何年かぶりに王都が深い雪に覆われた朝のことだった。
カレンはこのときまだ10歳だった。
彼女はすべりどめがついた靴をはき、一生懸命に雪に覆われた街路を駆けていく。
「フェミニーっ! フェミニどこなのーっ?」
カレンは
向かいに住んでいるフェミニが家を抜け出したのが数時間前のこと。
年明けからひいた風邪がまだ治りきっていないなかでのことで、家族や隣近所が総出でゆくえを探していた。
通りを曲がったところで、カレンは雪に覆われた道の真ん中にうずくまっている少女をみつけた。
「フェミニ!」
どれくらいのあいだ、そこに倒れていたのだろう。
あざやかなピンク色の髪にはうっすら雪が積もっている。
頬は赤く、目つきはぼんやりとしている。熱がぶり返したのだろう。
「フェミニ! はやく帰ろう、みんな心配しているよ」
「カレンちゃん……でも、もう、いっぽもあるけないの……」
カレンはフェミニを抱き上げると、背中に背負った。フェミニの体は氷のように冷たくなっている。
路面は凍りつき、子どもにとっては深い積雪だ。
でも、一刻もはやく医者にみせないといけない。
「待っててね、すぐ、おうちに連れて帰ってあげるからね!」
歯を食いしばり、一歩ずつ進む。そんなカレンにおぶさっていることしかできず、フェミニはぽろぽろと涙をこぼした。
「カレンちゃん……ごめんね、わたし……わたし、神殿に行きたかったの……」
「神殿?」
「クラスメイトの子がね、神殿にお参りしたら、魔法を
「フェミニ……。それでフェミニに何かあったら、私も、フェミニのお父さんやお母さんだって悲しいよ」
「わかってるよ。でも……わたしは勉強も魔法も苦手だし、運動だって上手にできないから」
「そんなことないよ。フェミニはいつもがんばってるよ」
「がんばってるだけじゃだめなんだよ。どうしてほかのみんなと同じようにできないんだろう……?」
フェミニはカレンの背中にすがりつき、泣きだした。
カレンが少しだけうしろを振り返ると、再び降りだした粉雪のむこうに、大きな神殿の影がみえた。
魔法使いになるために魔法学校に入学することが、フェミニの夢だった。
そのために魔法の練習や勉強や運動をがんばっている姿を、カレンはずっと見てきた。成果が思ったように出ずにいつも不安がっていることも知っていた。
魔法学校への入学は、かなりの難関だ。なにしろ王都の子どもたちだけでなく、ヨルアサ王国中から前途有望な入学希望者が集まってくる。そのなかには貴族の子弟もふくまれている。
まだ風邪が治りきっていないのに家を抜け出したのも、神頼みをしてでも魔法がうまくなりたいという思いからだったのだろう。
カレンはそんなフェミニを必死ではげました。
「フェミニ、あんたは努力家じゃん。今はできなくても、努力していれば、いつかきっとできるようになるよ」
「……ほんとに?」
「大丈夫大丈夫。あ、そうだ! あたしも受けてみよっかな、魔法学校の入学試験」
「……でも、カレンちゃんも
「だからこそだよ。あたしがこれから猛勉強して魔法学校に入れたら、そしたらフェミニも大丈夫だってことじゃん」
カレンはまだぐずっているフェミニに、小指を差し出した。
「だから、フェミニもあきらめずにがんばって。約束だよ」
「…………うん。ありがとう。ありがとうね、カレンちゃん」
フェミニとカレンの小指が結ばれる。
それから、一時間ほどかけてカレンはフェミニを連れて家に帰った。
フェミニは案の定、風邪をぶり返して寝こんでしまった。
カレンも雪道をフェミニをおぶって歩いたせいで熱をだし、丸一週間はベッドから起きあがれなかった。
その後——カレンは宣言通り猛勉強の末、みごと魔法学校への入学を果たした。
カレン的には『これで受かったらもうけ』くらいの軽い気持ちでの受験であったが、フェミニにとってそれは衝撃的な出来事だった。
数の計算は手を使わなければできず、時計が読めなくて放課後ずっと学校に残されていたカレンが、あの魔法学校を受験して受かったのだ。
しかも、それは全部フェミニのためだった。
がんばれば、
フェミニはこのときにそれを学んだ。いや、魂にきざみこんだのだ。
*
それから数年がたち、魔法学校も卒業し、魔法兵器開発局に事務官として就職したカレンは、因縁深いクレノ・ユースタスと共に王都の料理店で食事をしていた。
今日は二人とも非番、休日である。
軍服を脱ぎ、ともに私服——ただしクレノはカレンが事前に選んだ服——である。