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第41話 『怪奇!! エリア12から逃げてきた人造人間!?』



 およそ30年前、王都に『人造人間』が出没したという事件が起きた。

 通称『エリア12事件』のことを読者諸氏は記憶しておられるだろうか。


 これはあるひとりの若い女性がヨルアサ軍の監視区域から逃れ、王都の新聞社に駆けこみ、自分は『軍事研究所でつくられた人造人間である』と名乗りをあげたという、ヨルアサ四大怪奇事件のうちひとつである。


 この女性の訴えを聞き、保護したのが後の新聞王ゴイス・モリマンネン氏である。

 モリマンネン氏の後年インタビューによると女性はそのとき記憶喪失の状態にあり、自分の名前はおろか、どこで生まれたのかさえも口にすることはできなかったという。モリマンネン氏は彼女に『メリッサ』という名前を与え、その後三年半ほど隠れ家にかくまった。この場所はモリマンネン氏しか知らない場所で、常に複数の見張り役をつけて厳重に警備していたそうだ。

 もちろん、氏がこうした措置を取ったのは、もしもメリッサの証言が確かなものならば、ヨルアサ軍の秘密組織が彼女を奪い返しに来ないともかぎらないとの考えからである。


 メリッサは三十代の女性で、占いや霊視などの才能をもっていた。

 モリマンネン氏は軍の秘密組織からメリッサを守るという建前を口にしながらも、しばしば王都の社交界へと彼女を売りこみ、多額の興行料を手にしたと言われている。

 一時期、人造人間メリッサの人気は社会現象といっていいほどに高まった。


 社交界での成功とは対照的に、彼女の身の回りの世話をしていたメイドは「メリッサは人嫌いで内向的な性格をしていた」と証言している。だが十代の少年に対してだけは別で、隠れ家の近くに住んでいた男児を「少年」と呼び大いに親交を持ったようだ。(『エリア12事件回顧録』より)


 メリッサの正体についてはこれまでもいくつかの予測が立てられてきた。


 本当に軍の秘密組織から逃げて来た人造人間であるという説。

 占い師、あるいは詐欺師がみずからを宣伝するための演技である説。

 精神を病んだ患者による虚言説、モリマンネン氏が新聞を売りこむために雇った役者説も浮上した。

 しかしどの説もこれといった決め手がないまま、三年半がたちメリッサは突然、煙のように王都から姿を消してしまった。これはモリマンネン氏にとっても寝耳に水の話だったようで、ヨルアサ軍のスパイが隠れ家のありかを突き止め、彼女を誘拐ゆうかいしたのだと言って大々的に政府を非難した記録が残っている。


 ヨルアサ軍は一連の事件について不気味な沈黙を保っている。

 果たして真相はどのようなものだったのだろうか。


 メリッサがやって来たエリア12については、これまで本誌でも何度か取り上げてきた。

 彼女の証言が本当ならば、ここには人造人間を製造する秘密工場があったはずだ。

 しかし、30年前の記録によるとエリア12は軍の演習場のひとつだったことになっている。現在は塀に囲まれ、立ち入り禁止区域になっているが、ヨルアサ軍の公式発表では内部に秘密の研究所などがあった様子はない。


 このエリア12で軍が霊視能力をもつ人造人間を開発しようとしていたというシナリオは、本誌記者としてとても魅力あふれる説ではあると思う。


 ただ残念ながら、このシナリオにはそれを真実と信ずるに足る説得力がない。

 というのも、メリッサがモリマンネン氏の元に現れる前日、エリア12ではヨルアサ軍の合同演習が行われていたのである。しかも王族方を招いた大々的なもので、第一王子、第二王子、そして第三王女までもが臨席していたとのことである。

 事故により詳細な記録は紛失したとのことだが、合同演習そのものについては大勢の証言が残っているので事実であろう。


 ということはエリア12が演習場だったというのは確かな話であるし、そのように華やかな行事が行われている場所に秘密の研究所があり、衆人環視のもと人造人間が逃げてくるというのは、あまり現実的な考えではないように思われる。


 また、当時のヨルアサ王国の軍事力はお世辞にも高いとは言えなかった。

 すぐそばで牙をぐシンダーラ神聖帝国の脅威を考えると、必要だったのはシンプルな歩兵の頭数や、戦場で正面切って戦える兵器である。

 そんなご時世に秘密の研究所をこしらえ、なんの役に立つのかもわからない霊視能力をもつ人造人間を培養ばいようする余裕などなかったというのが、軍事的リアリズムにもとずく推論というものだ。


 モリマンネン氏は後年、手酷く振った愛人からヤラセ記事の数々を暴露され、窮地に立たされた。エリア12事件も捏造記事のひとつだったのかもしれない。


 ではなぜ、いまさらこの事件を蒸し返すのか。

 事件から24年後、メリッサ失踪から実に21年の歳月がたち、ヨルアサ王国は周辺四か国の合意に基ずく国際条約に批准した。

 そのなかにはいくつかの魔法兵器を禁止兵器とする条約が含まれていた。

 そのうち、『存在の周知が人倫に反する危機を及ぼしかねない兵器群』として詳細な性能が秘匿ひとくされていたいくつかの兵器の情報が、条約締結から五年の歳月を経て関係者に公開された。


 そのうちのひとつが、メリッサが王都へと現れた日の前日、エリア12で行われた合同演習で使用された魔法兵器ではないかとの噂が、さる情報筋からもたらされたのである。


 関係者いわく「この兵器の詳細が一般に公開されるには、我々の社会はいまだ未熟である」「この条約においてその使用が禁止されたこと、進んでこの兵器を禁止すべきものとして提出した王国の高潔な精神に敬意を表する」とのことである。


 ——筆者がその詳細について聞く前に、さる関係者との連絡は途絶えた。


 硬直しきったエリア12事件であるが、この新情報により、解決の糸口は見えるのであろうか。あるいは、再び大いなる闇の帳に覆い隠されてしまうのだろうか。


 本誌はこの件について読者諸兄に白明な真実をお伝えできる日が来ることを願い、追って調査を続ける所存だ。



『月間ヌー 王国歴375年特別号巻頭記事 ~消えた人造人間!! 謎の鍵は国際条約の機密情報にあり?~より』



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