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第39話 壊してはいけない祠③


「でえりゃああああああっ!!」

「死ねええええっ!!」


 もはや背中をみせて逃げ出すことも、進路を変えることもできない。

 その先に待つのがどんな結末だったとしても。

 もしかすると破滅する未来が待ち構えているとしても。

 兵士たちに出されたのは前進せよという命令のみだ。ならば、もはや彼らにできることは、ただただやみくもに力を振りしぼり前進することだけなのだった。


 そして——。

 そして、ちょうど演習場の真ん中で、五つの祠と祠が正面からぶつかりあった。


 ガシャアアアアアアアアン!!


 激しい音を立ててぶつかりあった祠のうち、あるものは粉砕され、あるものは地面になぎ倒され、その破片が四方八方に飛び散った。


「壊してはいけない祠が……! 壊れたっ………………!!」

「壊れたら、いったいどうなるんです!? クレノ顧問!!」

「わからんっ……!」


 演習場は不気味な空気に包まれた。

 兵士たちは放心し、戦闘もせずに倒れた十のほこらを見守っている。

 そのとき、クスクス……という不気味な笑い声が聞こえてきた。


 クスクス……。

 クスクスクス…………。


「壊れちゃったねえ」

「壊れちゃったねえ」

「壊れちゃったら……ね……」

「もう終わりだね」

「うん終わりだね」


 不気味な少女の声がした。

 見ると、赤い不思議な衣を着た双子が手をつなぎ、崩れ落ちた祠のそばに立っている。


 クスクス……。

 クスクスクス…………。


「お兄さんたち、死んじゃうね」

「うん、お兄さんたち、死んじゃうね」


 もう片方の側、ルイス王子チームの祠のそばにも、同じ双子が立っていた。

 そして笑いながら不気味なセリフのハーモニーを聞かせてくる。


「だ、誰……?」


 現れたのは、双子だけではなかった。

 その隣には、三十代後半と思しき気だるげなおじさんが立っている。


「おっ。お前……祠、壊しちまったのか……? やっべえじゃん、死んじまうぞ?」

「あっちゃ~~~~。まさか、やっちまうとはな。知らねえぞ……っと!」


 適当そうで気だるげなおじさんもふたりいた。

 その隣には霊感がやたら強そうな感じの、黒髪ロングストレートヘアのお姉さんも、当然のように二人いる。


「少年。あの祠を壊しちまったんだろ? ったく、しょうがないやつだな」

「今日はウチに泊まっていきな。夜中に名前を呼ばれても出てくるんじゃないよ!」


 そして、満を持して野良着姿の老人が登場する。もちろん二人いた。


「お、お前、壊したんか!!??」

「村はずれあの祠を、壊したんか!!!!????」


 そんな感じで、どこからともなく計12名の人物が演習場のど真ん中に突如として姿を現した。

 彼らは兵士たちに向かって口々に祠を壊したことを責め立ててくる。


「だ…………誰…………!?」


 兵士たちはドン引きしているが、どうしていいかわからずその場に留まっている。

 突如として現れた人々は、どうみても一般人だったからだ。


「あれ、なんなんですか! いったい何が起きてるんですか、姫様ーーーーーー!?」


 クレノは場外に向けて怒鳴った。

 フィオナ姫は天幕の近くで腕を組んだままにやりと笑い、大きな声で叫び返してくる。


「あれは、な……! わから~ん!! 祠が壊れたらどうなるのかは、わらわにもわからんのじゃ~っ!!」

「わからんのじゃじゃないんですよ!!!! 民間人でしょどうみても!!!!」

「でも、な……ホラ!! つきものじゃろ!? 怖い話には!! 祠が壊れたら必ず出て来て“祠を壊したんか!?”って言ってくるおじいさんが!!」

「あれってまさか祠が壊れたことによって生成されたんですか!!!??? 人間が!!!!????」

「わからんのじゃ~~~~!!!! わかるのは、相手も同じ祠を使ったことによって、民間人の数も二倍になったということだけじゃ~~~~!!!!」


 わからんのじゃ、ではない。

 人間がどこからともなく、それも成人済の人間が湧いてくる魔法なんて、聞いたことも見たこともない。呪いとかよりよほどやばい。


「クレノ顧問、まだ試合中ですよ。どうします!?」


 ハルト隊長のあせった声が、クレノを現実に引き戻した。

 こんな訳のわからない状況なのだ。審判は試合中止を宣言してもよさそうなものだが、いまだに試合は続いている。

 もしかしたら状況を掴めていないのかもしれない。

 しかし続行なら続行で、この混沌とした状況をなんとかしないことには勝利もない。


「……祠がむこうからも出てきたのには、何か理由がある。おそらく、むこうの陣地のどこかに固有魔法を持った魔法使いがいるはずだ」

「クレノ顧問以外にもですか」

「そうだ、ハルト隊長。相手はなにしろルイス王子の部隊だ。固有魔法持ちのひとりやふたりいてもおかしくない。そして魔法使い兵に勝てるのは……魔法使い兵しかいない」

「どうなさるおつもりで?」

「まずは俺がひとりで敵地に乗りこみ、接近して見魔の法を撃つ。いちかばちかだ」

「そんな。無茶です!」

「せっかく掴んだ勝利の目だ、むだにはしない」


 クレノは前線の混乱に乗じて、味方の陣地から走り出た。


「クレノ顧問が出られる! 援護射撃!!」

「むりですっ!!」


 前線は一般人とルイス王子チーム、そして実験部隊が入りまじって大混乱になっていた。さすがの異常事態と、卑怯な魔法兵器で勝とうとしたことにいら立ったのだろう。言いあいになり、ただのケンカのように殴りあっている連中もいる。

 クレノは前線まで来ると、足下に向けて大地の法を使った。

 出現した土壁に乗って高さを稼ぎ、次の魔法を撃つ。


「風の法。魔法解放アインザッツ!」


 杖の先に大きな空気のかたまりと流れが生まれ、クレノの体をさらに高く押し上げた。クレノは帽子が飛ばないように押さえつつ、力の向きを調整しながら、風の法を連射する。


再攻撃アタッカ!」


 飛び上がった体が大きくしなり、乱闘をする兵士たちの頭上を軽々と越えていく。

 気がついたルイス王子チームがクレノに銃口を向けるが、何人かは実験部隊の兵士たちに阻まれた。

 残った連中も、すでにライフル銃の射程からは外れている。

 クレノは何度か風の法を連射し、ルイス王子チームの陣営の最奥、旗の手前まで入りこんだ。

 そのとたん、旗の護衛に残っていた兵士たちが押し寄せてきた。


「風の法、一時停止センツァ! 炎の法、魔法解放アインザッツ!」


 まずは襲ってきた先頭の兵士を炎で吹き飛ばす。


風の法、再解放センツァ・ソルディノ! 炎の法、再攻撃アタッカ!」


 一時停止した風の法を解放し、同時に炎の法を撃つ。

 風はクレノを中心に渦になり火炎をからめとって炎の竜巻となった。

 後続の兵士たちを吹き飛ばして模擬銃を焼き払う。

 攻撃が止んだところですかさず、観測用の魔術を放つ。


「見魔の法!」


 天から光がさしこんだ。

 その光は、旗の手前の何もない場所を指し示していた。

 おそらく、そこに魔法使いが姿を隠しているに違いない。

 大地の法、風の法、炎の法、見魔の法——、残るストックはあとわずかだ。


「炎の法、魔法解放アインザッツ!」


 クレノは見魔の法によって示された場所に炎の魔法を放った。

 すると、透明なカーテンを開くように、その場に魔法使いがひとり現れた。

 白い杖を手にしたピンク色の髪の少女である。

 軍服は着ていないが、フードつきの白衣をまとい六芒星のエンブレムをつけていた。あれは魔法開発局のエンブレムだ。


「守護の法、魔法解放アインザッツ


 少女は炎の魔法を軽々と防御魔法でふせぐと、突然その目を見開き、後ろを指さした。


「あーっ! あぶない!」


 振り返ると、大きく成長した土の壁がクレノに向かって倒れてくるところだった。


「守護の法————!!」


 寸前で唱えた防御魔法が土壁をふせぐ。

 しかし、クレノには、もう攻撃魔法が残されていない。


「べつの魔法をとなえたから、連射の固有魔法はもう使えないはずですよ。あなたの固有魔法、べんりだけど、直前に唱えた魔法にしか効果がない……そうでしたよね?」


 少女はそう言って、スカートをひるがえし、その場にしゃがみこんだクレノに近づいてくる。


「待った! 三つ以上魔法を使ってないか!?」

「わたしが使ったのは、固有魔法が一回。守護の法が一回。姿隠しと大地の法は、すべてほかの兵隊さんのストックです。魔法使い兵がひとりいることはわかっていましたから、ここにはもちろん、あなたを倒せるだけの兵力が残ってるんですよ。あたりまえでしょう」


 みると、ピンク髪の少女の両隣から、同じフードをかぶった伏兵がふたり現れた。


「ですから、殿下がフィオナ姫様としたお約束を破ったわけではありません。それでは、わたしの固有魔法である『模倣』の魔法をお見せします——。魔法解放!」


 少女の周囲に風が巻き起こり、炎が現れ、竜巻となる。

 先ほど、クレノがみせた魔法と全く同じものだった。

 クレノはなすすべもなく、炎の渦にのみこまれた。


「ツメが甘いところは、魔法学校時代と変わらないんですね。センパイ……」


 審判が試合終了の笛を鳴らした。

 いつのまにかフィオナ姫チームの陣地は、体勢を立て直したルイス王子チームの兵士たちに蹂躙じゅうりんされていた。


 敵兵士のひとりが青い旗を掲げている。


 これでルイス王子チームの勝利が確定した。

 模擬試合は、こうして幕を閉じたのだった。

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