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「模擬試合にて勝利をおさめることができず……大変申しわけありませんでした」
試合終了後、クレノはフィオナ姫のもとに片ひざをついて
魔法使い兵は杖を取り上げられたらなにもできない。
魔法使いの命そのものである杖を差し出すことで『いかようにでもしてくれ』という意志を示す、完全降伏のポーズである。犬が腹を見せて寝転がるようなものだろうか。
フィオナ姫は杖を受け取ると、その先端でしょげ返るクレノ顧問の肩をかるく叩いた。
「結果は残念じゃったが、クレノ顧問がぶじでなによりじゃった。炎に飲まれたときは死んだと思ったのじゃぞ」
「ほんとに殺すのはルール違反ですから……」
魔法使い兵どうしの模擬戦闘では、一応、命の危険があるような攻撃は急所に当ててはならないと取り決められている。
クレノもあちこち服がこげて火傷をしているが、致命傷にはなっていない。
「わらわも厳しく言いはしたが、模擬試合はしょせん模擬試合じゃ。大切なのは勝ち負けではなかろう」
「は。ですが、来年度の予算のほうが……」
「まあ、生きておればなんとかなるじゃろう。父王様には、また別の方法で、我らの実力をお示しすればよいことじゃ」
「はい……」
クレノの返事には力がない。
勝てば官軍と奇策に走って、それでもつかみ損ねた勝利の味は、苦い。
いや、
よくわからないが、あまり自慢できるような味でないことは確かである。
とくにクレノにとっては、パンジャンドラムに引き続き二度目の敗北だ。
「相手の力が一枚も二枚も上手じゃったということじゃな。最後におぬしが戦っておった魔法使い……あの者はいったい何ものじゃ」
クレノはちらりとルイス王子チームの天幕を見た。
模擬試合の勝利を受け、ルイス王子も高座から降りて兵士たちを直接ねぎらっている。そのそばには、最後に対峙した魔法使いの少女が立っている。
フィオナ姫が小指を立てて言う。
「むちむちじゃな。まさかルイスお兄さまのコレかのう?」
「フィオナ姫様、はしたないですよ」
ピンク色の髪の少女は、遠目からもわかるとおり胸や太ももに、服の上からでもわかる確かな肉感をまとっていた。
「え~だって~、あやしいんじゃもん~!」
「彼女の名前はフェミニ。俺やカレンの魔法学校時代の後輩です」
「なんじゃ、知りあいだったのか?」
「魔法開発局に入っていたとは知りませんでしたが……」
クレノは答え、カレンを見た。
「カレンはどうだ? フェミニとは、俺よりも親しいはずだよな」
「ごめんなさい。あたしは知ってたんですけど、この試合に出るなんて全然知らなくて……。固有魔法を
カレンはフィオナ姫の力になれなかったことを悔やんでいるようだった。
「よいのじゃ。知っていたとて、友人のことは言いにくかろう。祠を増やしたのはあのフェミニとかいう娘でまちがいないのじゃな、クレノ顧問」
「はい。彼女の固有魔法でしょう。推測ですが、魔法や、魔法を帯びた物体をそっくりまねて出力することができるようです」
「すさまじい魔法じゃ。その魔法で彼女が祠をだしたから、あのように一般人があふれてしまったわけか……」
演習場にあふれた双子の少女や三十代男性、近所に住む霊感が強いお姉さんやおじいさんは、ひとつところにまとめられて取り調べを受けている。
模倣の固有魔法で作り出された祠は、一定時間が経過した後に消えてしまった。
そこから出てきた人々は祠の消失と同時に消えたので、残りは半分。
計六名の謎の人物たちがいる。
取り調べの結果、彼らはヨルアサ王国の住人ではないことがわかった。
これまでの記憶は全くないようで、全員が「突然この模擬試合の会場に連れてこられた」と証言している。
彼らが人間なのか、それとも魔法でつくられた生命体なのか……そして、いつか消えるのか、このまま存在し続けるのかは、まだ誰にもわかっていない。
「姫様……魔法兵器壊してはいけない祠は……残念ながら不採用です……」
「うむ……我ながらやばいものを生み出してしまった自覚がある……」
フィオナ姫は自分がおかしてしまった罪の重大さに、かすかに震えていた。
ちなみにこの時点では誰も知らないことだが、祠から生まれた六人は、この後三年半にわたってヨルアサ王国に居住し続けることになる。
そして三年半が経過した後、いつの間にか消えていた。
今日の事態を目撃した兵士たちにはかん口令が敷かれ、『壊してはいけない祠』は長きにわたり封印されることになるのである。
また、
「まさか魔法珍兵器開発室から使用禁止兵器が生まれるとは……」
核兵器やダムダム弾等、その破壊力や汚染を
オリジナリティがありすぎだ。
「さて、そろそろ撤収の時間じゃの」
「俺は相手方にあいさつをしてきます」
「うむ。ボコボコにされないよう気をつけるのじゃぞ~」
クレノはルイス王子チームの天幕へと駆けていく。
そして目的の人物を呼び止めた。
「フェミニ!」
フードつきの白衣をまとった背中がクレノを振り返った。
ピンク色の髪に、小動物のような瞳。
小柄で可憐そのものの立ち姿は、魔法学校時代の思い出と変わらなかった。
「…………あぁ、クレノ先輩ですか。なにかご用ですか」
フェミニはごく小さな声で問い返してくる。
「魔法開発局に入ってたんだな。ひとこと、お祝いが言いたくて……いや。お前にとっては当たり前のことなんだろうけど、さすがだな」
フェミニはクレノの一学年下の後輩だ。
カレンとは幼馴染で親しく、そのつながりで知りあいになった。
当時から頭がよく、魔法の腕前もずば抜けていて、教師や生徒たちみんなから『天才』と呼ばれていた。そんなフェミニがルイス王子の魔法開発局に入ったというのは、ある意味、当然の流れだろう。
「今日は試合直後でいそがしいと思うが、落ちついたらカレンと一緒に食事でもどうかな。魔法学校の卒業生どうし、旧交をあたためあうってことで」
「えっと、食事ですか……? あの、でも、試合の直後で、しかもうちが勝ったあとで、少し気まずいっていうか……」
フェミニは戸惑いながら、そう言った。
そういうおどおどした態度も学生時代と変わらない。
クレノの記憶の中では、フェミニは控えめであまり自分の意見を主張せず、それでいて気遣いのできる心優しい娘だった。
「そうだけど……でもまあ、最初から負けて当然の試合だったしな」
答えるクレノの声つきは軽く、負けたくやしさはほとんど感じられないものだった。
試合には負けたが、どのみち勝ち目は薄かったとクレノは考えていた。
試合でフェミニと対峙したときも、ストックの残りから考えると、まともな対戦は無理だった。防御を後まわしにして、炎の法の連射で追い詰めるしかクレノに勝ち筋はなかったから、あれが判断ミスといえばそうだろう。
しかし、どのみち土に埋もれてしまい、反撃どころではなかったかもしれない。
もしも生き埋めにならなかったとしても、ハルトが負け、旗を取られるまでに決着がつくかどうか。
それよりも後輩に会えた喜びやなつかしさのほうが、クレノにはよほど勝っていた。
あっけらかんとしたクレノの前で、フェミニはあからさまに表情をゆがめた。
「負けて当然……ですか……? 相変わらずなんですね、センパイのそういう適当なところ……」
「フェミニ……?」
戸惑うクレノの前で、少女は声を震わせる。
再びクレノに向けられたフェミニの表情には、憎しみといっていいほどの怒りの感情が宿っていた。
「私、センパイと食事になんか、行きません。行きたくもありません」
そう言い放ち、
感情のたかぶった様子に、クレノは思わず追いかけた。追いかけてしまった。
「————来ないでください!」
するとフェミニは怒ったように、言葉のムチをクレノに叩きつけた。
「学生の頃からずっと言おう、言おうって思ってたんですけど。私、センパイのこと、嫌いでした。適当で、調子がよくて、意気地なしで。在学中からずっとずっと、大嫌いでした! だから、あなたと食事になんか行きませんから!」
そして、今度は二度と振り返らずに、ルイス王子のいる天幕に向けて歩いて行ってしまった。
クレノは何を言われたのかわからずに、その場で
「え……?」
彼の脳裏には、学生時代の記憶が走馬灯のように駆けめぐっていた。
恥ずかしながら、過去の青春の記憶にはいつもフェミニの姿があった。
学校一の美少女として名高かったフェミニ……。
「ええ……」
カレンと一緒に、ではあったが、海水浴に行ったり、クラスメイトの別荘に出かけたりしたこともあった。
学校内ですれ違うときにあいさつをかわしたり、たまに視線があったり……そんなちょっとしたことがうれしかった。
「えええええ~~~~?」
愛らしい美少女の過去の思い出の姿と重なって、クレノ顧問の頭のなかに「大嫌い」がこだまする。
王国歴345年
王国の歴史にまた新たなページが加えられた。
それと同時に、クレノ顧問の良い思い出がなにやら黒歴史化しそうな気配がしていた。