かわいいだけでなく、天才。
それが魔法学校時代、全校生徒を魅了したフェミニのすごいところだった。
彼女は入学時からクレノが知る限りずっと、試験は満点、学年首位の成績を取り続けていた。
一度など魔法に関する授業で、教師陣も知らないような新理論を編みだして150点を取った。100点満点のテストでだ。
それ以来、魔法学校では『天才』と言えばフェミニをさす言葉になった。
「フェミニはさ、ああ見えて根っからの努力家タイプなんだよ。あたしは家が近かったからよく知ってるんだ」
「そりゃまあ、天才でも努力はしてると思うよ。ケアレスミスひとつなく満点を維持するのって大変だよな、きっと」
「違う違う。全然わかってないじゃない」
カレンはすっかり呆れ果てたような表情だ。
「ええ~、何が……?」
クレノは頭の上に疑問符をいくつも並べる。
フェミニが努力家だということもわかるようなわからないような話だが、彼女が努力家で成績優秀だったということと、クレノが嫌われる理由が全く結びつかないのである。
「あんたはさ、けっこう要領がいいタイプだったじゃない? テスト勉強もあんまりしないし、授業も寝たりサボったりしてさ」
「え? ……うーん、そうかな」
「そうだよ。勉強もそんなに必死にしているわけじゃないのに、成績はよかったよね」
「……そんなによかったわけでもないと思うけど」
ただ、カレンが言う通り、クレノ自身は学生時代、あまり努力をして来なかった。
それは事実である。
全くしなかったかというと
転生前の記憶と異世界翻訳があるので、数学や国語や理科などの基礎科目はそれほど力を入れなくてもよかった。真剣に受けていたのは魔法の授業だけだ。
人生一回目の連中にくらべ、力をかけなければいけないところがはっきりしていたので、今生では赤点をひとつも取ったことがない。
授業はしょっちゅう寝ているのに、だ。
そういう態度は、他の生徒からみると『要領がいい』と思われるものかもしれない。
「フェミニはさ、クレノのそういうところが嫌いだったんだよ」
「…………え?」
まだクレノはピンと来ていない様子だ。
「だからさ、フェミニは天才なんかじゃないんだって。努力家なの。それもものすご~~い努力家!」
カレンは少し苛立ちながら続ける。それと同時に、グラタン、ミートパイ、シチューといった料理を次々に平らげていくのも忘れない。
「ものすご~~い努力家……?」
「そう。これは内緒にしといてほしいんだけど……。魔法学校に入る前、あの子、魔法の家庭教師から『才能がない』って言われてたの」
「え?」
「なんていうのかな。他の人と同じように祈ってもうまく神様に届かないっていうか……。上手に魔法が使えなかったんだよね。それに勉強のほうも全くできなかったんだよ。想像もできないでしょう」
確かに、それはクレノの想像もつかないようなフェミニの姿だった。
「しかも運動音痴で、初等学校ではよくいじめられてた」
「そうだったのか?」
「うん。まあいじめっ子は大体あたしが
カレンは無意識に拳を握りしめて、木のスプーンをへし折っていた。
その強さは、クレノは何度か味わったことがあるのでよく知っている。
いじめっ子たちがいまも五体満足でいることを祈るばかりである。
「魔法使いになるのはフェミニの、小さい頃からの夢だった。だから、あの子は努力したの。苦手な勉強も運動もね。毎日毎日、来る日も来る日も……他の子たちが遊んでいる間も、フェミニは泣きながら机にしがみついてたんだ……」
カレンはそんなフェミニをずっと
努力すればいつか必ず、夢は叶う。
そして一緒に魔法の練習をし、カレンはフェミニより一足先に魔法学校に入学することになった。
「魔法学校に入学した後も、フェミニはずーっと努力を続けてたよ。試験の前なんて、ほとんど寝てなかったじゃないかな」
「……そうなんだ。全然、知らなかったな」
「まわりには隠してたからね。そういうことは。だから、あんたみたいなタイプは嫌いなんだよ、あの子」
カレンの言葉がクレノの胸をちくりと刺す。
カレンの言いたいことが少しだけわかった気がした。
「……そうだろうな。そんなに努力をしていたのに、俺は気がつきもせず……」
「うん。フェミニが試験科目を暗記するために辞書を破って食べていたあいだも、あんたは授業をサボって屋上でお菓子を食べていたよね」
「そんな不真面目なやつがそばにいたら、それは腹も立つよな…………」
「そうだよ。フェミニはずっと勉強ばかりしていたから友達ができなくて、同級生とは遊びに行く経験をしたこともないの。それなのにあんたは
「学年が違うとはいえ……闘技王トレーディングカードゲームは学校中に大ブームを起こしたから、目ざわりだったろうな……」
「フェミニは一年生の頃から委員会に入って、二年生からは生徒会役員に立候補して学校のために忙しく働いていたけど。クレノはとくに何かいいことをしたわけでもないし、お祈りも適当なのに、固有魔法が使えるから何かと目立ってて、先生たちの覚えがよかったよね」
「——わかったから! 俺とフェミニの間にある断絶をこれ以上詳しくする必要はないだろう!」
フェミニの気持ちは、鈍感なクレノにもさすがによくわかった。
クレノが人生二度目だとか、転生者だとかいう事情は、フェミニからは見えていない。たとえそれがわかっていたとしても、クレノが適当に学校生活を送っていたのは本当のことだ。
学生時代、すでにクレノは将来の目標を決めていた。
すなわち、地方軍に入って、前世の軍事知識をいかして無双することだ。
その結果は悲惨なものだったが……学生時代のクレノは、その計画が成功すると本気で信じていた。
魔法学校に入ったのも魔法の知識を得るためで、それ以外のことはどうでもよかった。卒業するのに必要な成績があればそれでよかったからだ。
すべてのことに必死に、それも文字通り血のにじむような努力をしてきたフェミニにとって、そんなちゃらんぽらんな奴は許せないだろう。
しかもクレノはフェミニに好かれたいあまりに、カレンを介してフェミニの周囲をうろちょろしてしまった。
目ざわりな奴が四六時中、そばをウロウロしているのだ。
それは嫌うはずである。
「けどさ、嫌ってるなら、嫌ってるってそう言ってくれたらよかったじゃない。
「あのさあ。言っておくけど、あんたは先輩なんだよ? 気に食わない軍の先輩とか上官に対して“あなたのその適当な態度が嫌いなんでどっか行ってくれませんか”って、言える?」
「……い、言えない……!」
軍の上下関係は絶対だ。カラスは白いと言われたら元気な声で「はい!」と言わなければならない。そういうものだ。
たとえ軍でなくても、上下関係はいつも人を苦しめる。
クレノが思い返してみると、先輩というのはいつも理不尽で怖い存在だった。
魔法学校時代に気に入らない先輩がいたとしても、おくびにもださず、本音を隠してあいまいな笑みを浮かべてやり過ごすことしかできなかっただろう。男女の違いがあればなおさらだ。
「そうか。俺、気がつかなかったとはいえ、フェミニにずっと気を使わせてたわけか……」
「そういうこと」
「俺、嫌なやつだったろうな。——そう考えると、カレンはよく俺と友達でいてくれたよな」
「あたしは別に。クレノとつるんでるのは苦じゃなかったからね」
「そうなの? カレンも魔法学校に入るのに苦労したって言ってなかった?」
「そうだけど、でも——魔法学校には入りたくて入ったわけじゃないからさ。むしろ入学後は勉強について行けなくて、頭のできがいい連中に囲まれて居場所がない気がしてたんだ。むしろ、クレノみたいな奴のそばにいるとほっとできたんだよ」
「悪かったな、サボリ魔の成績不振者で」
「ま、性格の合う合わないっていうのもあったと思うよ。だからさ、あんまり落ちこむなよ。クレノ顧問!」
クレノにとって、魔法学校時代は前の人生のやり直しの一部でしかなかった。
そして二回目の人生は我ながらうまくやっていたと思っていた。
唯一の失敗がパンジャンドラムだと思っていた。
でもそれはとんだ思い違いだったらしい。
パンジャンドラムが大爆発するよりずっと前に、無意識的でも自分の存在が少なからずフェミニを傷つけていた……。
考えれば考えるほど情けなく、やり場のない気持ちが
「ほら、さっさと食べないとあたしが全部食べちゃうぞ」
しかし、それでもカレンは変わらないでいてくれる。
クレノはようやくのろのろと起き上がり、冷めきった食事に手をつけた。