあるはずだ」


 そう言って、ルイス王子はクレノとの距離を縮めてくる。

 髪についた花の匂いが鼻先をくすぐる。

 近すぎる、とクレノは思った。


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