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第43話 青春のゆくえ②


 模擬試合が終了してしばらくたった頃だった。

 クレノはカレンを王都にある家庭料理の店に誘った。


 カレンは当日の店選びからクレノが着る服までいちいち細かく指定してきたが、そんなこともあまり気にならなかった。

 試合の終わりごろからずっと、がクレノの心を支配していたからだ。


 すなわち、再会したフェミニに「嫌いだった」と言われたあの衝撃的な一件である。


 注文の品がテーブルの上に大体そろった頃あいを見はからい、クレノが訊ねる。


「俺ってさ、もしかしてフェミニから嫌われてたりした……?」

「おっ。やっと気がついたか~~~~! そうだよ」


 カレンは笑顔でそう言うと、絶望するクレノを横目に気持ちよさそうにビールを飲みほした。


 人気店だけあって店内はこみあっている。

 いつも立ちよる居酒屋とは違い、地元の常連客が多いようだ。店内の雰囲気はおだやかで、カレンのほかにも女性客の姿がちらほらある。


 和気あいあいとした空気のなか、クレノひとりが、まるでまもなく沈没することが確定している船の甲板に立ち、絶望の運命を共にするしかない船員のような気分だった。


「な……なんで……どうして……? だってさ、俺たちけっこう一緒に遊びに出かけたりしてたじゃん? それにほら、一時期だけとはいえ委員会活動も同じだったじゃないか!」

「そういえばフェミニと出かけるって話すと、あんた絶対ついて来ようとしてたね。それに委員会は、あんたがフェミニの入ったやつに後追いで入っただけじゃん」

「ちがっ……。それは、あの委員会が一番人気だったからだよ!」

「そうだね。男子全員、フェミニ目当てだったからね。いや、忘れられないわ、あの浅ましい戦いのことは……」


 模擬試合で再会を果たしたフェミニは、二人とは旧知の間柄だった。カレンとは幼馴染おさななじみで、カレンとクレノの一学年下の後輩にあたる。

 フェミニは当時から文武両道の天才美少女として学校中に知られていた。

 秋口に咲くコスモスのように鮮やかなピンクの髪。リスやウサギを思わせる小動物的な表情。小柄ながら、女性らしい体つき……。

 魔法学校には、彼女と親交を深めるためならどのような禁術にも手を出さんとする男子生徒が山のようにあふれた。

 当然、委員会活動やクラブ活動という、学校一のアイドルと合法的に交流できるチャンスを求め、男子たちは勇猛果敢ゆうもうかかんに戦った。決闘騒ぎは日常茶飯事だった。


 そんな過酷で貴重な枠になぜクレノが当選したかというと、もちろん卑怯な手段を使ったからだ。


 それも対戦相手全員に下剤を盛るという禁じ手を使ったのである。

 この作戦はみごとに成功した。魔法学校らしく全員が全員、何らかの魔法を駆使して競争相手を蹴落とすことしか考えておらず、物理方面への注意をおこたっていたからだ。

 結局半年もたたず悪事がバレて、三か月後には委員会をクビになったわけだが……。委員会をクビになるなんて前代未聞だ。

 当時のことを思い返し、カレンは白い目でクレノを見下げていた。


「おまえは本当に学校一の底抜けのアホだったな……」

「神様仏様カレン様っ、わたくしめに女心をご教示ください~っ!」


 いま、クレノの心は千々に乱れていた。

 模擬試合の後からずっと必死に平静をよそおっていた。

 いつも通りに仕事をこなし、フィオナ姫発案の珍兵器をひたすら倉庫送りにし続けていた。

 しかし、どんなときでも思考の端にはフェミニの「私、センパイのこと、嫌いでした」というセリフがリフレインしていた。

 トイレの中でも、風呂の中でも、寝袋の中でも、山崎まさよしの代表的なヒットナンバーが歌詞のなかに取り上げているありとあらゆるところでもだ。


「このままじゃ、俺は夜も眠れない……。息をするだけで胸が痛い、死ぬかもしれない!」

「死ぬって……そんな大げさな。学生時代ちょっと好きだった子にだけじゃん」

わけじゃない! ずっと嫌いだって言われたんだ」

「何がちがうんだよ。いっしょだろ」

「問題は、“ずっと”ってところだ。それはつまり俺が……フェミニと出会ってからずっと……はじめてむこうから話しかけてくれたあの春の日も、球技大会のときに目があったあのときも、偶然なんの約束もしていない放課後に街で会えて運命的なものを感じたあのときも、フェミニは俺のことが嫌いだったってことだ」

「いちいちエピソードを添えてくるのやめろよ。気持ち悪いから。……というか、クレノ、あんたフェミニから自分はどう思われてると思ってたわけ?」

「そこはそれ。年上の頼れるお兄さん、的な……?」

「なるほどね。フェミニからは少なからず好意をよせられていたはずなのに、それはまったくの勘違いだった、と……」

「うおおおおん! もうお婿むこにいけない!」

「うるさいな。おおげさだってば」

「断じておおげさなんかじゃない! これはこの世に存在する全男性にとって共通の胸の痛みだ。いいか、見てろよ。そこのお兄さん、俺の話を聞いてくださいよ!」

「あっ、ちょっと!」


 クレノは隣の席で食事をしている夫婦の旦那のほうに声をかけた。

 いきなり声をかけられた男は不審者を見る目つきであったが、クレノの話を聞くうちにだんだんと悲壮な顔つきになっていく。


「————というわけで、学生時代、俺のことをなんとなく好きなんじゃないかな、と思っていた女の子は、実は俺のことが大嫌いだったっていうんです!」

「ヒイッ!!!!」


 話の核心部分にたどりつくと、男は猟師に捕まった絶命寸前のウサギのような悲鳴をあげ、白目をむき泡を吹いて真後ろに倒れた。

 それからも、クレノは幽鬼のように店中をさまよい、店内にいたあらゆる男性に同じエピソードを聞かせて回る。


「一緒に遊びに行くほどの仲だったはずなのに、実は俺のこと嫌いだったんですって……」

「それ以上聞きたくないっ! 気が狂いそうだ!!」

「青春の思い出の全ページが、一瞬で粉々になってしまったんです!」

「誰かっ……震えが止まらない、いますぐ俺を抱きしめてくれーーーー!」

「たすけて! こわいよ! おかあさーーーーん!!」


 店内にいた男性客たちはたちまち狂気のふちに追いやられた。

 クレノの話を聞きたくなさすぎて窓から脱出する者、幼児退行してしまい「ママ」を呼び泣きじゃくる者、じんましんが全身から噴き出して気絶する者など……店内はたちまち阿鼻叫喚あびきょうかんにおちいった。

 そんな男たちを、連れの女たちはカレンと同じく、絶対零度の冷たいまなざしで見つめていた。


「ほら…………な? カレン、これはヨルアサ王国中の男の沽券こけんにかかわる大問題なんだよ」

「ほら、な? じゃないんだよ。お前らみんな赤ちゃんか?」

「男はみんな赤ちゃんなんだよ!」

「自慢するな!」


 一喝いっかつするが、一度精神の均衡バランスを崩してしまった男たちは、メソメソしたまま元には戻らない。カレンは深い深いため息を吐いた。


「……まあ、それに気がついたこと自体は偉いと思うけど。だからってフェミニの気持ちはいまさら変わらないよ」

「じゃあ、ほんとに……嫌われてたんだ……。俺……?」

「うん……。できればこんなこと言いたくないし、かわいそうだとも思うけど、フェミニが学生時代からあんたのことを嫌ってたっていうのは、本当のことだよ」


 カレンの思いやり深い言い回しがあったとしても、事実は変わらない。

 クレノは急速に力を失い、机の上に突っ伏した。グラグラと煮えたぎるグラタン皿に落下するまえに、カレンが皿のほうを取り上げる。

 クレノの頭は無味乾燥むみかんそうなテーブルの上に激突した。


「大丈夫?」

「なんで……どうして…………? だって、学生時代はあんなに……あんなに一緒だったのに。おすすめの本を教えあったりしてさ!」

「……その本、フェミニは読んでたの?」

「よく考えたら、一冊も読んでくれなかったな」

「それでよく自分はフェミニから好かれていると思えたな」

「でも、本って好みとかあるしさ」

「いや、だからさ。フェミニが好きでもない本をすすめるなよ」

「そんなあ……!」


 カレンが冷たく突き放すと、机の上から嗚咽おえつが聞こえてくる。

 クレノは涙を流していた。


「そういうデリカシーのないところが嫌いだったのかな……?」

「それもあるけど。一番はべつっていうか……」

「なに? なんでも言って。俺、できるかぎり直すから……」

「あ~も~……めんどくさいな~……」

「なんでもします。ここの食事もおごるし」

「じゃあさ。フェミニ……あの子が学生時代、なんて呼ばれてたか知ってるよね」

「ん……? 天才、だろ?」


 カレンはもう一度、深いため息を吐いた。

 なんにもわかってないじゃん、のため息だった。

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